004 - 闇

 漆黒の闇の深淵に怪しげな光が燈る。今にも辺りの闇に飲み込まれてしまいそうな弱々しさだ。

月のない、それでいて星の少ない夜空に放り込まれたかの様。

足元は、あまりに不確かな感覚だが、あたかもそこに床があるように少年が足早に歩いていた。

 鮮血で染め上げたが如き深紅の装束の上に万年雪の白さの顔がのっている。闇を紡いだ長い髪は後頭部で一つに束ねられ、冷たい瞳は紫水晶にも似た勿忘草の青、唇は珊瑚の赤。妖艶な美しさを湛えた少年の左肩には、少年の髪と同色の翼を持つ、血に濡れた紅玉と黄金の瞳をした紫銀の子竜が寄り添っている。

 ある所まで来ると少年は、まるでそこに椅子があるかのように腰掛けた。

 ゆったりと凭れ、手を組むと視線を前へと移した。すぐさまそこに幾つもの歪みが生じ、"彼ら"の気配が燈る。

――9つ……じゃ……

何所からとも無く声が聞こえる。

――9……

――……9つ……

――9つの……チカラ……。

「所在は確認できたのか?」

少年は徐に口を開いた。まだどこか少女の様に澄んだ、それでいて抑揚の無い声だ。

――否……

――……未だだ……

―――しかし手は打った

僅かにだが、彼らが笑みを浮かべた気がした。

「どういうことだ?」

――奴らに……。

――あの、イヌドモにやらせるのだ……

――奴ら……

――契約は成立……

彼らは口々に不気味な声を上げる。

「……――奴らがアレを易々と我らに渡すと思うか?」

――奪えばよいこと。契約を蔑ろにするならばな……

――ヒヒヒッ……もとよりそのつもりなのでは……?

――……どの道奴らの辿る道は同じというもの……

――愚かな……

――愚かな願いのために

――奴らは自ら滅びの道を拓くのだ……

――愚カナ奴ラメ……

――全ては我らの願い

――悲願じゃ

奇声が飛び交う。

「解せぬな」

少年が言った。

――解せぬ。

――……解せぬ……

他の誰かが同意を示す。

――何がじゃ?

――何を言う?

「奴らとてそこまで阿呆ではあるまい」

――何を言うか! 奴らに何を知り得ると言うのか!?

――奴らはただの屑だ……

――塵だぞ……?

「侮って、ことを仕損じる訳にはいかぬ。……そうであろう?」

諭すような言葉に一同は沈黙に包まれた。少年は唇の端に冷たい笑みを浮かべ、

「奴らはアレを渡さぬであろうな」

――……返答が、早すぎるのじゃ……

――あまりにも易すぎるのだ……

少年の言葉に別の声が続く。

――何か、裏があると考えるのが妥当だと……?

――否。アレは奴らには価値の無いものだ……。

――奴らはアレが何かもわかっておらぬのだ……。

「……主らが……我らが欲するものであると知った時点でそれは価値を持ったのだ。それに……」

瞳に表情を見せない。それでいて目を見張るような妖美な笑みを浮かべ、少年は言う。

「奴等の古代遺跡への執着はどう説明するというのだ? 我らが契約を持ち掛けるより以前にアレに関すると見られる資料を掻き集めているのは何故か?」

――……確かに……

――……。

――解せぬな……

――我らに楯突こうという気か……

――コザカシイモノドモメ

――屑が……

――塵……。

腹立たしげな声が交錯する。少年は口を噤み、その様子を遠くの風景のように眺めていた。

――調べるのだ……

――何としても奴等の腹の内を暴くのだ……

――アレを、全て奴らに委ねてはならぬ……

――奴らの思うようにさせてはならぬ……

――何としてもだ。

――……の分際で……

――確か手足は……とかいったか……

――……?

――罪を購わせるもの……否、罪を贖う者か……なんとも皮肉な名だ……

少年はくつくつと笑った。いや、声を立てたのはむしろ少年の肩の子竜の方だったか。

――マサニソノトオリダ

辺りに無気味な笑いが響く。それは侮蔑に満ちた嘲りだった。

 やがて少年は立ち上がり、踵を返した。その背に声が掛かる。

――ぬしは自身の成すべき事を果たせばよい

「言われずとも」

少年は振り返り肩越しに答え、歩き始めた。

すぐさま気配は消え、静寂が舞い降りた。

――下衆どもめ……。

辺りを闇が支配し、照らすものは今にも消え入りそうな僅かな灯火だけだった――。

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