第5話 子供も不便

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 若返ってから二日後――。


「ふ、ふーん♪」


 キラキラと輝く朝日を浴びながら、私は洗濯物を干していた。

 最初は少し戸惑ったものの、“若い身体”に慣れてくると随分と快適なものだ。

 まず行動力が違う。『やりたい』と思ったらすぐに身体が動く。その上、頭の回転もすごく早い。上手く言えないけれど、内側からエネルギッシュなものが溢れてくる感じだ。

 そのせいか、朝起きるのが少し辛くなった……。

 とは言え、寝不足などのどんよりとしたものではなく、『惰眠を貪りたい』との感情が強い。なので、起きる時はスッと目覚められる。


「ああ、今日は寝不足の方ね……あふ……」


 今日の寝不足の原因は、洗濯カゴから取り出した一枚の“着物”にある。

 これは昔の服を探している時、押し入れの中で見つけた“嫁入り道具”の一つだ。|長襦袢(ながじゅばん)と呼ばれるこれは、嫁入りの時……初夜を迎える際に着ていたものである。

 どうしてこれが今、洗濯カゴに入っているのか。

 私は昨晩のことを思い出し、思わず口元に笑みを浮かべてしまった。


「やっぱり……完全に戻っている、か」


 私はしみじみと、新しくできた“染み”を感慨深く眺めた。そしてまた微笑む。

 ちょうどお尻が来る部分――二度目の“初夜”でできたものだ。


 私は機嫌をよくしながら干し場を後にする。戻る前に一度、自分の部屋を覗き込んだ。

 真っ先に目がいったのは、壁に掛けられた真新しい“制服”――あの頃が帰って来ると思うと、喜びを抑えきれなくなってしまう。

 “入学日”は六月の週明け六日に決定した。

 制服が届けられた翌日、〔私立 米里高等学校〕と言う、電車で三つ向こうの市にある学校から書類が届けられたのだ。製薬会社と協力しているのか、至れり尽くせりではあるものの……ここまで用意周到だと、少しだけ不安になってしまう。


 下の階に降りると、時計は十二時を指していた。

 主人は会社に行っているため、一人での昼食を摂る。

 豚肉が余っていたので、生姜焼きにしてみた。今回は普段通りに作ってみたものの、私の舌には塩気が足りなくて、少しだけ醤油を足してしまう。

 昼間は、テレビをつけてニュースかバラエティか分からない番組を見ていたけれど、どの番組も『馬鹿馬鹿しい』としか思えなかった。個人の意見を、さも総意のように述べる女性コメンテーターには特にイラっとする。

 あれこれチャンネルを変えても、これと言って面白いのはやっていない。消そうと思ったその時、ハリウッド俳優の特集番組でふと手が止まった。キッド・ハリトン……覚えておこ。


「ん、んんー……」


 テレビを消し、私は大きく伸びをした。

 凄く眠い……。やはり寝不足がたたっているのだろう、私は欲求に抗うことなく身体を横たわらせる。眠りはすぐに訪れた。


 それから二時間ほどが過ぎ――。

 十六時過ぎに目が覚めた私は、主人が帰って来るまでに買い物にやって来ていた。

 十七歳になったからと言って、特別意識しているつもりはない。けれど、移動だけは年齢に合わせた方法を取らないといけない。


「よっ、お、お、おっ……!?」


 慣れぬ自転車に、私は悪戦苦闘していた。

 原付に乗り出してからと言うもの、自転車の出番はめっきりと減った。最後に乗ったのはハッキリと覚えていないけど、原付を修理に出した後に一度乗ったのが最後とすれば、丸二年は乗っていないことになる。それまでも禄に乗っていないので、この六、七年はまともに乗っていないんじゃないか。

 駅まで自転車で三十分はかかる。学校に通うと言うのに、これは少しマズい気がした。

 家からスーパーまでは、基本一車線の道路で、車の往来も少ないほうだから何とかなる。が、学校帰りの小学生に笑われてしまったほどだ――ビュンビュン飛ばしていく幹線道路など、今の状態では危険すぎる。

 スーパーに着いた時は、『歩いて帰りたい』と思えたほどだ。


「はぁ……子供も大変ね」


 私は野菜などを選別しながら、ついボヤいてしまう。

 悪い癖だ。トマトのお尻の星が綺麗なのをより分け、そこから表面が固くて重いものをカゴに放り込んでゆく。旬を迎える頃なので、とても美味しそうだ。


「――あら、ちゃんと選別するなんて偉いわねえ」

「え?」


 突然横から声をかけられ、私は驚いて振り向いた。

 頭にパーマをかけた、銀縁メガネの知らないオバさんだった。


「おやまあ、いいの選んでるじゃない! お母さんのお手伝い?」

「え、ええ、まあ……」

「そう! こんな若いのに、ちゃんと目利きできるなんて偉いわあ。

 べっぴんさんだし、あなた、将来いい奥さんになれるわよ!」


 もう奥さんなのだけど、と言いそうになり、私は慌てて口を閉じた。


「あ、ありがとうございます」

「お手伝い頑張ってね! ああ、今日は卵が安いわよ!」


 知らないオバさんは満足げに去ってゆく。

 そう言えばいたな、と思い出したのは、レジを通してからだ。

 基本的に誰彼構わず話しかけ、自分が満足したら去って行く。時おり話をしていたけれど、会話がかみ合ってようがなかろうが、本人が納得すれば良いらしい。卵は確かに安かった。

 帰りも当然自転車だった。転んで買った卵が割れないよう、慎重に運転を続けてゆく。

 前カゴが重くなったので、行きより大変だ……。

 ちょうど中学校が終わったのか、カッターシャツや黒い詰め襟の学生服の男の子、紺色や白色のセーラー服の女の子たちとすれ違った。更衣期なのだろう、そろそろ主人のシャツも出しておかないといけない。


(みんな、キラキラしてるわね)


 あと数日で私も仲間入りするんだ。

 そう思うと、私の胸が大きく弾んだのが分かった。

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