第32話 儀式のはじまり

 呪いを跳ねのける方法は思いついた。

 しかし、呪いを解く方法を閃くことができなかった。

 自分より強力な魔術師であるスミレとクルミも思いつかなかったのだ。

 やはり、無能の分際では、不可能なのだ。


「くそっ」


 部屋の中で鉄斗は毒づく。セリカが自分の意志で行動している以上、鉄斗の働きかけは無意味だ。……初めてのケース、とも言える。

 今まで対面してきた人々は、やむを得ない事情があり、誤解があり、解決に至る道があった。それを鉄斗は浮かび上がらせるだけでよかった。それぞれに問題を解決する力はあったのだから。

 しかし今回は違う。鉄斗が取れる行動は限られている。

 ……選択肢の少なさは問題ではなかった。

 やるべきことは変わりないのだから。



 儀式まで鉄斗たちは何度も議論し、方法を模索した。しかし、結果は同じだった。

 最高の策はない。最低の策で、望むしかなかった。

 武器の持ち込みはあっさりと許可された。と言っても、拳銃のみで、ライフルの類は携行できない。

 それでも何もないよりはマシだが、ヴァイオレットの魔術師たちにとって鉄斗は障害にカウントされていないと言う表れでもあった。

 かつての母親の部屋でP226のメンテナンスをする。


「平気だって言ってるのに、それでも戦うんだね。お兄ちゃんは」


 ソファーに座って作業する鉄斗の背後から、セリカは顔を覗かせた。気配なく侵入される行為にはもはや慣れっこなので、咎めることはしない。代わりに自分の意志を伝える。何度でも。


「セリカ。俺はな」

「諦めているんでしょ、ママから聞いてるよ」

「イリーナさんから?」


 意外に思えるが、当然でもある。セリカの情報源はイリーナ以外に有り得ない。娘を儀式の生贄にしようと企む義母からしか。


「ママはお兄ちゃんのことを教えてくれたの」

「戦い初めてからのことか。俺の行動は目立ったから――」

「ううん、その前から」

「何だって?」


 鉄斗はイリーナ・スティレットという親戚の存在をここに来るまで知らなかった。しかし彼女は知っていたようだ。名前だけではなく、その詳細までを。


「私がここに来てから、ママはたくさんのことを教えてくれたよ。儀式のことはもちろん、世界のことも。自分が特別じゃなくて、だからこそ特別なんだってことも」

「哲学的だな」


 スライドを装着して、部品の噛み合わせを確かめる。問題ないと判断し、マガジンを装填。初段を薬室に送り込んだ後に遭えてもう一度スライドを引いて、排出された弾丸をキャッチする。


「ママのお話の中で一番楽しかったのは、お兄ちゃんのこと」

「無能だから、笑い者には最適だからか」

「そうやってひねくれているところも確かに面白かった。でもね、お兄ちゃんは無能だからこそ、才能がないからこそ、家族の中では特別な存在だったんだよ」

「……まぁ、確かにな。ネガティブな意味でだが……」


 有能な魔術師集団の中での異端児。優秀な母親の血を継ぐはずの子どもは、無能の父親の才を余すことなく受け継いで産まれた。

 もし。もし仮に有能であれば、或いは鉄斗が生贄に選ばれていたかもしれない。両親が存命中ならばどうにか抵抗しただろうが、今や二人は墓の下。セリカの立場に自分がいて……セリカは、誘拐されたカルテルに殺されていただろう。

 そう考えると、自分の無能さの意義が少し見えてくるが……そうして生かされたはずの命は、自分の代わりに消費されようとしている。


「やっぱり納得できない、俺は」

「それでいいよ、お兄ちゃん。そうして頑張っているところが、本当に面白かった。私はね、そう、お兄ちゃんと同じなんだ。私も諦めてるんだよ」

「俺の周りにはそういう人が多すぎる」


 無欲な人間ばかりなのだ。自己犠牲の精神。他人のために自分の身を投げ出す奉仕の心。それ自体は尊ぶべきものだが、時には自分のことを顧みることが必要だ。

 しかし、そう頭の中で思っても、鉄斗は声に出すことができない。自分自身に刺さってしまう。


「お兄ちゃんは黙らないといけないよね。だって、まさにお兄ちゃん自身がそうだから。諦めるから。そう言って、みんなのことを助けて来た。けれど、わかってるよね。今のところ……世界の単位で考えると、お兄ちゃんがいたおかげで解決した事件は存在しない。大きな視点では、お兄ちゃんの必要性を観測できない。だって、周りにいる人々はみんな優秀だから。無能なお兄ちゃんが何かを解決できたことは一度もない」


 セリカは今まで関わってきた戦いを全て見てきたように言う。イリーナの目が魔術同盟の報告書ならそういう結論に至って当然だし、鉄斗も異論はない。

 ただ気に食わなかったから首を突っ込んだだけで、全て自分のおかげで解決できたなどと胸を張るつもりは微塵もなかった。功績が欲しかったわけじゃない。

 ただ誰かが悲しむ顔を見たくなかっただけだ。理不尽を前に硬直してしまう自分自身が情けなかっただけだ。


「ふふっ」


 黙る鉄斗を見て、セリカは小さく笑った。嘲笑ったというより、誇らしげに。


「でも、お兄ちゃんはすごいことをしたんだよ。事件は解決できたかもしれない。でも、解決に至るまでの道筋で死んでしまう人――犠牲になってしまうはずの人々を救ってみせた。だから私も、ママも注目したんだよ。おばあさまはきっと、気にも留めないけどね」

「……どうかな。偶然上手くいったが……どの作戦も完璧とは言えなかった。実際、救えなかった人間もいる。後悔はしないが……他にやりようはあったと思う」

「私もそうだよ、お兄ちゃん」


 セリカは鉄斗の前に瞬間移動して、その手に触れた。


「私も、そうなんだ。だから、今度は失敗しないの」

「セリカ」

「じゃあね、お兄ちゃん」


 セリカは音も立てずに転移する。

 鉄斗は、銃をホルスターに仕舞って立ち上がった。



 ※※※



 儀式はヴァイオレット家の悲願である。悲願成就のために、長い年月を費やしてきた。


「偉大なるエリザ様……」


 魔術師が世界を支配していた時代。その栄光を一身に受けた存在。

 ウェルス・ヴァイオレットは彼女をこそ崇拝していた。

 彼女が生きていた時代――いや、彼女がいた時代は魔術が発展し、世界の細部までをも征服し、管理してきた。

 しかし彼女が亡くなってから、魔術は衰退した。技術体系こそ進歩を続けている。だが、そのどれもが目覚ましいとはいえなかった。過去の技術を基にして、改良を加えただけだ。完全な新技術とは言い難い。

 酷く失望した。若き魔術師たちの不甲斐なさに。

 ゆえに、革命を起こすために、生き長らえてきた。自身の遺伝子から器を創成し、そこへ魂を入れ替える。エリザ復活のために研究した魂の伝承は、自身の寿命を延ばすことにも繋がった。

 実質的な不老不死だ。時間はある。技術も存在する。

 後は器だけ。偉大なる我が姉を降臨させるに足る生贄。


「本来であればスミレであったが、あの愚か者では……」


 十分な素養を持っていながら、赤上などという無能者の元へ凋落したスミレ。あの裏切り者は相応しき末路を辿った。当人の裏切り行為はもとより、その結果産まれた子どもも何の才覚もない無能者。

 ヴァイオレットに何の還元もできない落伍者だが、予備として用意したイリーナが予期せぬ土産を持ってきた。

 ……今度こそは、という予感がある。セリカの精神は安定している。器としての力はやや不足しているが、それはこれから考えて行けばいい。

 気になるのは反発の節があるクルミだが、彼女については調停局に圧力を掛けることで身動きを取れなくした。調停局は今の大勢に必要不可欠な存在。そう彼女も局長も考えている。

 ウェルスからしてみれば、それは大いなる勘違いに過ぎない。世界の救世主はエリザでありヴァイオレットの一族だ。

 没落した魔術騎士団の後継であるアウローラ・スティレットも考慮に値しない。素質はあるが、小娘だ。例え反抗したとしても一瞬で無力化できる。

 気になるのはピュリティなる名の実験動物だ。同盟に流れる噂が真実であれば、彼女には何らかの裏がある。助手なる存在が世界に対し何かしらの計画を練っているのは明らかだ。……とは言え、儀式に支障をきたすとも思えない。魔術もろくに扱えない、人の皮を被った獣程度では。


「どれも考慮に値せぬ些末な問題よ。……儀式は安泰。後はあの方の降臨を待つのみ……ああ」


 そこまで考えて、不意にシミを思い出した。取るに足らない存在だが、一応その場には立ち会うのだろう。

 であれば、考えておく必要がある。その思考時間の全てが無駄に終わろうとも。


「そういえば、セリカたっての希望でおったな。一族の面汚しが。何か間違いが起きて――命を落とさなければいいが」


 歳を想起させぬ美貌を維持した姿で、ウェルスは嗤った。



 ※※※



 儀式の間も黄金でできていた。自分とアウローラ、ピュリティ以外の関係者も全員が金髪だった。

 鉄斗は自身の場違いな感覚を強く自覚する。外国人の集会に紛れ込んでしまった気分だ。

 しかし、そういう異端は、時として事態を上手く解決できる起因にもなり得る。例え解決策が思いつかなくとも、心構えだけはどうにかするつもりだった。

 それは隣に立つアウローラとピュリティも同じ。クルミは……憔悴さを隠しきれていない。


「来たぞ、黒幕が」


 アウローラが耳打ちしてきたが、彼女に教わらなくても気付けたはずだ。

 ヴァイオレットの当主であるウェルス・ヴァイオレット。ヴァイオレットに呪いをかけた元凶。

 エリザ・ヴァイオレットの復活を夢見て、多くの人間の人生を狂わせた張本人だ。

 見た目こそ若々しいが、年齢は数百歳であるはずだ。

 彼女はエリザの妹であるらしいから。


「これより偉大なるエリザ様の降臨の儀を執り行う」


 ウェルスは集う家族に向けてそう宣言した。全員を見回し、悦に入った笑みをみせる。数百年にわたる悲願が成就されようとしているのだ。そのように笑わない方がおかしいが、当たり前に小さな命が失われようとしている事実が嫌悪感を増幅させている。

 しかし鉄斗たち三人以外は誰も異論を持つ様子はない。イリーナさえも。

 むしろ彼女は率先して儀式の準備を進めていた。全ての工程に首を突っ込んでいたぐらいだ。


「あの方が君臨することで、世界から失われて久しい秩序が取り戻される。世界はようやく、混沌から解放されるのだ」


 魔術師という観点から見れば、という注釈が入るが。

 鉄斗はその言い分を聞く理由にはなれなかった。恐らくどれほど素晴らしい理論だったとしても受け入れないだろう。

 永遠にも感じられるありがたい講釈が終わりを告げて、儀式が開始される。

 棺が運ばれてきて、魔方陣の上に置かれた。棺の中にはセリカが入れられている。

 周囲に佇むヴァイオレットの魔術師たちが詠唱を始めた。ヴァイオレットが独自に考案した術式で、その理論は完璧だ。

 唯一の問題である被検体の精神状態も安定している。

 内部条件が全て滞りなく進行しているなら、取れる方法は一つだけだった。


「ッ!」


 鉄斗はP226を引き抜いて、銃撃を加える。詠唱をする男へ射撃したが、彼に命中する前にウォールに阻まれた。


「愚か者め……」


 鉄斗を威圧的な声音で詰るウェルス。しかし言われ慣れているので特に何も思わない。悪口も考え物だ。あまり言い過ぎると何を言われても気にならなくなってくる。


「ふッ!」


 隣で抜剣したアウローラが術者に斬りかかっていた。周囲の親戚たちは当然その蛮行を見過ごすはずもなく抵抗してくる。クルミやイリーナ、セリカが使っていたような光弾だ。

 ヴァイオレットは星の魔術に熱を注いでいた。急に周囲が光り輝いて、複数の閃光が流星のように貫いてくる。

 アウローラはその全てを弾く……が攻勢に出ることができない。敵が強いのと、数が多いせいだ。隙を見せれば彼女と言えども簡単に倒されてしまう。


「くそッ!」


 鉄斗は銃弾を放つが弾丸は標的に命中する前に潰れていく。……鉄斗たちが何もできない間にも期限は刻一刻と迫りつつある。儀式が成功してしまえば鉄斗たちの敗北だ。

 なりふり構っていられない。鉄斗はアウローラへ銃口を向けた。


「アウローラ!」

「よし!」


 アウローラは疑うことなく身を翻して、鉄斗から放たれた弾丸を跳ね返す。攻撃に意表を突かれた男へ命中し、一人が地面に伏した。しかし彼は儀式の構成に関わっていない見物人なので、儀式の妨害には至らない。

 本命に当てなければ意味がない。儀式を直接進行させている術者に。

 しかし思いのほか、鉄斗に対する抵抗は消極的だった。鉄斗が無能のせいだ。……おかげでもある。

 鉄斗程度の実力で、儀式を止められるはずがない。

 皆、そう考えている。そしてそれは事実だ。

 あくまで正攻法では、という前置きをつければ。


「ピュリティ!」

「アイノウ!」


 ピュリティはルーン魔術を行使する。それはセリカとの喧嘩で披露された火柱だったが、その規模が違っていた。

 ブリュンヒルデを眠らせて、山頂に閉じ込めたオーディンは、その周囲を炎で囲ったという。

 さながら、今のピュリティは炎を吐き出すドラゴンだ。

 鉄斗は北欧神話の英雄シグルズ。恐れを知らない者。

 セリカは、眠り姫たるブリュンヒルデの模式だ。

 術者及び親戚たちは、突然の火柱によって反応が一時的に遅れた。鉄斗は棺の上へと飛び乗る。儀式を解除する方法は、術者を倒す以外にもう一つある。

 儀式の降臨に使用される被検体を、連れ去ってしまうことだ。

 儀式の継続は防げないが、一時しのぎにはなる。


「このままッ!」


 鉄斗は強引に棺をこじ開けようとする。

 オーディンが構築した迎撃網は、炎の他にも存在していた。

 ……茨だ。鋭いトゲのような光弾が鉄斗の身体へ直撃した。


「ぐあッ!」

「鉄斗!」


 炎の壁を突き破って地面へと倒された鉄斗にピュリティが叫ぶ。同時に彼女も魔弾を受けて、魔術を中断させられた。

 消えた炎の反対側に、杖を構えたイリーナが現れる。


「儀式の邪魔はさせませんわ。凡人は凡人らしく……黙って見ていればいいのです」

「この――!」


 アウローラが三人を吹き飛ばして、イリーナの背後から斬りかかる。しかしその攻撃は破れかぶれ過ぎた。鉄斗とピュリティの身を案じた奇策があだとなって、彼女も壁へと叩きつけられる。


「くそ……あなたは! これでいいのか!」


 鉄斗は立ち上がりながら告げた。しかし完全に態勢を整える前に魔弾が放たれて、再びダウンさせられる。


「良いから、こうして儀式を守っているのではなくて? 無能のおつむではその程度のこともわからないのかしら」

「娘だろう……!」

「娘だから、ですわ」


 イリーナは冷酷な眼差しで鉄斗を見下ろしてくる。

 いや、その視線には一種の決意が含まれていた。

 何が何でも儀式を成功させる執念の瞳……ではない。

 もっと別の何かだ。儀式に執着するウェルスのような瞳をイリーナは持ち合わせていない。

 しかしそれが何なのかはもはや関係ない。今は儀式を中断させることが先決だ。

 鉄斗は立ち向かおうとして、杖の先端が自分に向けられていることを悟る。

 だとしても止まるわけにはいかなかった。

 勝ち目がないのは言い訳にならない――理由に挙げる段階はとっくの昔に過ぎ去っている。

 声を上げて突撃しようとして、阻まれた。

 なじみのある声に。


「じゃあ有能である私が、ちょっと邪魔をしちゃいましょうか」


 自分へ放たれた光弾が別の光弾によって消し飛ばされる。

 クルミによって。


「駄姉」

「愚妹」


 互いに互いを別称で罵り合う。それ以上言葉は交わさない。

 視線と魔術を交差させて、戦闘を始めた。その隙を縫って鉄斗は棺に突貫する。


「やむをえまい――私手ずから、引導を渡して……何ッ!?」


 ウェルスが発した疑問は鉄斗も同様に抱いた。突然遠方から狙撃が放たれたのだ。ウェルスが取った杖が弾き飛ばされ、他の親戚も手出しができない。狙撃手の存在は謎だが、構っている時間はない。

 鉄斗はナイフを棺の隙間に差し込んで隙間を作り、引っ張り上げる。あくまで身内によって行われる儀式なので、棺自体に特別なセキュリティは施されていない。


「開け……!」

「止せ、止めろ! 愚かな母親と似た轍を踏むでない!」


 ウェルスが狂乱するように叫ぶ。鉄斗は意に介さずに重い棺をこじ開けようとする。

 そして、唐突に棺は開いた。

 弾け飛んだ、と言うべきか。

 強烈な力によって、鉄斗は吹き飛ばされる。棺の蓋は勢い余って天井に突き刺さった。


「阻止成功、か?」


 アウローラが妹を確保しながら呟く。

 鉄斗は悲鳴を上げる身体を酷使して、身を起こした。

 同時に、棺の中に眠っていたセリカも目を覚ます。


「ほぅ……なかなか面白い状況ではないか。この世は」

「まさか……!」


 棺から起き上がったセリカは――彼女と同じ顔で、彼女とは違う人物の顔をみせた。



 ※※※



「儀式は成功したか」


 狙撃銃を構える男は独りごちる。想定内ではある。

 透視スコープと透化魔弾の組み合わせのみでは、儀式の妨害は困難だという予測は立てていた。

 なので、驚きはしない。予定調和である。


「見物だな。……終わるなら、それまでだ」


 男はスコープで俯瞰する。

 お手並み拝見、と言わんばかりに。



 ※※※




「やれやれ、たまさかこのような……ふざけた時代じゃのう」


 セリカは別人のように肩を竦める。……実際に別人と化している。

 鉄斗はその変化を肌で感じていた。今までとは気配が違う。気迫が異なる。

 ただそこにいるだけで放たれる圧倒的な存在感。アウローラやクルミでさえ、圧巻されていた。


「エリザ……様」

「ウェルスか。久しいの」


 セリカは歓喜の声を漏らすウェルスへ言葉だけで応じる。振り返らなかったのが少し引っかかるが、そんな些末な情動に意識を注ぐ余裕はない。

 空気感に呑み込まれそうだった。どうにか堪えられているのは、鉄斗に使命があるからだ。いや、そこまで大したものでもない。

 それでも、問いを放つぐらいのエネルギーには変換できた。


「お前さんは、セリカじゃないな?」


 口を慎め、と親戚の一人が忠告したが、セリカの身体を操る存在は気にしなかった。


「如何にも。ワラワはエリザ・ヴァイオレット……ここにいるとすれば、長きに及ぶミドルネームは割愛しても良さそうじゃな」


 にやりと笑う。セリカの顔で。セリカの声で。

 寒気すら湧いてくる。他人が他人に上書きされたという事実に。

 しかしそれ以上の熱さを備えて、どうしようもない力が燃え盛る。


「セリカを、返せ!」


 この力は、感情はどうすればいい。怒りではない。

 やるせなさとも違う。誰かを救いたいという感情は。

 鉄斗は心赴くままに引き金を引く。当然、魔術で弾かれる、が――。


「珍妙だな。ふむ、しかし良い」


 平服すらする親族がいる中で、闘志を絶やさない鉄斗を見てセリカ=エリザは嬉しそうだった。感銘を受け声を掛けようとするウェルスを無視して、棺から降りる。


「何度か接続を試みていると知っていた。そのくせ、ワラワを閉ざす者たちが多くいた……しかし此度は珍しく受け入れたと思いきや、このように、反骨精神にあふれる少年がいる……ほう、単独ではない、と」


 剣を構え直したアウローラを見て、エリザは上機嫌になる。鉄斗は横目でイリーナと対峙していたクルミの様子を窺ったが、彼女は恐怖で固まっていた。

 情けない、とは思わない。元よりそうやって教育されてきたのだ。

 むしろこれ以上自分の我儘で彼女を巻き込むわけにはいかなかった。彼女の世話を十二分に受けて来た。まだまだ未熟な無能野郎だが、こういう時ぐらいは独力でどうにかしないといけない。


「それに人外もおる」


 エリザは視線でピュリティを射抜いた。その眼差しを遮るようにアウローラが移動し、彼女の隣にピュリティが歩み寄る。

 守られるだけの存在ではない、と主張するように。


「セリカを返して」

「気難しい、質問じゃの。ワラワはセリカなる娘に宿っておる。ワラワとこの娘は同一存在と言ってよいじゃろう。つまりなんだ、諦めろ」


 エリザは淡々と事実を告げる。が、到底受け入れられない。

 少なくとも三人に肯定する気はない。例え可能性は絶望的だとしても、諦めるという選択肢はなかった。

 いや、最初から諦めている。何もしないことを諦めている。

 通告を聞き流して、三人はそれぞれの武器を構える。そこへイリーナが杖を持って参戦しようとした。

 もちろん、セリカ・エリザ側に。


「エリザ様、私も」

「いや、無用だ。イリーナ」


 エリザは意味ありげに笑った。なぜかウェルスに向けた笑みよりも親密に見える。


「準備運動には丁度良い。……さぁ、現代に生きる子どもたちよ。諸君らの健闘をみせてみろ」


 エリザは大魔女に相応しい風格を纏って、杖を構える。

 鉄斗たちは顔を見合わせ、連携攻撃を繰り出した。



 ※※※



 その戦い方は見世物としても劣悪だった。

 銃と剣、そしてルーンを駆使した連携。息は合っている。

 だが、実力と経験、訓練が足りていない。いくら阿吽の呼吸で息を合わせたとしても、ヴァリエーションが少なすぎる。

 稚拙な攻撃の繰り返しでは、ヴァイオレット家が輩出した奇跡の魔女には敵わない。

 フードの男はスコープでエリザ/セリカへレティクルを合わせる。

 と、儀式場で少年たちと交戦していた彼女が一瞬こちらへ視線を送った。


「ふむ……奇天烈な弓――銃、と言ったか」


 次の瞬間には、スコープいっぱいにエリザの瞳が拡大される。もう片方の目が、スコープを逆側から覗き込む形の彼女を捉えた。

 男は驚かずにライフルを躊躇なく手放す。後方へと跳躍し、ホルスターからステアーM1911を抜いた。紛らわしいが、ガバメントとは違う。マガジンが存在せず、給弾口から直接弾丸を装填する拳銃だ。

 それを構える男に対し、エリザは不敵に微笑んでいる。


「撃たぬのか? いや――撃てぬのか?」

「分身か?」


 屋敷では鉄斗たちが交戦を続けている。ここに存在する崖の上に存在するエリザ・ヴァイオレットと。

 彼らが戦う相手はそういう存在だ。しかし彼らは抗い続けている。

 愚かとしか言いようがない。だが、エリザは嘲笑の気配をみせない。

 銃の狙いをエリザの眉間につけたままの男は、背後からの返答に銃の狙いを変えた。


「ふん。わかっておろうに。ワラワほどの実力なら同時存在など容易いことじゃ」


 エリザは息を吐くように自身を同時に表出させる。そのどれもが本体だ。

 しかし男は驚かない。その反応にエリザは退屈そうな態度を醸し出す。


「昔であれば皆、わぁぎゃあと喚いてそれは愉快だったのじゃがなぁ。つまらぬ時代よ。解明が進み過ぎた。魔術が衰退するのも頷ける」


 エリザは遠方を見据える。しかし何かに気付いたように笑みを作った。


「古狩人は未だ存命。教団の長も。死んだ気がせぬなぁ。お主はどう思う?」


 男は返答しない。沈黙で応える。


「無口なものよ。まぁ、ある程度正体は推察できるが、んー、なんだ、ワラワは探求心に満ちた探偵とやらではない。シャーロック、だったか? よもや異界に魔物たちを閉じ込めるとは思わなんだ。つまらぬ世だが、全く興味がない、というわけではない。……イゴールとやらの、策略なども」


 エリザは銃口など気にもせず男の前で座り込んだ。複数いた存在が一つに収束する。ただし、屋敷の方では未だエリザ・ヴァイオレットは交戦している。


「若者たちは、どのようにする? ふふふ、興味は尽きぬわ」


 全てを悟ったような顔で、呟いた。

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