第4話

 ウィリアムのもとにルジアンナ防衛戦勝利の一報が届いたのは、彼がビラー領の城下町ヴラファに入ってすぐの事だった。報せによれば、こちらの作戦は恙なく成功し、合同作戦に預けてきた部下たちも、これに従うルジアンナ市民も無事であるという。

 この合同作戦の指揮官は、傭兵ギルド「蜥蜴の尻尾コーダ・ディ・ルチェルトラ」を率いる忠豊という男であった。その戦歴は古く、領主カテリーナとは旧知の仲でありながら、出自を知る者はないという。ウィリアムが生まれるより以前からギルド長を務めるというから、仙籍にあるのは間違いない。

 忠豊が作戦を講じたのは、連合軍がオルティーグ山に布陣してすぐのことであった。

今回敵軍の主導権を握るビラー領騎士団には、礼節としてジッリョ側も正規の騎士団を当てる必要がある。戦力としてはジッリョが優位にあるが、敵の増援にヴィートとヴァルコイネンの連合軍が合流すれば、状況は容易に覆されてしまうだろう。ジッリョの顔役は皆、これを危惧していたが、どういうわけか連合軍は平原のビラー騎士団には見向きもせず、より東のアーシア高原へと向かった。

 これはどうにも様子がおかしいと、急ぎ偵察部隊をやってみれば、事は単純、連合軍の士気は低く、ビラー軍との連携を撥ねているという。これはしたりと笑ったのが、忠豊であった。


「阿呆どもめ。やる気のない大増援など、飯を食うばかりで邪魔なだけじゃ。まずはこちらを叩いて、敵さんの図体を軽くしてやろうぞ」


 片頬を釣り上げて笑う忠豊の作戦は、分業と連携が肝であった。

 まずは連合軍に対峙する形で、大工や猟師も所属する自警団がルジアンナに入る。二、三日で守備を整え、この間、ジッリョ領主カテリーナは領城にて、ビラーからの使者を相手に時間を稼ぐ。蜥蜴の尻尾はルジアンナの守備の全貌が知れぬよう、周辺の露払いを担う。その後、任を終えた自警団と入れ替わる形で、民に扮して市内に入った。自警団は一般市民の協力を得るために数名の団員を残し、次の任務へと市外へ出た。

 入れ替わり後、わざと市民の生活を見せ、相手の戦意を削ぐ。敵はただでさえ士気を落としているのだから、積極的に市内を攻撃するようなこともないだろう。相手が攻めあぐねている間に、傭兵ギルドと自警団の面々でもって、将兵を狩る。混乱のうちに撤退してくれればよし、そのまま市内に突撃してくるならば、内に籠めて袋叩きにするという寸法である。

 都市の砦化は大工と猟師に、政治は領主に、戦争は騎士と傭兵、自警団にという、完全な分業作戦であった。古くから三人の顔役によって領を治めてきたジッリョにとって、この手の作戦は得意とするところである。すでに確立された連絡方法によって、相互の連携にも余念がない。

 ウィリアムは窓の向こうにそびえるヴラファ城を眺めながら、その戦果に励まされる思いだった。というのも、蜥蜴の尻尾と入れ替わり、ルジアンナを出てヴラファまで辿り着いたは良いものの、自警団一行は良い結果を得られていないのである。

 彼らの目的はただ一つ。探しているのは、新王を名乗り挙兵したルイ・フランドルを偽王とする、確たる証拠であった。




 事の発端は、アンファベール聖王国全土を震撼させた”新聖王顕現す”という報にあった。

 ルイは、ビラー領主ドゥシャンを後見として起ったという。ビラー領騎士団に護衛され、王都リリーを目指したが、王城に控える宰相バーナード・ベックウィズはこれを王として認めず、入城を許さなかった。激怒した自称新王ルイは、ただちに挙兵。宰相に叛意あり、王城を占拠すとして、その捕縛および王城解放の令を各領主へと発した。新王か偽王か判断がつかず、領主らは互いに様子見を始め、現在に至っている。

 この報は、広く庶民にも知れ渡った。当然、ウィリアムもこの次第を耳にし、すぐにルイが偽王であると見当をつけた。しかし、これには証拠がなく、ウィリアム個人の憶測にすぎない。まずは、その証拠を集める必要があった。懇意にしているジッリョ領主カテリーナに見解を述べようにも、公正な彼女の前では根拠のない推測など御伽噺と同義だからだ。

 ウィリアムはまず、自身が統括する自警団に協力を求めた。


「皆もすでに耳にしているとは思うが、この国は今、自称新王と宰相の間で二分されている。よもや我らには関係のない事などと、思ってはおるまいな?」


 幹部らを集め、こう切り出した。庶民である彼らは、こうした御上のいざこざに興味がない。それを分かった上で、放った切り口であった。


「何を言い出すかと思えば、貴族連中の進退の話だろ? 俺らになんの関係があるっていうんだよ」


 上手く煽られてくれたのは、第四部隊隊長のヴォイットであった。狼の半獣である彼は、武術に優れ、部隊の統率にも長ける。故郷で軍隊に志願したが、半獣であるがゆえに登用されず、両親と共にジッリョ領へと移ってきた。過去の苦難からか、分かりやすく権力者を嫌い、半獣に理解あるこの領さえ安全であれば、他に興味はない。国の中枢がどうなろうと、強固な地盤を築くジッリョ領には関係がないと思っているのだ。彼に限らず、同じ考えを持つものは多い。


「ヴォイット、口の利き方には気を付けな。忘れたのかい? 団長も貴族のお生まれだよ」

「そうだった。けどよ、だからって団長がなんの考えもなく、御上の話なんかしねえよな? 生まれは貴族でも、今は俺らの団長なんだし」


 自警団の広報を預かるモルガーナに窘められたヴォイットは、気落ちしながらもウィリアムに縋るような眼差しを向けた。下町生まれで肝の座ったモルガーナは、自警団の母親的な存在として親しまれており、奔放なヴォイットも頭が上がらないのだ。


「もちろんだ。俺はもはや市井の民であり、貴族ではない。貴族たちの諍いには、いささかの興味もない。しかし、今回はそうもいかぬ」

「王様が関わってるからだよね。本当の王様なら、内戦なんてする意味ないよ。僕たち庶民の生活が苦しくなるだけだから、そんなもの止めなきゃ。できないなら、少なくともジッリョに被害が及ぶような状況は避けないと」


 第五部隊隊長のガブリエーレが、誰も割って入れぬ早口でまくし立てた。彼は齢九つにして大人顔負けの知識量を誇り、自警団随一のカッキ(アンファベールで盛んな盤上遊戯)の名手でもある。本人の武には期待できないものの、隊同士の模擬線ではすでに負けなしであった。彼とまともに渡り合えるのは、ウィリアムくらいなものである。


「では、偽王なら?」

「もし偽物の王様が玉座に就いたら、魔獣が出たり、災害が続いたりで国が大荒れする。この場合も、結局苦しい目に合うのは僕たち庶民だから、絶対に勝たせちゃ駄目だ。いや、やっぱりそもそも内戦なんか始めさせちゃ駄目だ」


 文句のつけようがない解答であった。ウィリアムは満足して頷くと、一同を見回した。


「その通りだ。どちらにせよ、割を食うのは俺たち無辜の民というわけだな。これを黙って見過ごしては、ジッリョが誇るジュリアーノファミリーの名折れだ。違うか?」


 ウィリアムの問いかけに、皆が首肯して返した。彼ら自警団ジュリアーノファミリーの起こりは、義賊である。罪なき民が権力者に虐げられるのをよしとせず、盾となり矛となって戦った。今でこそ、領主からその意義を認められ、盗賊や魔獣を相手取っているものの、その精神は今も根強く残っている。


「俺は今回、やつを偽王として討伐する」

「証拠はあるのかい?」

「ない」


 即答であった。聞いたモルガーナも、思わず唖然とする開き直りである。


「証拠もないのに、討伐しちゃっていいのかよ?」

「いや、そもそも何故偽王だと言い切れる?」

「団長はなんで確信してんだ?」


 団員たちから次々に上がる質問を、ウィリアムは片手を上げて制した。


「お前たちの疑問は最もだ。何故、俺がやつを偽王と言い切るのか。確かに、証拠はない。しかし、確信している」

「あまりもったいぶっておると、そのうちあらぬ噂が立ちますぞ」


 これまで黙って聞いていた第二部隊隊長クルランディアが、ついに横から窘めた。彼は自警団の最古参であり、唯一のエルフ族であった。長らく放浪の旅をしていたが、三代前の団長から勧誘を受け、ジッリョに居ついたという。エルフの中でもすでに老人の域にいるほど長生きをしているが、その武芸は衰える事を知らず、自警団では指南役も兼任している。

 ウィリアムも彼に師事しており、今だ教わるところが多い。窘められると、つい言う事を聞いてしまうのであった。


「すまぬ。正直に言ってしまおう。やつは俺の弟だ」


 これには、自警団の面々も驚いた。ウィリアムが貴族の出身である事は誰もが知るところであったが、その詳細まで知る者はいなかった。

 唯一、彼の背後に起立する老騎士だけが、したり顔で頷いている。ウィリアムがジュリアーノ家に養子として入った折から仕える、オズヴァルドという男であった。クルランディアに次ぐ古株であり、前団長カルミネの時代から自警団を支える副長である。彼がウィリアムの事情を知るのも、ジュリアーノ家に仕える者として、当然の事であった。


「正確に言うと、異母兄弟というやつだ。俺の父はリリスの領主シャルル・フランドル。母は領城でメイドとして働き、俺を身籠った。父には、すでに妻がいたから、要するに俺は妾の子というわけだ。幼い頃は、母と共に城にある使用人のための寮に住んでいた。もちろん、周囲には父の事を伏せて。使用人の子として育てられ、後に生まれた正妻の子、ルイの遊び相手として城内に呼ばれた事もあった」

「だから、自称新王陛下の事を知ってたんだねえ」

「その通り。俺たちは、共に遊び、共に学ぶようになった。ルイが学ぶ事を、隣で共に学ばされた。子として迎えられない罪滅ぼしだろう。父は俺を、ルイの執事にするつもりだったらしい。俺は、それがどうしても我慢ならなかったが」

「確かに、想像できねえな。団長がお貴族様に頭下げて、茶なんか淹れてんのはよ」

「俺自身にも、できない想像だ。何よりルイの事が気に食わなかった」

「はっきり言うんだねえ」


 モルガーナが驚くのも無理はなかった。ウィリアムは常日頃から、他人に対する批評はしても、嫌悪を口にはしない。公平で客観的な視点で、人物を見ているのだ。それが、今は腹違いとはいえ、実の弟に憎悪ともとれる言い草をしている。


「嫡子への嫉妬と思われてもよい。それほどまでに、あの子どもは傲慢で、嫉妬深く、横暴だった」

「でも、それとこれとは話が別だろ。どんなに性格が悪かろうが、王様は王様だものねえ。結局、偽王だって証拠にはならない」


 モルガーナは顎に手を当てて考え込む。ただの私怨で、ウィリアムがこれ程大それた事を言い出すとは、到底思えなかった。

 ウィリアム自身、そんな不確かな情報だけで、否やを唱えて、周りからの賛同を得られるとは思っていない。


「もちろん、性格の話ではない。いや、性格も一つの観点とみることはできるか。不審な点が多いのだ」

「それは、僕にも分かるかも」


 不審な点と聞いて真っ先に賛同したのは、ガブリエーレであった。彼の客観的な視点が味方をしてくれるのは、ウィリアムにとって大きな後押しとなる。


「団長が同じ事を考えてるかは分からないけど、僕が思うに不審な点っていうのは、状況そのものの事じゃないかな。ゼクスアルシュはどの国でも王様のなり方っていうのは決まっていて、国の召喚師団の長である召喚侯が、異世界から選帝侯を召喚し、選帝侯が王様を選ぶ。これが覆された事はただの一度もなくて、それ以外で玉座を得た者の事は、偽王か仮王って呼ばれるんだ。玉座に無理やり座ってしまうのが偽王で、王が留守の間、代わりに王様の役割を担うのが仮王って区別はあるけどね」


 皆、黙ってガブリエーレの説明に聞き入った。一般常識の一端ではあるが、市民である彼らにはお上の話など御伽噺や神話の類と一緒で、記憶に曖昧だったからだ。


「今回は、この手順が本当に踏まれてるのか分からないから、宰相閣下も王様を城に入れないんじゃないかな。宰相の判断基準の正確なところは分からないけれど、本来は王城内で行われるはずの召喚の儀式が、行われていないって話を聞いたよ」

「つまり、選帝侯が召喚されていない可能性がある。選帝侯がいなければ、王は選ばれない。選ばれていない王が名乗りを挙げる、即ち偽王だ」


 ウィリアムが繋いだ。


「全ては憶測に過ぎないが、ルイならばやりかねない。普段から、王の選定について疑問を抱いていたようだし、貴族主義の主張も強かった。王には高貴な血筋の者がなるべきだと、な」


 ヴォイットの唸り声がした。貴族主義に苦しめられた経験を持つ者が、自警団や傭兵ギルドには多くいる。ヴォイットは、その筆頭だった。


「分かった。俺は団長に従うぜ。どの道、そのルイとかいう異母弟が王様になっちまったら、俺たち下民が痛い目見るんだろ。これ以上、奴らの好きにさせてたまるかよ」

「ありがとう、ヴォイット。皆はどうする? これは自警団の仕事じゃない。あくまでも、俺個人の戦いだ。自警団の仕事以上に危険な目にも遭うだろう。俺は、自由な意思を尊重したい」

「僕はのるよ」

「あたしも」


 集まっていた団員たちは、部隊長、隊員の如何に関わらず、否やを唱える者はいなかった。熱い眼差しがウィリアムに注がれる。ジッリョを守りたいという思いが、燃え広がるように国を守りたいという大志に変わった瞬間だった。


「ファミリーは、一蓮托生だ」


 これまで沈黙していた第一部隊隊長ランベルトが告げた。




 かくしてウィリアムはルイを偽王たらしめる証拠を得るため、自警団の協力を得て奔走を始めた。本来の仕事とは関係がなく、下手をすれば謀反人として捕らえられる可能性もあるというのに、自警団の面々は快くウィリアムの指示に従った。

 団員たちは、ジッリョ領における本来の自警任務に加え、ビラー領での情報収集に努めた。一般市民である彼らは、容易に市井に紛れる事ができる。半獣の団員も多く、小動物に化けて貴族の屋敷に忍び込む者もあった。隠密行動には、長けている。

 開戦前までに集められた情報は、大きく分けて三つだった。

 まずは、ルイの側に選帝侯が控えていない事。これは大きな情報だった。城中どこを探しても、その姿どころか噂話さえ耳にした者はいないという。確証とは言えないが、ルイが偽りの王である可能性は高くなった。

 そして、ルイの傍に侍る召喚師は召喚侯ではなく、国家召喚師団の第二位、副師団長たるスティロー・メーブリックだという事。

 その男は度々ビラー領外に出ては、何かを探している様子である事。

 これら二つの情報から、不審はさらに煽られた。本来、王や選帝侯の側にあるはずの召喚侯の姿はなく、代わりに第二位の召喚師があるのは、如何にも奇妙な組み合わせである。さらにはその男が、不審な動きを見せているのだから、これは疑り深くなるのも致し方なかった。巧妙に城の抜け道を使い外出しており、城内の者の目は誤魔化せているようだが、城を包囲するように張り巡らされたウィリアムたちの網を逃れる事はできなかったようである。

 探しているのは、恐らく召喚侯か選帝侯だろう。どちらにせよ両者不在の今、王として宣言を掲げるルイは、偽王に他ならないと、カテリーナや忠豊を説得するには、十分な材料だった。

 それでも、確たる証拠は得られずにいる。今手元にある情報は、元より信頼関係のある領主やギルド長を説得するには至っても、面識のない諸公を振り向かせるだけの量と質とは言えない。

 今、自分たちにできる事は何か、なすべき事は何かを、ウィリアムは改めて考えた。ヴラファ城を見据え、熟考の海に深く潜る。

 何を以って、確証と為すのか。鍵は間違いなく、選帝侯と召喚侯にある。ここ最近、スティローは城内に篭っている。恐らく、目的を達成したのだ。どこで何をしてきたのかを知るには、さすがの自警団も手が回らなかった。

 見つかったのは、召喚侯か、選帝侯か。召喚侯ならば、命が危ない。恐らくスティローは、召喚侯になりかわろうとしている。監禁か、あるいは殺害の恐れがある。

 これに対して、選帝侯ならば望みはあった。何も知らない異世界者なのだ。本来、選帝侯は召喚後、ただ王を選べとだけ告げられ、召喚侯の手助けのもと、全国を行脚し直感により王を選定する。知らないならば、誑かせば良いのだ。殺害の必要はない。

 どちらにせよ、救出は必至だ。ウィリアムは何度も見上げたその城を一瞥すると、告げた。


「少数精鋭を以って、ヴラファ城内を調べ上げよ。恐らく選帝侯か召喚侯が捕らえられている。なんとしても、お救い申し上げるのだ」


 控えていた数名の部下たちは、周囲に気づかれぬよう、静かに返事をして、部屋を出ていくのであった。

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