第23話 隙間補修

 海上施設の広大な甲板上では、風が吹き荒れている。


「むっ――」


 アウローラは遥か後方に存在する本土に向けて振り返った。


「どうかしたの?」


 クルミが訊ねる。殴り掛かってくる武闘派の魔術師を杖から放った光弾で倒しながら。


「いえ――何でもありません」

「そんな他人行儀な。私とあなたは上司と部下の前に家族みたいなもんなんだし、もっと砕けた口調でもいいのよ?」

「他人との距離感を、まだよくわかっていませんので」


 クルミの要望を拒否しつつ、突然芽生えた予感を振り払う。

 どうしてこの一大事に義妹の安否ではなく、よりによってあの毒女について思い出したのかは全くわからない。どうせ大したことはないのだろう、とアウローラは目前の任務に集中する。

 油田施設はブリーフィングの通り、テロリストの寄せ集めのような集団によって占拠されていた。現在はその奪還作戦の最中だが、今のところ目立った問題は起きていない。

 応援として送られた自衛隊や警察の特殊部隊は非常に優秀で、魔術師相手に後れを取るどころか圧倒している節さえある。人間が魔術師に対して無力だった時代はどこへやらと言った様子だ。

 国家の守護者が送り出した忍者や武士も卓越した技量でテロリストたちを一網打尽にしている。その鮮やかさを目の当たりにしながらも、これが日本という国の全てではなく、ほんの一部であるとは認識していた。

 しかし……彼らは国を守ることはできても、国民の盾になることが可能でも、ほんの僅かな隙間に閉じ込められた弱者を助けることはできない。


「どうしてこんなに戦力が割かれてる?」

「神宮さん。あなたも来たんですね」


 クルミが反応した男は、紅葉を連れているスーツ姿の男だった。一目でやり手だとアウローラは見抜く。

 銃声や魔術音が散発的に続く戦場の真ん中で、神宮と呼ばれた男は一切の緊張をみせずにたばこを吸っていた。まずいなと顔をしかめているので、なぜわざわざそんな行為をするかは見当もつかなかったが、日本の守護者の一人であることは理解できる。


「調停局が出張ってるのに、俺がのんびりしているわけにもいかないだろうよ。……にしても、戦力が過剰投与されてる。こんな連中、大部隊で鎮圧する必要もないだろうに」


 二軍の集まりじゃないんだ、と神宮は愚痴る。彼へ砲弾が放たれたが、命中する前に傍の紅葉が殴り返して砲撃主は爆散した。

 アウローラは自分に向けて放たれた銃撃を、父親の形見である剣で跳ね返す。……アウローラも、彼と同様の疑問は抱いていた。


「首相の命令、と拙者は聞き及んでいますが」


 前触れもなく虚空から言葉が放たれて、アウローラはほんの少しだけ驚いた。

 だが、あくまで少しだけ――騎士の本懐は隠れることではない――と己の自尊心をプロテクトしつつ表出した人物を見る。

 その人物は紅葉とそっくりだった。十中八九姉妹であろうという推測の結果を、息を呑む紅葉の表情が知らせてくれた。


「わ、若葉……久しぶり――」

「神宮さん」


 若葉と呼ばれた若いくのいちは姉を無視した。紅葉が落胆の面持ちになる。


「あの人がそんな命令出すわけないだろうに。拡大解釈されてるのさ。……わざわざ釘を刺したってのに」


 首相と馴染みがあるらしき神宮は呆れる。やはり日本という国も一枚岩ではないようだ。


「あなたもそう思うのですか」

「ここまで入り込まれているとは最悪だ。事件が起こるまで気付かなかったとは、どこまで根が深いんだ」


 神宮が嘆く。彼は何か思うことがあるらしく、苦り切った表情をみせている。

 その会話は自分と無関係の話題ではないと直感的に理解していたが、詳細を訊ねるのは憚られた。

 話しあぐねていると彼はアウローラとクルミの方を見やり、


「お前たちも気をつけろ」


 と警告を発し無線を使って部下たちに連絡を取り始めた。


「では拙者はこれにて」


 若葉も別の戦地に向かおうとする。


「あ、若葉……」

「喋りかけないでください、紅葉さん」


 咄嗟に声を掛けた紅葉に、若葉は凍てつく視線を投げかける。


「あなたと拙者……あたしは他人ですから」

「あ……そうだよね……ごめん……」


 今にも泣き出しそうな顔で紅葉は謝る。若葉は踵を返して立ち去ろうとする。

 その手を反射的にアウローラは掴んでいた。お節介だとは知っている。

 複雑な家族関係を、今知り合ったような人間がどうこうできるというわけではないとも。

 しかし紅葉には恩がある。騎士は恩義で動くものだ。


「何か?」


 若葉はこちらへ振り向くことなく嫌悪感を示す。


「彼女には恩人の命を救う手助けをしてもらった恩がある。それに、義妹を間接的に助けてももらった」

「だからどうだと言うのですか? 放してください」

「私は忍びではないから、紅葉の強弱については評価できない。卓越した技能を持っているとは思うが、恐らく忍者という評価基準から見れば能無しとなってしまうのだろう。しかしだ、それと、姉に対して辛辣な態度をとっていいという話は別のはずだ」


 若葉の振りほどこうとする手が止まった。アウローラは彼女を真摯に見つめる。

 戦闘音が遠くで響いているが、この場の誰も意に介すことはない。


「私は失敗した口だ。それが義妹のためになる……などと驕り、その気持ちの一切をないがしろにしてしまった。それどころか、自分の感情すらよくわかっていない……そして君の感情の機微すらも。君が何を想ってそういう行動をしているのか、推測する術は私にはない。だが……家族でも、むしろ家族だからこそ、礼儀は忘れてはいけないはずだ」

「……っ!」


 若葉は手を振り払い、ようやくアウローラの方へ向いた。

 瞳が潤んでいる。今にも泣き出しそうに。

 彼女は無言で忍術を発動させると、姿をくらませた。


「すまない、紅葉。余計な世話を焼いた」

「い、いえ……あなたの言葉は私にも沁みました。私も……きちんと妹と向き合うべきかもしれませんね。無能は言い訳にならなそうです」

「むしろ無能の方がよく回ると思うがな。有能な私は見事にしくじった」

「それ、鉄斗の前で言わない方がいいわね。ああ見えて結構傷つくから」

「む……そういうものですか?」


 クルミの忠告は意外で、アウローラは訝しむ。クルミは嬉しそうに答えた。


「そういうものよ。アウローラちゃん。でも、私は嬉しいけどね。……傷ついた人たちが立ち直っていく姿を見るのはさ、本当、幸せな気分になれるわ」


 幸せな気分に浸っているとおぼしきクルミだが、背後に轟音を立てて着地した、強面の戦士が水を差す。クルミは笑顔のまま背後へと振り向き、


「平和ボケしたこの国を塵あくたに変えてぐわぁ!!」

「ちょっと、いい話してるのに、邪魔しないでくれる? 使い捨てさんたち」


 杖で吹き飛ばされた男は事実を指摘されたにもかかわらず、我らは使い捨てではないと叫んでいる。

 そういう連中なのだ。相手は。ここにいるテロリストたちは連中の戦力でも何でもない。

 トカゲのしっぽ、ですらない。アウローラは気を引き締めて、剣を抜く。


「少し気を逸らし過ぎました。急いで片づけましょう」

「同感ね。紅葉ちゃんも手伝って」

「無能の身であるこの拳、日本を守るために振るいましょう!」


 三人はそれぞれの戦闘方法でテロリストたちをなぎ倒し始めた。


(ピュリティの警護は任せたぞ、ビシー、鉄斗)


 そのうちの片方が、冷たくなっているなど夢にも思わず。



 ※※※



「ビシー!!」


 ピュリティの悲鳴が路地裏に轟く。

 変わり果てた姿のビシーは路地裏で発見された。目撃者によって救急に通報され、路地の先では赤いランプが点灯している。

 ……サイレンは鳴っていない。しばらくして、ランプも消えた。


「くそっ」


 鉄斗は毒づくことしかできない。ビシーの身体は切創と銃創を負っていたが、どちらも致命傷ではなく、死因は大量出血による失血死だった。

 肉体に損傷があるものの、彼女は今にも動き出しそうだ。しかし彼女は冷たくなり、今にも見開きそうな眼は閉じたまま。

 担架に乗せられて運ばれていく。ピュリティは呆けてその姿を見つめていた。

 ピュリティの力も、既に亡くなっていた彼女には効果がなかった。


「何もできなかった」

「……」


 鉄斗は自責するピュリティに声を掛けることができない。

 死には慣れていると思っていた。両親の遺体すらない葬式に出た時に、こういうものかと完全に把握できていると。

 だが、違った。死への耐性などできていなかった。

 ビシーの性格に難があったのは認める。勘弁してくれと思うこともしばしばあった。

 だが、こんな別れを望んでなどいない。迷惑はかけられたが、それはお互い様だったし、彼女にはいろいろと助けてもらった。

 いや、例え彼女が何もしてくれなかったとしても、こんな結末を迎えて納得できるはずがない。

 それに、恐らく彼女は……。


「俺のせい、か」


 救急車にビシーの遺体が乗せられた。

 一応魔術で最低限の暗示は掛けており、病院にも魔術に関連する部署があるので大事にはならないだろう。明らかに事件性はあるが、信頼のおける警察官以外に事件を捜査して欲しくなかったし、検視を任せる気も起きなかった。

 それらはクルミ姉さんとアウローラが戻って来てから、適時行われるべきだろう。


「俺が弱かったせいだな」


 と悔恨したところで、鉄斗に強くなれる見込みはない。

 ただの事実だ。変えようのない現実。ビシーは鉄斗に頼ることもできず、アサシンへ連絡もせず、狩人と連携することなく敵の本拠地に乗り込みやられてしまったのだ。

 彼女なりの気遣いの結果だ。優しさが裏目に出てしまっただけ。


「お前さんは……そういう人間だったのか」


 地面にべったりと付着した血へ語り掛ける。

 結局のところ、鉄斗はビシーについて完全に理解できていなかったのだ。

 彼女をわかった気になっていた。このように一人で抱えて無茶をする人間だとは思いもしなかった。

 普段の態度だけを見て、彼女の本質を見抜いたつもりでいた。人の考えなどその一端ぐらいしか理解できないと知っていたはずなのに。


「……私のせい」


 隣では、ピュリティも鉄斗と似たように後悔している。

 お前さんのせいじゃない、と励ますことは簡単だ。しかし安易に否定してしまっていいのかわからずに思い留まる。

 何より、ピュリティに失礼な気がした。


「そう、かもな……」


 原因ではないが、要因ではある。

 悪いのは紛れもなくピュリティを狙う組織だ。

 しかし、自分たちで敵の襲撃をいなすための努力が足りていたのかと言えば、明らかに足りていなかった。

 十全なら、ビシーは死んでいないのだから。

 そして、街で警護しているアサシンと狩人を責めるのもお門違いだ。

 これは自分たちの問題であり……だからこそ。


「受け身はもうなしだ。俺は敵を探す」


 武器は現在も携行している。ビシーを倒した相手だ。正面からぶつかったところでまともに戦えるかはわからないが、それでも相手の出方を窺っている暇はない。


「私も、戦う」

「それは……ダメだ」

「私が強かったら、ビシーは死ななかった。鉄斗も義姉さんもビシーも君華も……みんなみんな、私を過小評価してる」

「でも」

「私は!」


 ピュリティは大声を出した。目尻に涙を溜めてつつも、力強い視線で鉄斗を射抜く。


「私はもっと、できる! 私は、攫われたお姫様なんかじゃない! 映画で助けを待っているヒロインでも、ない! 私はみんなの役に立てる! もっと、やれる……! やれる……だから!」

「ピュリティ……」


 その気迫は保護する体で動いていた自身の考えを壊すに足る威力を備えていた。

 追い打ちを掛けるように、ピュリティは詰め寄ってくる。


「力を貸して、鉄斗。私一人じゃ、ダメ。経験が足りない……。私はもっと経験したい。知識でしか知らないことを、できるようになりたい!」

「……お前さんは……」


 鉄斗は赤い血だまりを見下ろす。今までの敵は付け入る隙があったが、今回の敵は本気だ。本気で鉄斗を殺しに来る。もちろんピュリティもただでは済まない可能性もある。

 義姉のいない間に、鉄斗がそんな判断を一人でしていいのかどうか迷う。

 否――ひとりではない。ふたりで、決めるのだ。


「一つだけ、聞かせてくれ」


 鉄斗はビシーの残した血に手を置いた。彼女の血を握りしめる。


「お前さんは敵を憎んで戦うのか? それとも、これ以上誰かを傷つけないために?」


 返答次第では、ピュリティを昏倒させて安全な場所に閉じ込めるつもりだった。

 ビシーを殺した相手は、確かに憎い。赦せない、とも思う。

 しかし復讐心で戦うつもりはなかった。

 憎悪と戦意は別物なのだ。そこを混同してしまったら、人として壊れてしまう。

 ピュリティをバケモノにするつもりはなかった。彼女は確かに異常なところがある。

 だが、バケモノではない。年端もいかない少女なのだ。


「私は……うん、辛い。悲しい。赦せなくて、赦せなくて……本当は今も、冷たい悲しさと燃えるような怒りでごちゃごちゃ。でも、感情は不自由だけど、それでも……私はみんなの役に立ちたい。恩返しがしたい。私が戦う理由はそれ。私が怒りに呑み込まれてしまったら、あの時、博士を殺した人間を殺そうとした時みたいになっちゃったら、それはきっと、ビシーが望んだことじゃないから」

「わかった」


 この返答はどちらの方であるのか、語る必要性を感じない。


「始めよう。……その前に、一つ頼みたいことがある」

「何でも言って、鉄斗」


 ピュリティは力強い返事をする。

 鉄斗も頼みごとを彼女に伝えた。

 最初から携えていた死ぬ覚悟ではない。

 ピュリティと共に戦う覚悟を決めて。



 ※※※



『囮役は邪魔な勢力の目を引き付けています。今ならば、誰も邪魔をする者はいないでしょう。安全に、作戦を進めることができます』

「安全? 安全など最初から満ち溢れている」


 主犯格の男は助手を嘲った。どれだけ無能なのだ。

 この男には圧倒的に知恵が足りていない。だから助手で、主任にはなれないのだ。


『あぁ……軽率な発言を謝罪しましょう。あなた方の力があれば、どんな状況に陥ったとしても、安全。そうでしたね』

「このような物が必要だとは思えないが、いいだろう。お前の希望に沿って行動してやる」


 男は拳銃を手に取った。

 銃。低俗な人間が使う、貧弱で欠点だらけのおもちゃ。

 敵は恐らく、こんなモノで自分たちと抗うつもりだろう。どれほど愚かなのだろうか。神である自分にさえ計り知れない弱さだ。


『その拳銃は特別な品。まさにサタデーナイトスペシャルですよ』

「今日は土曜じゃないが」

『優れた銃のことをそう呼ぶのです』

「ふん。銃の品質などどうでもいい」


 男は鼻で笑い、銃をホルスターへと戻す。

 おのおのが選んだ銃器を不慣れに扱うメンバーへ振り向いた。

 最強最高の仲間たち。ギリシャや北欧、ケルトなどの神話にも劣らない神々の集い。

 彼らと共にいると男は誇らしい気持ちで胸がいっぱいになる。今までの理不尽な世界は終わり、神が支配する楽園へとこの世は様変わりするのだ。


「始めるとしよう。まずは――」


 と高貴な存在に相応の演説をしようとしたが、


『皆さんが世界へ真実を知らしめる第一段階として、まずはこの少女を狙っていただきます』


 助手が無断でスクリーンに情報を表示して男の出鼻をくじいた。男は嫌悪の込めた眼差しをカメラへと向けるが、助手は涼しい顔のままだ。

 画面には黒髪の少女が映っている。


『この少女は今、何らかの原因によって世界の注目を浴びている存在。そんな少女をあなた方が攻撃すれば、こちらから世間に公表する必要性もなくなります。神という存在は、教えられるのではなく自ら学び取るべきですから』

「その後、我々は日本の首都である東京を襲撃し、まずはこの国を支配する。いや、取り戻す、というべきかな? 我々の存在を自覚しない愚鈍な者たちから」


 笑い声が漏れる。ブリーフィングは終了した。

 後は実行に移すだけ。男は視線を衰弱する少女へ向ける。


「その女も連れて行こう。光栄に思うがいい。君は俺たちの最初の奴隷として、世界の変革を目の当たりにするのだから」


 顔に傷のある少女は無気力な目で項垂れた。生気の抜けた死人のように。

 その少女を、助手はスクリーン越しに見つめていた。

 酷薄な笑みを湛えて。



 ※※※




「何だこいつら……」


 鉄斗は突如として街の中に現れたその集団に呆れざるを得なかった。

 様々な銃器を手に持って、交差点の真ん中で我々は神だと主張する集団を目撃したら、きっと誰でも似たような反応をするはずだ。

 周辺に展開するパトカーの陰に隠れる警官たちも、口をあんぐりと開けて固まっている。


「この人たちが、敵? ……ビシーを殺した人たち?」


 ピュリティも半ば呆然としてイカレた狂人たちを観察している。鉄斗としては、素直に頷けなかった。その理由を言う必要はなさそうだ。


「もしそうだとしたら、よほどラッキーだったんだろ」

「否定。どれだけ幸運でも、無理だと思う」

「そうだな……となると」


 どこかに本命がいるはず。そう結論付けられはしたが、そのような相手は見当たらないし、鉄斗の探知能力で発見できるとも思えない。

 物陰で様子を窺っていても埒が明かないとはわかっているが、あんなあからさまな罠に堂々と接近していいものか苦悩する。


「面白いことになってるね」

「シャティア! ……ビシー、ビシーが……」

「大丈夫。知ってるから」


 ピュリティの頭を撫でた後、シャティアは鎌を肩に掛けて集団へと接近する。


「さて、自称神様たち。私は狩人のシャティア。近所迷惑だしさ、パパっと――」

「おっと待てよ狩人。これがわからないか?」


 早急に事態を解決しようとしたシャティアに、リーダーらしき男が拳銃をみせた。シャティアは眉を顰めるばかり。

 鉄斗も訝しむことしかできない。どう考えたってそれは、鉄斗が愛用するP226とは真逆のシロモノだ。


「そのおもちゃが何かな?」


 シャティアが口走ったおもちゃという単語は言い得て妙だった。


粗悪拳銃サタデーナイトスペシャルじゃないか。そんなもの持ってどうする気だ?)


 達人の銃術は魔術さえ容易く超える。例え如何な安物銃器と言えども、玄人が使えば脅威になる。

 しかし、あそこに固まる集団にそのような気配は一切ない。それどころか鉄斗が一瞥した限り、どこかの紛争地域で入手してきたであろう劣化コピーのさらにコピーであるアサルトライフルを、セーフティを掛けたまま構えている奴が何人かいる。

 これのどこがプロなのか。魔術師を蹴散らす銃使いだと言うのだろうか。

 しかし、男は自信満々に宣言する。


「俺たちは人間だ」

「は?」


 シャティアが間の抜けた声を出した。男は続ける。


「もう一度言う。俺たちは人間だ。これからこの――サタデーナイトスペシャルで、テロを起こす」

「……本気で言ってるのかな?」


 シャティアは鎌を構えたが、男はへらへらと笑うだけだった。


「お前こそ本気なのかい? 狩人さん。人間に、狩人が鎌を向けるのか?」

「――っ」

「それが狙いか……!」


 狩人は人間同士の争いに介入してはならない。

 その掟を逆手に取るための武装だ。

 流石に神を自称する集団だ。勘違いするに足る能力――恐らく魔術を会得しているはず。

 本来なら狩人に狩られて終わりだ。しかし、彼らは自らを人間だと主張し、その上で人間の武器を使ってテロを起こそうとしている。

 狩人の案件ではない。シャティアは無力だ。

 力があっても。いや、力があるからこそ……。


「……く、そ」


 シャティアは鎌の切っ先を男に突きつける。しかし男は意に介することなく発砲した。

 幸い、銃が粗悪品だったことと、射手の腕前が最悪だったので、弾丸は近所の店の窓ガラスを撃ち抜いただけだった。銃があれば、訓練せずとも人を殺せるなどまやかしに過ぎない。

 しかし、下手な鉄砲も数撃てば当たる。それに、不良品とは言え、ロケットランチャーを所持しているテロリストもいる。

 散弾や自動小銃の類も、撃ち続ければそのうち当たるだろう。このままでは、周囲の警官や退避している近隣住民にも被害が及ぶ可能性がある。


「そうだね。君の言う通りだね。私は下がるよ」

「それでいい……何もできない、弱者が」


 男はシャティアを嘲笑ったが、シャティアは平気な表情でこちらに戻ってくる。


「残念。自称神じゃなくて、人間だったみたい。私には何もできないや」


 朗らかに笑うシャティア。しかし笑顔とは対照的に、左手は強く握られている。

 爪が肌に刺さって、血が滴っている。

 それだけを見れば、理由は十分だった。


「俺が、戦う」

「鉄斗君?」

「狩人に手が出せなくても、俺なら存分に出せるさ。警官には下がってもらう」


 用意していたOTs-33のセーフティを外してスライドを引く。サイドアームのP226と、特殊魔弾が装填されている小口径リボルバーの準備も忘れない。


「危険なだけで、何のメリットもないんじゃない?」

「メリットがあるから戦うわけじゃない。あいつらは……いや、あいつらを陰で操っている連中は、ピュリティを、俺たちを狙っている。これは守るための戦いだ」

「カッコいいね。カッコいいよ鉄斗君。でも格好良さだけじゃ誰も――」

「少なくとも、さ」


 鉄斗はシャティアの肩に手を置いた。


「お前さんの悔しさを、俺が代弁してやれる」

「――君は」


 シャティアは目を見開いて硬直した。


「ここは任せる、シャティア、ピュリティ」

「うん。頑張って、鉄斗」

「ああ」


 鉄斗は集団の前へ移動する傍ら、リボルバーを上空へ放った。人払いのルーンが刻まれた魔弾が作用し、魔術的知識のない一般警官たちが操り人形のような不自然な動作で立ち去っていく。

 自称神集団の視線が、駆け寄った鉄斗へ集中した。リーダー格の男が怪訝な表情を浮かべる。


「誰だお前」

「わからないか? 見ての通り、無能魔術師だよ。あんたたちを止めに来た」

「お前――神をバカにするな!」


 男が拳銃を撃つ。鉄斗も、マシンピストルの引き金を引いた。

 複数の銃声が、人気の失せた街中に響き渡る。



 ※※※



「うぐ……ぁ……うう……」


 それは呻きながら起き上がった。自分が寝かされていた寝台から気力を振り絞って降り、自身が全裸であることに気付く。

 苦悶の声を漏らしながら、遺留品置き場を漁り、血に塗れている服を回収。さながらゾンビのようにおぼつかない足取りで、裏口から病院の外へとどうにか出た。

 しかしここから目的地までは遠すぎる。普段の調子ならすぐにでも移動できるが、今の状態はとてもじゃないが万全とは呼べなかった。


(調合を誤った、わね……使ったことなんて一度もなかったから)


 吐き気を催して、その場で座り込む。と、関係者以外立ち入り禁止の裏口に一般車が入り込んできた。

 ドアが開き、スーツ姿の男が出てくる。


「乗るか?」

「選択肢はなさそうね。あなたが汚い大人でないことを祈るわ」

「汚いとは失礼なガキだな。俺は警察官だ。矢村、と呼んでくれ」


 矢村と名乗った男は蹲る少女――ビシーへと、手を差し伸べた。

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