やっぱりわたしは辛党員

 夜。

 11時くらい。

「作家のあるあるネタとか何が面白いんだ、あれ。全然分かんねえよ」

 テレビを消し、ベッドにダイブする。

「3話までは良かったんだけどなー。クソアニメに成り下がったなー。二度と視ねえぞ、こんなクソアニメ」

 勝手な感想を垂れ流しながら、スマホを手に取る。

 それとほぼ同時、

「ん?」

 スマホがアニソンを吐き出し、画面にサクちゃんの静止画が映し出された。

 という、いつものパターンで、今回もお話が始まる。

「はい。どったのサクちゃん」

「あ、ニーちゃん? 今大丈夫?」

「いいけど。サクちゃん、いつもわたしが暇になる、絶妙なタイミングでかけてくるね」

「そ、そう? 偶然じゃないかな?」

「せやな。で? なんか用?」

「うんとね、明日とか暇してる?」

「してますねえ」

「じゃあさ、あまらく行かない? なんかね、割引やってるんだって」

 あまらくとは。

 甘党楽園。通称あまらく。

 スイーツ中心の食べ放題をバイキング形式で提供している、飲食店である。

 スイーツの他にもカレーやパスタ、サラダ、スープなど、軽食も取り扱っており、女性向けのメニューが揃えられているが、その安さ、美味しさから人気は女性だけに留まらず、男女問わず、人気博している、全国チェーン店である。

 わたしもサクちゃんに誘われて、何度か足を運んだことがある。

 甘いものは、人並みには好きだし、うん、まぁ、美味かったよ。自主的に行くほどでもないけど。

 ただ、たまーに友達と行くぶんには、よい。気分転換にもなるし。一人で行ってもつまらないしね。

「割引かー。なら行こっかな」

「よかったぁ。じゃあ明日の10時に――」

 待ち合わせ時間を決め、それから適当な雑談をして、その日は就寝。


 翌日。

 キシ、という音で目が覚めた。

 床が軋む音だ。

「ん……?」

 布が擦れる音もする。

 それが近付いてきて、わたしのベッドの前で止まる。

 ああ、サクちゃんが来たのか。そういえば、迎えに行くとか言ってたような。

 目が覚めた、と言っても、まだ意識はぼんやりしている。

「ごめん。起こしちゃった? まだ時間あるから、寝てていいよ」

 予想通り、そこに居たのはサクちゃんだった。

 格好はピンク色のニットカーディガンに白のフリルスカート、そして黒いストッキング。冬仕様サクちゃんである。

 今はサクちゃんのお言葉に甘えて寝させてもらおう。冬の朝は、しばらく布団から出たくない。それが休日ならなおさらだ。

「あー……お菓子とか食べたかったら、適当に台所の棚漁っていいから……」

 そう告げて、目を閉じる。

 すると、布団がもぞもぞし始め、一瞬、布団内に冷気が流れてきたと思ったら、わたしの隣にサクちゃんが居た。何を言ってるのか分からないと思うが、わたしにも分からない。

「んふふ。ニーちゃんあったかい」

 布団の中でわたしに抱きついてくるサクちゃん。

 うわぁ、サクちゃんの身体、柔らかいなりぃ。おまけに甘く、心地良い香りがする。

 彼女なりのスキンシップなのか、ペタペタと身体に触れてくる。

「サクちゃん、くすぐったい」

「え~? どこが? ここ?」

 などとイチャイチャしながら始まる朝。

「ニーちゃんのおっぱい、小さくてかわいいね~」

「殺すぞ」

 前言撤回。


 サクちゃんとイチャイチャしていたら、目が覚めたので、起きることにする。

 私服に着替え、簡単に身だしなみを整えて、出発。

 駅を4つ跨ぎ、目的地の最寄り駅に着く。

 そこから3分ほど歩くと、あまらくが見えた。

「うわぁ、並んでるね」

 サクちゃんの言う通り、入口から数十人が列をなしている。

「ちょっと待てば大丈夫じゃない?」

 長蛇というほどの列でもない。

 10分ほどで、入店は可能だろう。

 というわけで、待つことにする。

 冬の外で待たされるのは、中々に堪える。着こんできて正解だった。

「ねえ、ニーちゃん、なんかカップル多くない?」

「ん?」

 周りを見やる。

 ……確かに、やけに多い気がするな。というか多すぎる。なんなんだこれは。この列もよく見れば、ほぼカップルで構成されているぞ。後ろから順にラリアットしていきたい。

「はい、ではほっぺにキスをお願いします」

 は?

 なんか入口のほうから、アホみたいな台詞が聞こえてきたんですが。

 列から身体を傾け、入口前を見る。

 そこには、一組の男女がいた。で、その男のほうが、彼女(と思しき女)の頬に、キスをしていた。

 そののち、件のカップルは、店員に促され、若干赤面しながら、店内へと入っていく。

 え? なにこれ? そういうプレイ? 薄い本的な?

「ニーちゃん! これ!」

 困惑していると、サクちゃんが、自分のスマホをわたしに見せつけてきた。

 画面に映っているのは、あまらくの公式ホームページだった。

 そして、でかでかとこう描かれている。

 と。 

 ……得心いった。

 このカップルゴミの多さは、そういうことか。加えて、先程のカップルのキス。

 見た目だけでは――男女一組が来たところで、そいつらがカップルであるかどうかなんて分からない。だから、恋人同士であることを証明させるため、入口でああいうことをさせてるわけだ。

 いわば、キスの通行証。なにそれわたしもやりたい。イケメンと。

 しかし、割引対象はカップルのみだったか。

「ごめんねニーちゃん……わたしがよく調べてこなかったから……」

 しょんぼりするサクちゃん。

 これに関しては、詳しく突っ込まなかった、わたしにも責があるだろう。

「ねえニーちゃん、わたしたちもカップルに見えないかな?」

「おまえ何言ってんの?」

 いかん。サクちゃんがアホなこと言い始めた。

「カップルって、恋人同士のことでしょ? そこに性別は関係あるのかな?」

「あるでしょ!?」

「そうかなぁ。お互い好き合ってれば、性別は関係ないと思うんだけどなぁ」

 その辺のことについては、我が国では非常にデリケートな問題なので、言及は避けておくとして。

「ん? 待てよ……カップル?」

 ここで鳴海新子さん、妙案が閃く。

 割引はカップル対象だ。わたしとサクちゃんは女。なので、割引対象にはならない。たとえ、二人がカップルと言い張ったところで、証明手段が無い。そもそも、のカップルの入店は、割引云々以前に、店側が想定してないよね、絶対。

 となれば、わたしとサクちゃん、どちらかが

 物分かりの良い君ならば、察しているだろう。

 そう……つまりは二人のどちらかが男装し、カップルに成りすますのだ!

 とは言えこの役、サクちゃんには無理だろう。男装したところで、その纏っている女子力じょしぢからまでは飾れまい。かわいすぎるし、おっぱいとかでかすぎて無理。

 だからわたしがやるしかない。モブ顔・貧乳・目付きが悪い、と三重苦が揃っている。よってサクちゃんよりは適任だろう。いかん、死にたくなってきた。

 そこまでする必要があるのか? と言われれば、そこまでだが、わたしとしては、店の前まで来た以上、せっかくだから何か食べていきたい。もちろん割引で。

 というかそれが目的で来たのだから、ここで逃げ帰るのはなんか悔しいのです、はい。

 というか朝ごはん抜いて来たから、いい加減なんか食べたいだけです、はい。

「サクちゃん……わたしにいい考えがある」

「それフラグにしか聞こえないよ、ニーちゃん総司令官……」

「ちょっと耳かして」

 口元をサクちゃんの耳に近付けてからのごにょごにょごにょ。

 わたしの作戦を聞いたサクちゃんは、

「おもしろそう!」

 とのことだった。

 サクちゃんの承諾も得られたことだし(?)、その場にサクちゃんを残し、適当な店で、ニット帽を購入。

 後ろ髪を全て帽子の中に入れると、まぁ、男に見えなくもない容姿になる。目付きが悪いのが、ここで活きるとは。

 サクちゃんの元へ戻ると、列も多少は短くなっており、いよいよ次はわたしたちの番。

「ニーちゃん、超カッコいい!! 美少年だよ! 中学生くらいの美少年!」

「アリガトウ」

 褒められている以上は礼を述べる。たとえそれが不本意なことでも。

「中学生くらいの気切くんに似てるかも!」

「あー……」

 お兄ちゃんやつも中性的な顔立ちをしているからなぁ。わたしと違って超美形だけど。

 閑話休題。

 列に並ぶこと5分。

 いよいよ、入り口前に到達するわたしたち。

「本日はあまらくにご来店いただき、ありがとうございます」

 あまらくの制服を着た、大学生くらいの姉ちゃんが、礼儀正しく、腰を折る。

「本日は……カップル割引ですね?」

「はい」

 よし、バレてない。ちょっと悲しい。

「あら、彼女さんもかわいいし、彼氏さんもイケメンですね。羨ましい」

 嬉しくねえ。

「うふふ。自慢の彼氏です」

 おまえも余計なこと言うな。

「はい、では、ほっぺにキスをお願いします」

 ……来た。

 このアホみたいな儀式をこなせば、腹いっぱい食べられる。

「じゃあニーちゃん、んー」

 サクちゃんが唇を差し出してくる。え? 唇?

「サクちゃん、唇じゃなくてほっぺだよ?」

 ねえ? と店員を同意を求める。だが、

「いえ、どちらでも構いませんよ。あくまで恋人同士ということが判ればよいので。こちらとしては、ほっぺにキスより、説得力はありますね。明らかに友達同士の人もいますから」

 なん……だと……!?

 ほっぺにキスとか、付き合ってるわけでもないのに、したりするのか! クソ! ずるいぞ!

「だってよニーちゃん。はよはよ」

 おまえは調子乗んなや。

 落ち着け新子。

 異性ならともかく、相手は幼馴染、サクちゃんだ。キスなんて幼い頃に何度もしてきたじゃないか。余裕っすよ、こんなん。

 それにここで唇にキスするのを拒んだら、怪しまれるのは火を見るより明らか。それだけは、避けたい。

「……じゃあ」

 サクちゃんと向き合う。

 顔を近づける。

 まつ毛長っ! 肌白っ! おまけに綺麗!

 水を弾いたような、プルンとした桜色の唇がなんとも、艶めかしい。

 やばい。ドキドキしてきた。相手が男ならまだしも、なんで女に、なんでサクちゃん相手にこんな緊張してんだわたし! わたしにそのケはないぞ! あとなんでサクちゃん、口が半開きなの!? 色っぽいからやめて!

 そう、これは、キスじゃない。スキンシップだ。欧米では親しい相手の頬に、ちゅっとしてるじゃん。あんな感じでやればいいのさ。

 サクちゃんの吐息がかかる。あと数センチ。もう少しだ。腹いっぱい食べたいだろう? この難局を乗り切れば、楽園に辿り着けるんだ。だから心臓うるさいちょっと黙っとけ。

 唇まであと1ミリ。いける!

「ごめんやっぱ無理ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

 あんな美少女にキスとか、女でもドキドキするに決まってるだろ! いい加減にしろ!

「お客様!?」

「ニーちゃん!? 待って!」

 羞恥が頂点に達し、両手で顔を覆って、その場から遁走するわたし。

 この後サクちゃんに追い付かれ、宥められ、慰められながら、ファミレスで昼食を過ごしたのだった。

 ……よく考えたらこれ、わたしあんまり悪くないよね?

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