第17話 生者の代弁

 他人が何を考えているかなど、本当の意味では理解できないのかもしれない。

 誰かの想いを言葉と行動から読み解いて、理解した気になる。

 それが関の山で、他者の思考を完璧に、万全に把握することなど現実的ではない空論だ。

 それでも、その一端くらいは。全てはわからなくとも、その概要くらいは見て取ることができる。


「君華もそうだった」


 自分のことを何が何でも放っておかなかったお人好しの幼馴染。

 彼女はてっぺんからつま先まで、鉄斗が有能な人間であると信じて疑わなかった。

 幼い頃に犯した過ちのせいだろう、とは分析できる。

 鉄斗は他人に見せてはいけないと教えられていた魔術を君華に披露してしまった。この感動を誰かに伝えたかった幼き自分は、よく遊んでくれる幼馴染に魔術の初歩の初歩、ほんの僅かに灯った小さな火を見せた。

 それから、君華は鉄斗がすごい人間だと勘違いするようになった。

 親父が鉄斗に無能という呪いをかけたのなら、鉄斗は君華に自分が有能だと言う誤解を与えてしまったのだ。

 己の実力を知った時、鉄斗は何度も訂正した。その度に、さらなる訂正が重ねられた。

 そんなことないよ。鉄斗君はやればできる子だよ。

 両親にだってそこまで励まされたことはない。

 自分を褒めた回数で言えば、君華がダントツで一位だ。

 彼女は何を考えているのだろうか。

 一体何を伝えようとしているのか。

 その全てを理解することはたぶん、不可能なのだろう。


「でも、な」


 今の彼女が何を思っているのか、その全体はわからない。

 しかしその一部くらいは……わかっている。


『お前は正気か? やはりこの作戦には決定的な不備があると私は思う』

「俺は正気だ、アウローラ。ま、理解し難いって気持ちはわかるが」


 イヤーモニターから響くアウローラの通信に、鉄斗は応える。

 鉄斗は待ち合わせ場所に指定した人気のない空き地にいた。

 一人で、ではない。傍にはピュリティがいる。


「でも、鉄斗の作戦には一理ある」

『一理あるからオールオッケーっていう世界なら、今頃みんな幸せに暮らしてると思うわよ、ピュリティちゃん』


 ビシーの嫌味はしかしピュリティに届く気配はなく、


「無理筋よりはマシ」

『ねぇ聞いたーアウローラ。何々よりマシっていうロジックが良かった試しなんてないんだけど』

『まぁまぁ二人とも。今は鉄斗さんを信じましょう』


 紅葉が二人を宥める。が、ビシーの口数を減らすのは難しい。


『しれっと仲間入りしてるけどさ、結局あなたは何なの?』

『言ってませんでしたか? 警察官ですよ』

『斬新な冗談ね』

『え? 冗談じゃないですよ? 私は刑事です。デカですよデカ!』

『本当に? ……もしかしてあなた、私のこと追ってた?』

『はい。アウローラさんのことも追ってました!』

『嘘だぁ、ねぇ鉄斗、聞きなさい! 警官と犯人が同じ部屋であなたたちの動向を見守ってるわよ? これなに? 三流ギャグ小説?』

「いいから静かにしてくれ。作戦に不満があるのはわかるけど」


 鉄斗は嘆息しながら、腕時計で時間を確認した。

 時刻は二時五十分。待ち合わせは三時だ。

 いや、そんな気安いもので終わらないとはわかっている。


「最終確認をしよう」

『確認ねぇ、私たち確認する必要あるのかしら』

『まぁ、まぁ。鉄斗さん、どうぞ』

「ありがとう、紅葉。……俺とピュリティはこれから、騎士と対峙する。そして……」

『話し合いという名の殺し合いを繰り広げて、哀れな鉄斗君は名誉の戦死を遂げる。そうでしょ? 知ってる知ってる』

「ビシー、拗ねるのはわかるけど、ビークワイエット」

『拗ねるわよ、決まってるでしょ? 一理しかない自爆作戦に、あなたと恐れ知らずのシグルズごっこしてる鉄斗しか参加しないんだもの』


 と開き直るビシーにアウローラが言葉を重ねる。


『吐き気を催したくなるが、私もこの女と同意見だ。方針自体は、ピュリティが言っているように一理はある。だが、やはり私たち全員で向かうべきだった』

「でも、みんなボロ負けした。いてもいなくても変わらない、と思う」

「おいおいピュリティ」


 そんなはっきり言う必要ないだろうと思うが、彼女は鉄斗の注意の真意を理解できていないようで小首を傾げるだけだ。案の定、イヤーモニターからは悲壮感溢れた沈黙が返ってくる。鉄斗はフォローを付け加えた。


「勝ち負けの問題じゃなくて、単純にそんな大勢で出向く必要がないだけだ。もし何かが起きた場合、お前さん方には後方支援を頼みたいしな」

『大きく出たわね、鉄斗』

「言われると思ったよ、ビシー。けど仕方ないだろ。今回は有能な人間よりも、無能な人間が適役だ。もし代わって欲しかったら絶望的に無能になるしかないぜ?」

『呆れて言葉も出ないわ』

「今はそれでいい」


 ビシーもアウローラも、自分たちを気遣ってくれているだけだ。

 その気持ちだけで十分だ。

 鉄斗は背負っていたカバンから得物を取り出す。

 M3スーパー90。SWAT御用達の散弾銃で、最大の特徴はオートマチックとポンプアクションの切り替えが可能なことだ。

 いざという時、弾詰まりを回避できる優れ物。これで少なくとも弾が詰まって死ぬなんていう哀れな死に様を晒さなくて済む。

 色違いのカートリッジを装填口で押し入れ、フォアエンドを引く。

 武器の装備はこれで終了だ。

 後は、流れに身を任せる。まともな精神の戦術家ならまず有り得ない戦法だが、不幸か否か、鉄斗はまともな精神などという常識とは縁遠い存在だ。


「鉄斗」

「ああ、わかってる」


 ピュリティの呼びかけに応じて、見る。

 一切の兆候すら見せずに騎士は唐突に出現した。否、鉄斗にそう見えるだけでもっと有能な人間なら察知できたはずだ。

 だが、だからこそ、この作戦に適任だ。

 必要なのは強さではなく、弱さだ。どうしようもないレベルの雑魚さ加減――。


「どういう計略だ?」


 騎士は初めて感情的な言動を口にした。淡々な声音からも、容易に推測できるぐらいに。


「計略なんて大層なもんでもない」

「何の策もなく私を呼び出すはずはない。だが、クルミ・ヴァイオレットや無影流忍者、日本国の古き守護者たちも見当たらない。アウローラ・スティレットやビシー・テチィアもだ。……お前の実力は把握している」

「だろうな。だからあんたは訝しんでいる」


 鉄斗では天地がひっくり返っても騎士に勝てないから。それどころか神々の祝福や、フィクションのような都合の良い覚醒やトンデモガジェットを用いたところで、勝ち目はないと言っても過言ではない。

 能力、知力、技術……その全てにおいて、鉄斗は劣っている。いや、劣っているという表現すらも過剰に思えてしまうぐらいの実力差だ。

 それなのにのこのこと出て来たというわけですらなく、騎士を呼び出して騎士の標的と思しきピュリティまで傍に侍らせている。

 正気の沙汰を疑う、という段階ですらない。ただ狂気に呑み込まれているだけだ。

 しかしそれは……戦うという前提で物事を考えればの話だ。


「信じてもらえないかもしれないが、文面通りだ」

「話し合い、だと? 交渉の場を設けたつもりか?」

「いや、交渉などという畏まったものでもない。ただ、話だ。話がしたい」

「私にその気があると思うか?」

「ないなら……引き出すしかない」


 普段なら何十にも渡る罵倒が脳裏に敷き詰められるところだ。

 だが鉄斗は心身ともにやる気だった。ショットガンを抱えて、相手の出方を窺う。

 次の瞬間には、頬を槍の先端が掠めていた。


「――ッ!!」

「外れたか」


 かろうじて回避したが、衝撃が全身に大ダメージを与えている。

 鉄斗は騎士の傍を駆け抜けながら、M3の引き金を引いた。オートマチックに切り替えているのでフォアエンドを引く必要はないのと、散弾の特性上、鉄斗の技量でもデタラメな射撃でも命中させることができる。

 ある程度距離を取って、鉄斗は再び騎士へ目をやった。もっとも、その距離も気休め程度にしかならないが。


「話だ、話。戦いは望んでない」

「私は戦いこそを望んでいる」


 騎士の次なる攻撃は、魔銃槍による小規模の砲撃だった。自宅で有能な仲間たちと共に分析したところ、この特徴的な武器は騎士のオーダーメイドであり、極めて高性能な武装であることぐらいしかわからなかった。

 魔術によって構築された砲撃が、鉄斗の足元の地面を抉る。何の対策もしていなければ、それで無力化されていただろう。

 吹き飛ばされた鉄斗は背面を強打し呻きながらも、散弾銃を杖代わりにどうにか立ち上がる。


「羽音勇美についてだ」


 その名前が出て、ようやく騎士が戦闘行動を中断した。


「お前がその名を語るな」

「だったら……ぐっ……水鏡亜美については? 彼女を知ってるだろう」


 痛みに肉体の制御権を奪われそうになるが無視して、コントロールを実行する。まだ本題に入ってすらいない。ここでダウンしたら置いてきた仲間たちにどれだけ文句を言われてしまうのか。

 それにあの世で親父に嘲笑われるだろう。やはりが俺が言った通りだった、と。

 それだけはなんとしても避けたかった。

 そして、君華にどうやって弁解していいのかもわからない。


「勇美の幼馴染だった少女か。どうでもいい人間だ」

「どうでもいい、だって? あんたはどうでもいい少女を救ったのか?」

「私が元フィアナ騎士だとは知っているな」

「名前もわからないが、それだけはわかった」

「ならば、その誓い――騎士団の意義も把握しているだろう。無実の人間を見捨てたりはしない。ただ誓約に従って無実の少女である彼女と、他の者たちも救っただけだ。……あの少女が真に無実であるかは疑わしいところだが」

「やっぱり、そう思ったのか」

「何?」


 そうでなければ、この作戦は無意味だ。

 そうでなければ、そもそも自分に勝機など見つからない。

 そう理性では理解できているが、僅かな失望の念が心に燻っている。


「あんたは羽音勇美が水鏡亜美にいじめられていると思った。そうなんだろ? まぁ確かに、状況だけを見ればそうとしか思えない」


 行為自体は立派ないじめだ。いじめは基本的に被害者側の主張によって成立するものだが、その部分を差し引いても、いじめと呼んで差し支えないだろう。

 そして加害者側にいじめの認識がないから問題ない、とも言うつもりもない。

 だが、加害者にその行為をするつもりが全くなかったとしたら?

 他人の空気に流されて、というような同調圧力に屈した結果ですらなく。

 第三者が仕掛けた魔術によって、そう仕向けられていたとしたら――。


「羽音勇美があんたにとっての何なのか、俺はよく知らない。概要だけを紐解けば、家族か、それに近しい関係だったと推測することができるが、生憎俺の推理能力は……凄まじいというわけでもない」


 異界にこの世あらざるモノを封印したとされるシャーロック・ホームズなどとは似ても似つかない。他人より洞察力はある、と誇りたいところだが、全然そんなことはないのだ。

 せいぜい、ひねくれ者の恩恵によって、他人と見方がちょっと違うだけ。


「だが、あんたは冷静に物事を判断できなかった。羽音勇美を殺された。その事実が聡明なはずのあんたを狂わせ、目を曇らせた。だから……今、あんたは不本意なことをしている」

「私を挑発する気か?」

「挑発なんかじゃない。ただ事実を言ってる。そうだろ? 大事な人間を誘拐で喪った男に、誘拐の真似事をさせてるんだぞ? これが不本意でなくてなんなんだ。俺自身、人を見る目がずば抜けてるってわけじゃない。だが、君華の見立ては信用できる。あんたは本質的に善人なはずだ。こんなことをするような人間じゃない」

「お前に私の何がわかる?」

「言っただろう? 俺はわからない。だが、あんたに誘拐されて、少しの間でもあんんたと共に時間を過ごした君華は、あんたを信頼している。笑えるよな。本当なら笑っていいはずだ。けど、全く笑えない。君華はあんたを心配してる。いいか? あいつは筋金入りのお人好しだ。こっちがどれだけ突っぱねても、世話を焼くと言ってきかない頑固者だ。俺が何度あいつから離れようとしてしくじったのかわかるか?」

「私が知るはずはない」


 騎士の返答は至極まともなものだった。

 鉄斗はその通りだ、と同意する。


「知るはずがない。幼い頃のあいつを見て来たわけじゃないんだから。そして、よく知らない俺の言葉に信憑性がないのもわかる。ほぼ初対面ってだけじゃなく、一度戦った相手だ。普通に考えたら話し合う間もなく殺していて然るべきだ。けど、俺の言葉じゃなく、水鏡亜美が語った話なら? あんたの大切な人だった、羽音勇美が友達と呼んでいた彼女の言葉なら、聞く耳を持ってもいいんじゃないか?」

「それが本当に彼女の言葉だとどうして――」

「信じられるか、か? 言う必要があるかな。俺のような雑魚を前にして」


 鉄斗は自虐的な笑みを浮かべた。だから自分なのだ。そう強く思いながら。


「俺が嘘をついたらあんたは即座に見抜けるだろう。アウローラやビシー、紅葉が相手なら……まぁ、紅葉はともかくとして、だ。嘘をついても、あんたは見抜けないかもしれないし、見抜けたとしても時間が掛かる恐れがある。だが、俺なら? 何の能力もない無能魔術師の俺なら、あんたは即座に見抜ける。だから、安心して話を聞けるだろ。聞いた後で、どうするか考えればいい」

「私に何の得が?」

「得があるかどうかを決めるのはあんただ。だけど、別に損はしない――せいぜい、時間を数分程度無駄にするだけだ。その間に俺が何か策略を巡らせて、あんたをどうにかする気だと思うのなら、見込み違いだ。俺はそこまで有能じゃないし、あんたの実力なら無傷で突破できるだろう。……それに、あんたの目的はすぐ近くにいる。いつでも目的を果たし、帰れる。そして俺の推測が正しければ、あんたは目的さえ果たせば君華の処遇などどうでもいいはず。話を聞いた後でも、簡単に、ノーリスクで逃げ出せるんだ。なら、別に聞いたって損はないだろ?」


 強気な口調で言いはしたが、賭けだった。それも相当に分が悪い賭けだ。

 なぜなら、騎士は己のゲッシュが破られることはないと確信している。

 だから君華に連絡を取らせたし、ゲッシュという弱点を隠す様子もなかった。

 純粋な強みであると、かの騎士には認識されている。

 だが逆に言えばその確信こそが、鉄斗にとっての強みだった。

 ここで彼が論破されることはないと確信してくれれば、話し合うことができる。

 しばらく騎士は沈黙していた。

 そして、構えていた槍の切っ先を下ろす。


「いいだろう。話せ。あの少女には借りがある」

「助かるよ。……じゃあ、始めるぞ」


 鉄斗は散弾銃のセーフティを掛け、地面に置いた。拳銃も同様に。口約束を交わしただけの相手を信頼するその行為に騎士は僅かに身じろぎをしたが、鉄斗は堂々と振る舞う。

 これから話をする相手に信用されなければ、この話はただの与太話として葬られる。

 それでは何の意味もない。なので、自分の行動に疑問を感じる余地はなかった。


「あんたが知っている事件の顛末はこうだろう? 学校でいじめられていた羽音勇美が、いじめの加害者である水鏡亜美を庇っていっしょに誘拐され、その結果彼女だけ殺された。……まぁ、日常で起こり得るかもしれない話だ。世界はいつも物騒だ。テロだ戦争だと騒がしい。人類が戦いに目覚めてからは同胞に武器を振るわない日は一日たりとも存在してないだろう」


 世界のどこかで何かしらの悲劇が起きている。そして生憎、人類にその悲劇を食い止める方法は今のところ存在しない。それどころか戦争を止めようとより強力な兵器を発明してしまうなんてこともざらにある。

 剣や槍、弓、銃、大砲、戦車、戦闘機……そして最後は核兵器。人間は善意を悪意に裏返す天才だ。

 魔術の世界も似たようなものだ。技術の方向性が変わっても人間の思考回路に変わりはない。


「不幸な偶然。悪意と悪意がぶつかって、それを食い止めようとした善人が結果として殺されてしまった、日常的によくある悲劇。他人事ならよくあるの一言で片づけてしまいがちだが、殺された当人やその家族、友人や愛する者たちにとってはたまったもんじゃない。だから、あんたがそんな風に狂ってしまう理由はわかる」

「お前に同情される所以はない」

「ああ、そうだな。ま、本当なら同情なんてしなくてもいいだろう。だって俺はあんんたに幼馴染を攫われてる。でも、君華は俺なんかとは器量が断然に違う。俺が憎む奴を平気で許せて、俺が認められないことを平然と認めて、俺が受け入れられない事実を平素に受け入れる。だから俺は……まぁ結構なひねくれものだって自覚はあるけど、こうしてお前さんと会話をしてる」

「幼馴染を褒め称えたいだけか?」

「まさか。もしそれなら直接本人に言うさ。まぁいつも恥ずかしくなって言えないんだが、そこは今は関係ない。……ここからが本題だ」


 鉄斗はポケットに入っていたクリスタルのアクセサリーを取り出して掲げる。水鏡亜美から無断で拝借してきたものだ。もし本人が返却を望むなら後でこっそり返す予定だが、恐らくそれはないだろう。

 なぜならば……これこそが。


「ペンダントか? それがなんだ」

「見覚えはないか? まぁ、そうだろう。見覚えがあったらあんたは今頃、そこで俺と対峙してないからな」

「どういう意味だ」

「クリスタル……水晶体。魔術の知識がほんのちょっとでもあれば、これは軽度の呪いを埋め込むために丁度いいアイテムだってことがわかるはずだ。異論はないな」

「ああ……何が言いたい?」


 騎士の声音に僅かな怒気が乗る。そうだ。怒りが渦巻くのも無理はない。

 そうとも。ロジック自体は非常に単純なのだ。そしてコストもそこまでは掛からない。魔術耐性がない人間なら、これぐらい軽度なものでも簡単に術中に嵌まってしまう。

 だから狩人が登場するまで、一部の凄腕以外、人類は圧倒的に不利だった。


「もうわかってるだろ? 原因はこのクリスタルだ。水晶体は見る者に望むモノを見せる反面、他人に術者の意志を反映させるという使い方もできる。占いで水晶玉が使われるのはそのためだ。ちゃんとした占い師なら真実を告げるし、ちょっと気配りができる占い師ならあえて依頼人が喜びそうな言葉を述べる。正直なところ占いの結果なんて己の意志で変えようと思えばいくらでも変えられる。あくまで現状のまま道を進むとどうなるか知るための道標みたいなものだ。だが悪意ある人間が使えば……他人を意のままに操る道具となる」

「水鏡亜美は本意ではなかった、と?」

「ああ。それだけでなく学校で羽音勇美を無視したという全員がな。学校関係者に配られた呪いは単純明快。羽音勇美を無視しろ、という命令だけだ。だけど水鏡亜美は……彼女だけはその呪いに抵抗してみせた」


 他の人間がすぐに呪いの影響を受けてしまう中、彼女だけは長い間命令を拒否し続けた。

 そして会話が封じられていながらも、二人はいっしょに過ごしていたのだ。


「彼女たちはずっと学校でいっしょだった。言葉が交わせなくとも。意思疎通ができなくても羽音勇美は可能な限り傍を離れなかったそうだ。彼女にとって水鏡亜美は大切な人間だった。もちろん、水鏡亜美にとって羽根勇美もそうだった。そんな二人がいじめの加害者と被害者なんて安直な言葉で片づけられるのは……いいことだと思えない」

「証拠はそれだけか?」

「……そうだな。このアクセサリーだけだ」

「ならば――」

「でも、このアクセサリーをテロリスト……いや、自称テロリストたちが持っていたとなれば事情は変わってくる」


 騎士は反論を止める。鉄斗はデバイスを操作して、クルミが送ってくれた資料を現出。騎士の方へと放り投げた。


「国際テログループリベリオン……なんだったかな、世界への反抗を遂げるため、愚かなる平和を享受する弱者社会の貧弱者たちを攫う……とかなんとか。よくわからない理論を振りかざしていた組織だが……連中の構成員はテロリストでもなんでもない。ただそこらへんにいるような一般人だった。彼らもまた被害者だ。あんたも思い当たる節があるんじゃないか?」


 水鏡亜美の証言では、羽音勇美が死亡した後、テロリストたちの態度が急変したという。恐らく呪いの効力は羽音勇美の殺害が実行されるまでだった。

 その後は? 別に何か対策をする必要もない。例え生き延びても彼らは魔術の知識がないから然るべき場所へ訴えることもできないし、実際には怒りに身を任せた騎士が全員殺してしまった。

 そして、真実は捻じ曲げられた。

 第三者にとって、都合の良い方向へ。


「殺人を犯して我に返ったのかもしれない」

「全員がか? 俺よりあんたの方が知ってるだろう。この世には殺人を犯しても平気な……少なくとも表面上は平気なように振る舞う奴が相当数いる。なのに、全員か? 今回の件に関わったテロリストたちは全員取り乱し、いじめに加担したとされた人間はみんな罪悪感に苦しんで不眠症になる? おかしいだろ。これが魔術的介入じゃなくてなんだって言うんだ? もし当事者たちが悪意か或いは無自覚の悪意によってこの事態を引き起こしたっていうなら、全員同じ反応を示すなんて有り得ないはずだ。人間には個性がある。平均は割り出せるかもしれないが、全員が同じ状態に陥るなんてよほど極端な場合でもない限り有り得ない」


 鉄斗は騎士を見つめる。縋るような瞳で。

 事実、この論理を無視するようならもう希望はない。

 鉄斗はいい。諦めているから。

 しかし君華との約束が果たせず、羽音勇美の想いは伝わって欲しいはずの人間に届かないで終わってしまう。

 しばらく間を置いて、ようやく騎士は返事を放った。


「なるほど。認めよう。確かに人為的介入を考慮する余地はある」

「なら……!」

「だが、それで何のメリットがあると言うのだ? 第三者とやらに」


 指摘を受けて鉄斗は押し黙る。

 答えがわからないからではなかった。その答えはすぐに思い当たっている。

 しかし、きっとその答えを知れば騎士は……。

 いや、必要なのは事実を告げることだ。

 ここまで来て、嘘を吐いて真実を誤魔化すことではない。


「あんただ」

「何?」

「あんただよ。圧倒的な強さを誇るフィアナ騎士団の生き残りであるあんたを駒として有効活用できる。あんたが何を条件にこの依頼を引き受けているのか知らない。だが、これは確実にあんたが望んだ行為じゃない。必要だと言われて、あんたは誘拐に手を染めた。本来なら絶対に選択肢から外れるはずの誘拐を。もう気付いているだろう? あんたを利用するために……羽音勇美は殺された」

「バカな。嘘を吐くな」


 騎士の口調から感情が露わになる。気持ちは痛いほど理解できた。


「嘘なんて吐いてない……あんたなら理解できるはずだ」

「なぜ勇美は私に救援を申し出なかった? 私であれば――」

「俺も話を聞く前は疑問に思ったよ。でも水鏡の話を聞いて納得した。後は……幼馴染のおかげだな」

「何――」

「大事な人間が危険な目に遭うと知って、どうして助けを求められるんだ。しかも狙いがその大事な人だってわかればなおさらだ。羽音勇美自体は特殊な家庭環境で育った人間かもしれないが、特別な人間じゃない。特殊な能力を有しているわけでも、魔術の才能に満ち溢れてるわけでもない。どこにでもいる、普通の女の子だ。優しい女の子だよ。だから、彼女は一早く気付けたはずだ。真の標的は自分じゃなくあんただってことに。それにこうも思っただろう。もし自分が不用意にあんたに連絡すれば、あんたもそうだし、他の人間にも危害が及ぶ。だから、一人で戦うことを選んだんだ」

「……そんな、はずはない」


 騎士は鉄斗の主張を聞いて虚ろに呟く。

 認め難い現実だ。逆の立場なら自分も素直に受け入れられたか疑問だった。

 だから、その後も行動も予測できた。


「お前は、知らない……知るはずがない……」


 騎士は項垂れた状態で呟く。

 そして、槍を持ち上げた。様子を見たピュリティが叫ぶ。


「待って、ウェイト、ファン! 鉄斗、鉄斗は――!!」


 慌てるピュリティへ鉄斗は振り返った。


「大丈夫だピュリティ」


 鉄斗は力強く答える。足元のM3を蹴り上げて構えた。


「約束は、必ず守る」


 突貫する騎士に向けて、鉄斗もまた駆け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る