脱処女計画 後編

 成海気切きせつ

 21歳。大学生。彼女持ち。

 わたしの兄である。

 一般的に、イケメンに分類される人種であるが、身内のわたしからすれば、どこがカッコいいのか、さっぱり分からない。

 昔から友達が多く、常に周りに誰かがいる印象だった。まだ兄がこの家に居たころ、よく奴の友達が遊びに来ていたのは、記憶に新しい。兄の部屋は、溜まり場らしく、放課後や休日になると、喧しい話し声が聞こえてきたものだった。

 性格は悪くないし、人望もある。わたしと正反対だな! クソが!

 兄は現在、都内の大学に通っており、一人暮らし。

 だが今は、夏休みを利用して、実家こっちに戻ってきている。どうやら、地元の友達に会いに来たらしい。

 好都合だ。

 奴は今、自室にいる。そこに突撃するのであります!

だつ処女の時間だオラァ!」

 ドアを蹴り開ける。

「!?」

 PCで何やら作業をしていた、兄は、驚愕の表情で、こちらに振り返った。

「すっげえびっくりした! なんなのおまえ!?」

「小さい頃、わたしはお兄ちゃんと結婚すると思っていた」

 兄の言葉を無視し、部屋で演説を始めるわたし。

「しかし、いつからだろう。こいつうぜえ、と感じるようになったのは」

「喧嘩売りにきたのか?」

「以前はあんなに優しかったのに、中二くらいになって、なんか妙にカッコつけるようになって、彼女とか連れてきて、その時、わたしは思ったよ」

「つーか何言ってんのおまえ……?」

「わたしの好きだったお兄ちゃんは死んだ! だから今のお兄ちゃんは無価値の屑だ! 死ね!」

「喧嘩売ってるんだよな? そうなんだよな?」

「でも大丈夫です。わたしは慈悲深いのです。そんなクソ野郎に、汚名返上名誉挽回のチャンスをあげましょう」

「そろそろ殴っていい? マジで」

「何をすればいいかって? 簡単なことです。わたしとセックスしろ」

 殴られた。

「いたい……いたいよぉ……女の子に暴力振るうなんて最低……」

「手加減しただけありがたく思え」

「いいじゃん。どうせテニサー辺りの女とヤりまくってんでしょ? わたしと一回くらいしたっていいじゃん」

 そう、わたしの考えた計画は、兄を使って、脱処女すること。

 兄以外の男に縁の無いわたしが、熟慮に熟慮を重ねた結果、処女とサヨナラバイバイするには、この手しかないと考えた。なんでそんなアホみたいな方法なのか、と問われれば、深夜テンションだったから、と答えるしかない。我ながら、頭おかしいと思う。

「彼女も居るのにヤっとらんわ! あとうちのテニサーは真面目だからな!」

「は? テニサーなんて、ただセックスがしたいだけの猿の集まりでしょ?」

「おまえはテニサーに、大いなる偏見があるようだな……」

 嘆息しながら、兄は椅子に座り直し、

「どうせ脱処女して、周りから大人っぽく見られたい、とかそんな安易な考えなんだろ。そうでなきゃ、男っ気0のおまえが俺に頼るなんてありえん」

「ぐっ……」

 こいつ見抜いてやがる。

「だいたいそういうのは、好きなやつとするもんだ。誰彼構わずやるもんじゃない。お互い好き同士になって、こいつとなら幸せになれる、っていう確信を得てからするんだ。それ以前に兄妹同士なんてもってのほか――」

「あーそういう反吐みたいな話いらないんで」

「この野郎……」

 お兄ちゃん、めっちゃぷるぷるしてる。

「しかしそうか――ならばしょうがあるまい」

 腰を落とし、両腕を大きく広げ、構えるわたし。

「力付くでいくとしよう」

 鳴海新子、戦闘態勢に入ります。

 一日の長ではないが――妹だからか、昔から、この男には舌戦では敵わなかった。ならば身体に分からせるしかあるまいよ。

「ほう。女のおまえが力で俺に挑むか」

 兄は立ち上がり、同じく構える。ノリいいな。

「おまえにプロレスを教えたのは俺だ。その俺を越えられるか?」

「越えられるとも。君たちロートルの時代は終わったのだよ。新しい時代を作るのは、老人ではない」

 教えたっていうか一方的に技かけられて、実験台にされた覚えしかないんだけど。

 そのおかげで覚えたっていうのもあるが。

「吠えたな若輩。古き力を知るがいい」

 両者、じりじりと距離を縮め、

「オラァ! セックスさせろやァァァァァァァァァァ!」

「ことわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁる!」

 深夜にプロレスを始める兄妹。そして、

「うるせええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 乱入してきた第三者――我が姉、鳴海愛華あいかのラリアットによって、鎮圧されたのであった。

 ……お姉ちゃんが帰ってきてたの、すっかり忘れてた。

 かくして。

 このあと、兄とわたしは姉にぶちのめされ、気付いたら朝を迎えていた。

 もちろん、脱処女計画は失敗と相成った。

 のちにわたしは、この事件を黒歴史に認定。同じ過ちを起こさぬよう、深く心に刻み込むことになる。

 

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