ツーサイドアップ・カウンター 後編

 登校は、佐倉咲楽とするのが常である。

 近所の駄菓子屋で待ち合わせをし、そこで適当なお菓子を買ってから、駅へと出発するのが、日課だ。

 サクちゃんは既に到着しており、ベンチに座って、スマホなどを弄っていた。

「ごめん。ちょっと遅れたー」

 サクちゃんに声をかける。

 彼女はスマホから視線を上げ、

「大丈夫、全然待ってないよほおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 こちらを見るや、なぜか奇声を発するサクちゃん。

「にににニーちゃん!! どうしたの、その髪!?」

 なんかめちゃくちゃ詰め寄って来るんですけど!? 顔近っ!

「い、いや、なんとなく気分転換で。というかめっちゃ鼻血出てるけど大丈夫!?」

「すごいよ! 超似合うよ!! ショーケースに入れてずっと眺めてたい!!」

 聞いちゃいねえ。

 しかしまぁ、ここまで褒められたら、悪い気はしない。社交辞令とかじゃなくて、本気で褒めてくれてるのが分かったから。……大げさじゃね? と思わないでもないが。

「撮っていい!? 撮るね!」

 興奮冷めやらぬサクちゃんは、スマホのカメラレンズをこちらに向ける。そしてわたしが返事をする前に、撮影を始めた。

 こうなったサクちゃんは止められない。

 なので諦めて、店内に入り、お菓子を買い、出発。

 駅へと向かう間、サクちゃんは、ずっとわたしを撮っていた。

「ニーちゃん、この飴咥えて、ちょっと脱いで!」

「ごめん。おまえ何言ってんの?」

 

 で、学校に着く。

「またあとでねニーちゃん!」

 わたし2-2組。サクちゃん2-3組。なので、いったんのお別れである。

 教室に入り、自席向かうと、そこには新たな刺客が。

「来たな、同志N。昨日のゆきどけについてぬひょおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「おまえもか」

 ……なんだろう。顔を合わせるなり、叫び声を上げられるのって、すごい複雑な気持ち。周りに超見られてるし。

 そこに居たのは、わたしの友達の一人、姫戸美夜だった。サクちゃんに続き、こいつも、わたしの髪型に驚いているようだった。

「写真撮っていい!?」

「おまえもか!」

「だってすごいかわいいんだもん!」

「……いいよ」

 かわいいと言われて悪い気になる女はいない。

 というか実は、めっちゃ気分がいい。美少女にガチで褒められるてるのだから、なおさら。

 いや、できれば男に褒められたいんですけど、その辺の事情については、もう諦念案件なので。

 ともあれ、今日一日は、気分良く過ごすことができるだろう。

 わたしにもそう思っている時期が以下略。

 ……そこからはもう大変だった。

 休み時間が訪れると、サクちゃんとミャーがわたしのもとに押しかけ、撮影を始める始末。

 それだけならまだいい。よくないけど。

 面倒なことに、撮影がエスカレートし、サクちゃんが演劇部が借りてきた衣装を、わたしに着せ、ミャーは写真部からガチめのカメラを借り、写真部の部室にて、軽い撮影会を始める。もう一度言うが、休み時間になるたびに、である。

 むろん、断ることもできた。しかし、なんかこう、すごい褒めてくるから、わたしもついノリノリになってしまうのだ。

 しかし、それが積み重なり、放課後になる頃には、わたしのライフは0になっていた。

「あ……髪切りに行かなきゃ」

 帰りのホームルームも終わり、スクールバッグを持って立ち上がる。

 と、

「ニー子ちゃん! 写真部行こ!」「同志N。さぁ」

 すげえ。こいつらまだ撮るつもりだ。

 サクちゃんとミャーが、素早くこちらにやってくる。が、今日はのわたしはそうもいかないのです。

「ごめん。このあと美容院行くから無理。予約してるし」

「え」「え」

 サクミャー、異口同音。なにその反応。

「ちょっ、ちょっと待って、ニーちゃん。美容院に行くってことは……」

 震え声で訊いてくる、サクちゃんのあとを、ミャーが引き継ぐ。

「髪を切るってこと……?」

 なんなの、その恐る恐る訊いてくる感じ。

「そうだけど?」

 そのとき、わたしは見逃さなかった。

 サクちゃんとミャー。

 この二人が互いをちらりと見やり、頷き合ったのを。

「同志N……それはまかりならん」

「……は?」

 心からの疑問である。

「そんなに似合ってるのに、それを切るなんてとんでもない!」

「おまえ何言ってんの?」

「貴様の断髪に、ウチは断固反対する所存である」

「いや、おまえに反対されても、そんなん関係ないというか。ねえ、サクちゃ――」

 サクちゃん、めっちゃ笑顔でこっち見てる。

 その笑顔に得体の知れない恐怖を感じ、思わず台詞が止まるわたし。

「ねえ、ニーちゃん」

「は、はい?」

「ミャーちゃんの言う通り、ニーちゃんは髪を切るべきじゃないと思うの」

 あかん。

 これ、マジでそう思ってるっぽいぞ……。

「いやぁ、でももう予約してるし……」

「キャンセルすれば大丈夫だよ」

「ひっ」

「ニーちゃんは永遠にその髪型でいるべきだよ」

 やべえよ……やべえよ……二人とも目がマジだ。

 褒めてくれるのは嬉しいけどね、できれば女より男に褒めてほしいというか……男は誰も褒めてくれなかったけどな! そもそも気軽に話せるような男友達、いないけどな!

 ……とにかく、今は逃げよう。

 髪を切ってしまえば、二人とも諦めざるを得まい。

 真正面には、サクちゃんと、ミャーが二人。

 正面突破は無理だ。サクちゃんはともかく、ミャーは運動ができる女。スポーツテストとかで、いつも上位だし。奴は持ち前の俊敏さで、わたしを捕りにくるだろう。

 なんでインドア派のくせに、そんなに運動できるんだよ、ずるいぞ。

 次は背後を確認する。

 後ろは窓。

 死中に活在り、とはこのこと。

 後ろ手に窓を開け、この教室から脱出する!

「誰か! ニーちゃんを捕まえて!」

「了解!」「了解!」「了解!」「了解!」「了解!」

 ぎゃー! どっから沸いた咲楽親衛隊!

 驚いてる場合じゃない! 今は走るのだ!

 ベランダを抜け、隣の2-3組へ移る。階段が近い、2-1の教室へ行きたかったが、あそこは未だホームルーム中。たまにあるよね、やたらホームルームが長いクラス。

 ともあれ2-3組に突入。突然窓から現れた乱入者に、教室に残っていた生徒たちは驚いている。

「騒がしくてごめんなさい!」

 謝りつつ廊下に出る。

 左右確認。

「いたぞ!」「いたぞ!」「敵の潜水艦を発見!」「駄目だ!」

 やはりいるか。なんかおかしいのもいる。

 左側に四人。右側に二人。

 左側の四人組は、男子生徒で構成された壁。

 逆の右側は、サクちゃんとミャーのみ。

 普通に考えれば、人数の少ない、サクちゃんとミャーの二人を突破したほうが楽だ――が、

「なに!?」

 男子の一人が声を荒げた。

 その反応も頷ける。

 わたしが選んだ道は、左。

 野郎四人のところへ、女一人が特攻を仕掛けるのだ、驚きもするだろう。

「お股ががら空きだ!」

 大柄な男子の股の下を、スライディングで通り抜ける。

 小さいころ、兄と練習したプロレス技が、こんなところで役に立とうとは。

「さよなら! さよなら! さよなら!」

 走りながら振り返り、サクちゃんたちに手を振る。

 二人ともめちゃくちゃ悔しそうだった。どんだけ必死なんだ。

 その二人の後ろには、いつの間にやら、五人の男女が。

 やはり仕込んでいたか――あの時、もしわたしが右の道を選んでいたら、七人を相手取ることになっていた。そうなれば、もうサクちゃんたちの魔の手からは逃れられない。

 わたしが左を選んだ理由はそれ。なんの策もなく、サクちゃんがわたしの前に、立ちはだかるはずがない。

 そのまま、ちょうどホームルームを終え、教室から出てきた生徒たちの人混みに紛れ込む。人垣で覆われた、1組の廊下前。それが壁となり、追手はたたらを踏む。

 その間に、人と人の隙間を縫うように移動し、抜け、追手を振り切った。

 今回はわたしの読み勝ちだ。

 てなわけで、わたしはその後、無事、遅れることなく美容院に到着し、断髪式と相成った。


 で、翌日。

「ニーちゃん、このウィッグ、かぶってみて! 絶対似合うから!」

 サクちゃんにサイズぴったりのウィッグを渡された。

 そのウィッグの形状はツーサイドアップ。

 甘かった……!

 何が、髪を切ってしまえば諦めざるを得まい、だ。超偏執してるじゃないか!

「今度は逃がさないよ?」

 我が安息、未だ遠し。

 

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