086 - 見つかったものと探したいもの

 少女の蟠りが払拭された様子に、アレスとロルは顔を見合わせほっと胸をなでおろした。

「……と、まぁ、話は逸れちゃったんだけど。どれくらいの連中が関わって、とか詳しいことはまだ分からないみたいで、とりあえず今日の段階で分かったことはそんな感じかな。後は憲兵や役人に任せておいたらいいと思うよ」

給仕が運んできた飲物で咽喉を潤して、ロルは話をまとめるべく再度言葉を発した。

「ありがとうございます、ロル」

宿の手配と、アーシャの付き添いとの二手に別れようとなった時に、彼は手間取るであろう方を自ら引き受けた。

自分も出向く用があったから、と彼は言ったが正直押し付けてしまった感が否めない。

「ん? あぁ、別にそんな気にしないでよ。宿とっておいてくれて助かったし。俺も行く用事あったからさ。それに一応俺、この中じゃイチバン年長者だしね」

気遣いは無用だと、明るく笑って料理を口に運ぶ。

「あ、やっぱりそうなの?」

「やっぱり?」

「や、セフィとどっちが上なのかなってちょっと思ってたの」

見た目では既に、判別はつかない。三人の中でアレスが最年少なのは間違いないだろうが、セフィとロルに関しては本当に分からなかったのだ。だから、どちらがどちらであったとしても、少女はやはりと思ったはずだ。

「セフィは歳の割りに落ち着いてるもんね」

「そうですか?」

その言葉に、首をかしげるセフィと頷くアレス。

「ロルとセフィって何歳なの?」

「今年の12月で22。セフィは4月で19になったトコだっけ? だから今は2歳差かな」

「そうなりますね」

その答えに、へぇと感心したような声を漏らし、そして少女は少年を見た。

「アレスは?」

「おれは16……だけど、6月で17」

「あ、じゃあ1ヶ月だけあたし、アレスと同い年なんだ」

楽しそうに手を打ってアーシャは笑う。

「アーシャって5月生まれなの?」

「うん、そう。もう過ぎちゃったんだけどね」

「そっかーじゃあ、お祝いしないとだね」

喜ばしいその日を彼女がどのように迎えたのか分からないが、とにかくおめでとうという言葉を三人は贈り、彼女のコップに各々のグラスをカチンと合わせた。

「何か欲しいものある? お兄さんに言ってみなさい」

「そんな、いいよ、別に」

卓に肘を着いて顎を乗せ、鷹揚と笑いかけるロルに照れた表情で首を振る少女。

「でも……新しい武器は買わなきゃいけないから、明日にでも武器屋に付き合ってもらえたらなって。いい、かなぁ?」

「あ、そうそう、それなんだけどさ」

思い出したように、ロルは床に置いた荷物を探る。

「アーシャの槍って、折りたたみというか、組み立て式って言ってたよね?」

「そうだけど?」

「これで合ってる?」

「!?」

青年が取り出し、差し出したものに、アーシャは驚いた。

見紛うはずがない、自らの得物。

吃驚のあまり言葉の出ない少女を面白がるように、

「あと、ついでにこれも……」

ロルは小振りな荷物袋を取り出した。

「さすがに消耗品はなくなってると思うけど、それ以外は大体入ってると思うよ。後で確認してね」

「合ってる……というか、どうして!?」

両手で受け取り、中を探りながら、だがまだ信じられないという表情だ。

「私たちも少し、売りに出されていないか商店を見て回ったのですが……」

そしてそれはセフィとアレスにとっても驚きだった。

うんうん、とアレスは頷く。

聖堂で待ち合わせをし、街を歩いた時に彼女の荷物が売りに出されていないか探したのだ。広い街だから、そう簡単には見つからないだろうと半ば諦めながら。

「やー憲兵のボリスって男が、なかなか話せるやつでさ」

「でも、でも、どうやって?」

アーシャは身を乗り出して、大粒の瞳で見つめる。だが彼は、

「秘密」

悪戯っぽく笑って、それ以上話す意思がないことを示した。

 これまでもロルは、一人でフラリと出かけて何かしらの情報を手に入れてくることがあったから、セフィとアレスは顔を見合わせて苦笑した。

だが、もし売りに出されてしまっていたものを買い戻してくれたのなら、その代金を自分が払わなければと主張するアーシャに彼は、

「盗まれたものを取り返しただけだから気にしなくていいよ。言ったでしょ? 話せる憲兵さんが居たって」

「でも……」

「無事街に着いて、悪いやつらも捕まえて、荷物も返って来た。それでいいじゃない。ね?」

「アーシャ。ロルってヒミツシュギだから、教えてくれないことは本当に絶対教えてくれないぞ。だから、気にしない方がいい」

彼のつかみ所の無さには既に慣れているのだろう、少年は揚げ野菜をつまみながら言う。

別に秘密主義な訳じゃないけど、と苦笑してグラスを傾ける金髪タレ目の青年をじっとりと見つめ、

「……わかった」

少ししてやっと少女は頷いた。そして、ありがとう、と深々と頭を下げたのだった。

「よかったですね」

少女と青年のやり取りを黙って見守っていたセフィは、まだ納得がいかない様子の少女に微笑みかける。

そうすると少女は、

「ほんと、よかった……」

もう一度頷いて受け取った荷物を、そして自らの刃を見つめ表情を和らげた。

 少女がそれらをひとまず足元に置いたのを待って、彼らは食事を再開した。

アレスは焼いた肉の一皿を既に平らげ、今は煮込み料理と黒パンを美味しそうに頬張っている。

卓に並んでいるのは、チーズや酢漬け野菜、燻製肉の盛り合わせ、川魚の塩焼き、それから、さっと火を通した旬野菜のクリームソース掛け等々。どれも味わい深く、そして飲物によく合うのだ。

明るく暖かな喧騒の中で、他愛のない会話を交わしながら料理を味わう。それは、これまで何度も目にしていたが、身を置くことの無かった状況で、少女はどこかむず痒いような喜びに浸っていた。

 だが、楽しいと感じる、それと同時に街に着いたことによってこれまで先送りにしていた問題に目を向けなければならない気がして、不安が首をもたげた。

 そして平らげられた皿が積み上げられ、程よく腹が満たされた頃、その思いを見透かすようにセフィが切り出した。

「ところで、アーシャ。これからどうなさいますか? 街に着いてすぐにこんなことを聞くのも、どうかなと思いますが……」

「とりあえず、街まで一緒にってことだったよね?」

葡萄酒の入ったグラスの淵を指でなぞるロルの言葉に、アレスはちらと視線を少女に移した。

「う、ん……」

その表情は、僅かに緊張した様子。

「そして確か強くなるために旅をしてる、南に向かう予定だと……」

「……」

無言で頷くアーシャ。三人は一度顔を見合わせてから、

「私たちはここから更に北、ザクファンスへ向かいます」

「あたしね!」

先に続く言葉は、想像できたから。遮る様に少女は声をあげる。

「ホントは、南に向かってることに、意味なんてないの。ただ、フェンサーリルって国を見てみたかったのと、強くなりたいと思うから……」

三人の顔を見渡して、そして自分にも言い聞かせるように言葉を続ける。

「あたし、強くなりたい。勿論それは実戦経験を積んで、戦う能力を身につけることなんだけど。魔物と戦うことに関してだけじゃなくて、知識や知恵をつけて、守りたいと思ったものを守れるようになりたい。……今のあたしは、自分の身を守ることすらままならないから……。どうすればいいのか分からないけど、それを自分で探したいの」

瞳を伏せ、祈るように両手を組んで強く握り締める。

 自分に必要なのは、知ろうとすること、色々なことを見て、聞いて、気付くこと、受け入れること――

「アーシャ……」

「それだったら、おれたちと一緒に――」

セフィが言わなかった、言葉の先を口にしたのはアレス。だが少女は強く首を振った。

「一人で旅しようと思う。だってあたし、みんなと居たらきっと甘やかされるままに頼って、楽して、駄目になっちゃう気がするの。……だから、一緒に行けない」

自分の全てを自分で担うということ。

選択も結果も全て自分に降り掛かる。

もちろんそれは困難の方が多いけれど、その分成長も感じられる気がするのだ。

一人での旅は、それこそ経験したことのある者でないと分からないだろう。

何を信じ、どこへ向かうか。

感動や苦悩を分かち合えない孤独を抱えて、そうして自分と向き合うのだ。

 セフィは苦しげに言い切った少女の握り締めた拳の上にそっと手を置いた。

「分かりました。アーシャ。貴女の決心を知らずに……申し訳ありません」

「うぅん、違うわ。嬉しいの、本当は。こんな、みんなみたいに強くも無くて取り得もないあたしのこと誘ってくれて」

少女は緩く首を振ってはにかむように苦笑した。

「……」

「そっか、それなら仕方ないね。俺達としたら、一緒に行けたらと思うけど」

憮然とする青い髪の少年をちらと見て、ロルも瞳を細める。

「でももし、出発までに気が変わったら言ってね。俺達は大歓迎だから」

そう優しく笑うロルの言葉が嬉しくて、思わず込み上げた物と共に少女はコップの中身を飲み込んだのだった――。

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