思い出天上院
「んあ……?」
選挙カーの音で目が覚めた。
「うるせえなぁ……休日なのに」
頭まで布団をかぶり、騒音が去っていくのを待つ。
選挙カーで政治家がよく自分の名前を連呼するのは、有権者に名前を憶えてもらう意図があるらしいが……それって自分には投票するなって言ってるのと同じだよ。
やがて騒音が鳴り止む。
やっと行ったか。よし二度寝、と思いきや、
「おはようございます! わたくし、
まーた来やがったよ! 国家の騒音!
しかしここで、わたしはあることに気付いた。
「天上院……って」
天上院茂樹の名前は選挙のせの字も知らない、わたしでも知っている。
わたしが住む、この、さいち市が地元の市議会議員だ。
そして――その天上院茂樹の娘が、わたしが中学生だったころの同級生……
天上院リリィである。
日本人とイギリス人のクォーターで、容姿はもう美少女としか言いようがないのだが、その真面目すぎる性格ゆえ、近付きがたい印象があったのを覚えている。
……まぁ、今では学校違いの友達なんだけど。
そんなことを思い出したせいか――わたしはあまり思い出したくないことまで、思い出してしまった。
あれは中学三年のころ。
あのころのわたしも今と変わらず、適当に学校に行って、適当に勉強して、適当に遊ぶ日々を送っていた。
わたしの通っていた中学は、生徒の自主性を重んじる校風だった。しかし、一風変わった校則があり――それが今時にしては珍しく『恋愛禁止』というものである。
昔からある規則らしく、当時の生徒会で、この規則を改定するために、恋愛解禁派が発足。生徒会は禁止派と解禁派に二分されることとなった。
そして不幸なことに……わたしもそれに巻き込まれることとなる。
理由は簡単。
その当時は、わたしも生徒会の一員だったからだ。
似合わないと思うでしょ? わたしもそう思う。だってわたしの意志で入ったわけじゃないし。わたしが欠席の日に、勝手に決まったことだし。
生徒会役員は、一つのクラスから二人ほど選ばれるのだが……まぁ普通なら、あんなもんやりたくないもんね。なんかめんどくさそうだし。唯一の救いは、サクちゃんがいたことだろう。
生徒会はお堅いやつらの集まりだったので、役員の半数は禁止派だった。
ちなみにわたしは解禁派。
個人的にクソどうでもいいことだったのだが、解禁派は禁止派に勝つために頭数が必要だったのだろう。サクちゃんとともに取り込まれることに。
で、あくる日、解禁派が恋愛禁止改定案を提出。これを議題とし、生徒会で役員会議が行われた。
この案が通れば、改定案が生徒会から教頭に提出され、教師間で恋愛解禁について話し合われることとなり、うまくいけば恋愛解禁と相成る。
のだが。
役員会議とは言ったものの、その議論内容は酷いものだった。
解禁派の意見が、生徒会長である、天上院リリィにことごとく論破され、もはやぐうの音も出ないほどになっている。
ひとり、またひとりと論破され、ついに解禁派の中で、喋ってないのは鳴海ニー子のみとなってしまった。
いやぁ、だって興味ないし……むしろ、とっちかと言えば、禁止派だし……恋愛解禁されたらその辺にリア充が解き放たれるわけで。
「ニーちゃぁん……」
涙目のサクちゃんがわたしを縋ってくる。そんなドラえもんに泣きつく、のび太くんみたいなことされても。
サクちゃんも頑張っていたけど、結局論破されてたしなぁ。
「あなたは? 解禁派である以上、何か意見があるんでしょ?」
天上院リリィの碧眼がわたしを捉える。
とくにないんだけどね、意見なんて。
と言いたいところだけど、話を振られてしまった以上は、何か言わねばなるまい。このままだんまりを決め込んで、浮くのもいやだし。
わたしは渋々起立し、口を開いた。
「まぁ意見というか、わたしの考えを述べるだけだから、反論はいらないよ」
と前置きし、
「そもそもこれってそんな大げさな問題じゃないでしょ。議論するのもアホらしい。これはただ、好き同士を学校が認める、それだけでしょ。
風紀が乱れるとか、学力低下を懸念しているみたいだけど、なら一回くらい試してから決めてもいいんじゃない? それで本当に風紀が乱れたり学力が下がったなら、恋愛禁止にすればいいじゃん」
「過去に一度、恋愛が解禁されて、学力が下がった例があるわ。こうなると分かってることを、試す必要はないと思うのだけど」
「それはいつの話?」
「……五年前よ」
「あのね、五年前はそうだったかもしれないけど、わたしたちは今の生徒だよ? 五年前の誰かの結果より、今のわたしたちを信じてよ」
「……」
まぁわたしは恋愛とか無理だけどな!!
「恋愛解禁した途端、乱交でも起こるの? テストでみんな0点取るの? 学級崩壊するの? 学校の評判下がるの?
生徒の自主性に重きを置いてる学校なのに、恋愛に自主性は求めないって? そんなバカな話あるか。学生は学ぶことが本分だけど、その本分には勉強以外のこともたくさん含まれてんじゃないの? 以上」
言うだけ言って、着席する。
静まり返る生徒会室。
……なんですかこの静寂は。気まずいからやめて。
しかし、次の瞬間、パチパチ、と乾いた音が鳴る。
音の発生源は真横にいた、サクちゃんの拍手。
いや、わたし適当に言いたいこと言っただけなんどけど。
だが……やがて、その音が増え始め、重なり合う。
気が付くと、わたしと天上院リリィ以外の役員全てが手を叩いていた。
なんだこの茶番。
そんな拍手されるようなこと言ったか……?
と、そんなことがあったのを、天上院茂樹の名を聞いて、ふいに思い起こされた。
あとから聞いた話によれば、天上院リリィに対し全く物怖じせず、あそこまではっきり物申せる生徒は珍しいらしく、どうやらわたしはその辺を評価され、それゆえの拍手だったらしい。
実際のところ、PTA会長の孫であり、市議会議員の娘である天上院リリィを恐れるものは多い。教師ですら、彼女には逆らえない。
唯一の救いは、彼女がそれを鼻にかけることのない、公明正大な性格だったことだろう。
ただ周りが必要以上にリリィを恐れすぎていた。それだけの話。
で、あのあと、天上院リリィがわたしのもとまで来て、一言。
「私の番号とアドレスとLINEのIDよ」
わたしに一枚のメモ用紙を渡し、去っていった。
それ以来、ちょくちょく連絡を取り合ったり、遊んだりする仲になったのだが……ちょっと苦手なんだよね、あいつ。基本的に堅物だし。個人的には友達と呼べるかどうかは、微妙な線である。
それでも現在に至るまでそういったやりとりが続いてるということは、一応友達ということになるのだろうか。定義はどうあれ、付き合いを重ねていくうちに、とりあえず悪いやつではないことは分かったし。
と、
「……ん?」
スマホが鳴った。
「……噂をすれば」
苦手と言っても、そこまでではない。
かたや堅物。かたや怠け者。
やつとわたしは根本の出来からして違うが、同じ人間であることに変わりはないわけで。
意見と価値観の相違は人間関係にとっての華だ、とは母親の弁。
理解しがたいけど納得できる考え方ではあった。
「はいよー久しぶり。うん。今起きたばっかだけど。……うるさいな、休日は遅く起きるためにあるんだよ。で、なんか用?」
なぜなら、リリィとわたしは、今も繋がっている。
余談だが、あの会議の場には、当時二年生だったチハも居たらしく、リリィと同じく、あれ以来、なぜかやつに話しかけられるようになったのだった。おしまい。
ニー子ちゃん、ピンチ! うしろざわ @Ushirozawa
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