027 - 鐘の音と子供達

ソニアの、他にも――!?


「ちょ、ちょっと待ってくれ。ソニアの他にも、とはつまり、この者の他に淡紫の瞳を持つ者がいると、そういうことなのか!?」

驚きの声を上げたのはネイビス司祭だった。

青年はフッと、セフィから手を離すとネイビスを見遣り真剣な瞳で答えた。

「そうだ。……ソニアも、"セフィ様"と同じ様な綺麗な紫水晶アメジストの瞳をしていたよ」

「え……? 私……」

名乗っていない。すんなりと自分の名を呼ばれセフィは戸惑いを見せる。

「"淡紫の瞳を持った美しい司祭様"――噂通り、想像以上って感じだな」

青年はにへらと笑み

「俺もソニアだけだと思っていたから……正直驚いた。その、瞳……」

「……」

――私の、他にも……

それはやはり信じがたいことだった。魔性の証とさえ言われる淡紫の瞳は人間が持つはずのないもの。

そう、人間が持つはずのない――

「……失礼ですが。……人間、なのですか……? その方は……?」

セフィは恐る恐る尋ねた。馬鹿な質問だと思いながら。

「へ? ソニアが人間かって? そのはずだけど、あなたは違うの?」

「い、いえ、そんなことは……」

その答えにどこか安堵の感を憶えながら、逆に聞き返され慌て首を振る。

「それでは、そのソニアなる人物とは一体……」

ネイビスが口を開いたその時、14時を知らせる鐘が遠く響いた。

その鐘の音に、セフィはハッとなり

「すみません、私、これから行かなければならないところが……!」

乗り出すようにして二人に言う。

「あぁ、確か移民救貧地区に行くと……」

「はい。それで、14時頃にウェイスさんの所に荷物を」

セフィはネイビスに頷き、頭巾フードを被るとロルの方を向いて

「申し訳ありません。お話の途中で……。私も是非、お聞きしたいのですが用事がありまして……」

そして少し考え、

「もし宜しければ、またお会いできますか?」

「あぁ。いいよ」

青年はニッコリと微笑んで応える。

「ありがとうござます。では、えと……」

「会いに行くよ。俺が。修道院だろ?」

「はい」

「セフィ、急いだ方がいい」

嬉しそうに頷くセフィをネイビスが促し

「はい。では失礼し……あっ」

去りかけたセフィは声を上げて振り返る。

「お名前、教えて頂けますか?――私はセフィ……セフィリア=ラケシスと申します」

「ローレライ=ウォルシュ――ロルでいい」

「ロルさん、ですね」

セフィはどこか満足そうに笑み

「それでは、ネイビス司祭様、ロルさん。失礼します」

深々と礼をすると踵を返して駆け出した。

淡い色のローブが軽やかに靡く。

「……」

ロルと名乗った青年はネイビスと供にその後姿を眩しそうに見送った。

そしてその影が見えなくなると、ネイビスは徐に口を開いた。

「お時間の程、頂けますかな?」

「ん?」

ロルは、何か? と首を傾げてそちらを向く。長身の彼をやや見上げる形でネイビスはロルを見据えていた。

「少し話を……」

「ネイビス先生っ」

「センセ―」

「……?」

ネイビスが言いかけた時、不意に低い位置から声がしてロルはそちらを見遣った。

扉の隙間から小さな顔が覗き、隣りの司祭を見上げている。

「あぁ、お前達か。どうかしたのかい?」

司祭はその姿を認めると先ほどロルに向けたのとは全く違う、優しげな態度でそう声をかける。

子供達は顔を見合わせ頷き合うと

「カタヅケ、終わったッ!」

「なぁ、もぅ遊んでいいか?」

「イイカー?」

口々に言う。

「よし。じゃぁ、ちゃん片付いているか見せてもらおう」

ネイビスは微笑み応えると、扉を更に開き子供達を中へと促す。

「見て驚くなよっ~!」

「完璧だからなっ」

「あっ!?」

内の1人が司祭の向こう側に見知らぬ男の姿を見つけ声を上げる。

「誰だ、お前っ!?」

「誰だっ?」

他の子供達も一緒になって青年に詰め寄った。

「こらこら。お客さんにそんな口をきくんじゃない」

ネイビスは子供達をたしな

「――すまないね。こんな……」

「生徒さんたち?」

頭を下げる司祭にロルは陽気に笑んで尋ねた。

「あぁ。まぁ、そんなところだ」

「なぁ~誰~?」

「誰~センセー?」

「お客さんだよ。さ、一度中に戻ろう。他の子達が待ってるんじゃないのかな?」

司祭がそう促すと子供達は「あぁそうだ!」と言い合い、扉の向こう側へと駆け戻って行く。

苦笑しながらその様子を見守り

「騒がしくして、申し訳ない……」

司祭は再度、ロルに声を掛けた。

「いえいえ」

詫びる司祭に、ロルは気にするなと言うように微笑む。

「それで……改めてお聞きしたい。――尋ねたいことがある。お時間の程頂けますかな?」

「ソニアとは一体何者か? それから、俺が何者なのか? ってトコかな?」

射抜くように鋭い瞳で言うネイビスに、動じることなくそのままの調子でロルは僅かに片眉を上げて見せた。そうだ、とネイビスが頷き、返答を促す。

「構わないですよ。俺も聞きたいことがありますし」

「聞きたいこと……?」

「えぇ」

怪訝そうな表情のネイビス司祭に、ロルは他意のないことを表すような笑みで応えた。

「先生ぇ~はやく~!」

子供達が呼んでいる。ネイビスは今行くよと手を振り

「では、とりあえず中へ」

ロルを招いた。

 外観同様質素な造りの院内は窓から差し込む光で明るく、司祭と客人の姿を認めた子供達が廊下の向こうの部屋の中へと消えていく様子を眩しく映し出していた――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る