いまここに俺の苗字が通らなかったか!?そいつがルパンだ!!
ちびまるフォイ
苗字の異文化交流会
「さぁ、ほかにいませんか!? はい! では「西野」落札です!!」
主催者が木槌を鳴らすと、落札者は立ち上がって喜んだ。
「やったーこれで普通の苗字になれる!!
いままで"五里木(ごりき)"でゴリラと呼ばれ続けた黒歴史からも解放だ!」
ゴリラしか連想されない気の毒な苗字を持っていた落札者は、
新しく手に入れた苗字を嬉しそうにかかげて去っていった。
しかし、俺が狙うのはあんなありふれた苗字ではない。
「では、最後の苗字を出品しましょう!」
スクリーンには最後の苗字がでかでかと映し出された。
「さぁ、最後の苗字は"西園寺"! スタートは100万からです!」
「110万!」
「120万!」
「200万!」
苗字が競売にかけられたとたんに一斉に声があがる。
ここだけは負けられない。
「300万!!」
会場から「おお」と声が上がった。
西園寺という苗字にはそれだけの価値がある。
一般の家で、普通の家庭、普通の学校で育った男ではあるが
西園寺という苗字がつくだけで印象はぐっと変わる。
まるで金持ちの御曹司みたいじゃないか。
イケメン度も2割増し。
「300万! ほかにいませんか!? さぁ、ほかに!」
周りも落札しようかと考えあぐねているようだが、
俺はスーツケースをあけて中の札束を見せつけた。
「悪いが、俺はこの苗字に全財産をかける覚悟でいる。
勝負と挑むやつはそれなりの覚悟をもってこい!!」
一世一代の勝負に誰もが気おされ、その後に価格を釣り上げる人はいなかった。
「落札です!! 西園寺の苗字はあなたのものです!!」
「よっしゃああ!!」
「おめでとうございます。では、苗字をはずして奥へどうぞ」
「はい!!」
俺は今までの苗字"山田"を外して、粉々して食った。
もう山田には戻らない。
これからは少女漫画に出てくるイケメンのような苗字になるのだ。
「では、ここにある苗字をつけ……あれ!?」
「どうしたんですか?」
「ない!! ない!! ない!! そんな! どうして!?」
苗字が置いてあったはずのガラスケースには何も残っていない。
西園寺の苗字がなくなったことも問題ではあるが、
俺にはもっと大きな問題が降りかかった。
「ええええ! ちょっと! 俺もう苗字消しちゃいましたよ!?」
苗字や名前の一部が欠損した人間は名前警察に逮捕される。
今現在、俺は全国指名手配犯と同じ状況だ。
「とにかく盗まれた苗字を探さないと……」
主催者が床に落ちてないかとかがんだとき、出口に走っていく人影が見えた。
「あいつ!!」
間違いない。
こんなタイミングでここから立ち去るのは犯人しかいない。
苗字泥棒の逃げた非常口を追う。
「待てーー!! この苗字ドロボー!!!」
これでも高校生のときは陸上で甲子園にいったことがある。
ぐんぐん距離をつめて、ついに犯人は行き止まりに追い詰めた。
「もう逃げられないぞ。俺の苗字を返しやがれ!!」
「オー。アイムソーリー。スミマセーン」
「が、外国人……?」
犯人が振り返ると、あきらかに国境の異なる顔つきをしていた。
「外国人がどうして西園寺なんて苗字を欲しがるんだ」
「ワターシ、ナマエガアリマセーン。
ムカシカラ、バンゴウデヨバレテマーシタ」
男は上着を脱いで肩口を見せた。
肩には生々しい焼き印で番号が印字されている。
うっすら見える体の傷で男の過酷だった過去がうかがえる。
「ビンボーダカラドレイノヨーニクラシテマーシタ。
ソンナワターシデモ、ミョウジガホシクナッターノデス」
「そうだったのか……」
「オカネナイカラ、ヌスムシカナカータ。
デモコレ、ナマエデーシタ。カエシマース」
男はそっと西園寺の苗字を差し出した。
その手を俺は突き返す。
「いいよ。お前に俺の苗字をあげるよ」
「ホントーデスカ!?」
「ああ、あんたは苗字が欲しかったんだろ?
あんた以上にふさわしい人間なんているもんか」
「アリガトーゴザイマス!!
オスソワケ、ノセイシン!! スバラシイデス!!」
「ちょっ違う気もするがな……」
「エンリョナク、ミョウジイタダキマス!!」
男は嬉しそうに俺の名前を奪って去っていった。
……え?
「あいつ!! 外国人だから苗字と名前が逆だった!!!」
気付いたときにはもう遅い。
名前警察がすでに回り込んでいた。
「貴様、名前も苗字もないじゃないか。逮捕する」
「ちがうんです!! これは誤解です!!」
「名前と苗字を失った人間には共通の名前をつける義務がある。
貴様はこれからその名前になってもらう」
「ななしのごんべえ……ですか?」
「ちがう。ホモ・サピエンスだ」
その日から俺のあだ名は「やらないか」になった。地獄。
いまここに俺の苗字が通らなかったか!?そいつがルパンだ!! ちびまるフォイ @firestorage
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