第3話

 

 次の日から、森に囲まれた国の軍隊は進軍を始めました。なんとか逃げ帰ったスパイたちから知らせを聞いた森の向こうの国も、歩兵部隊を向かわせていて、深い森の中で戦いが始まりました。

 おじいさまのおじいさまのおじいさまの代から武勇で知られた血を引く王さまも、自ら剣を持って戦いました。森の向こうの国の軍からは、戦いを恐れない王として恐れられたといいます。

 それには秘密がありました。王さまは、戦いの終わるたびごとに、恐怖を感じた記憶を、男に食べさせていたのです。

「痛みも死も恐れるな、戦え!」王さまは叫びました。戦いを終え、城へ帰ってくると、記憶を食べる男が待っています。戦いの恐怖を忘れた王さまは、王妃さまと晩さんの席につき、自らの武勲を語って聞かせるのです。

 王さまの活躍で、森に囲まれた国の軍隊は次々と森の向こうの国の部隊を壊滅させていきました。

晩さんの席では、男はいつものように黒いマントのフードをかぶり、静かに王さまの話を聞いていました。

 しかし、戦いが続くなかで、いつしか王さまは、晩さんの席に彼を呼ぶことをやめました。

 男は地下の薄暗い部屋に連れて行かれました。彼は、そこで兵士たちの恐怖の記憶を食べるように命じられました。

「どうか、それはお許しください」と男は静かに言いました。「恐怖の記憶ばかり、いつまでも胸の奥がざらざらと気持ち悪い後味でいっぱいです」

王さまは冷たい目で男を見下ろしました。その表情は、まるで彼への優しさを忘れてしまったかのようでした。

 それからは、男は地下室で兵士に監視されながら暮らすこととなりました。毎日決まった時間になると、幾人かの兵士たちが連れてこられ、きょとんとした顔で帰っていきました。

 男は日に日に弱っていくように見えました。顔色こそフードの奥で見えませんが、どこか覇気のないように感じられました。そんな彼に、声をかける者がおりました。

「もしもし。大丈夫ですか」

 男を監視したり、地下室へ食事を持っていったりする役割には、一人の兵士が任されていました。その兵士というのは、ほかでもない、あのピーターでした。

「ぼくがあなたを王さまのところへ連れてきたばっかりに、こんなことになってしまった。どうか、力になれることがあればおっしゃってください」

「いえ、あなたのせいではありません。しかし、それならば、一つお願いをしてもいいですか。

兵隊さんたちや王さまの記憶を食べ続けて、私の心の中は悲しみでいっぱいです。どうか、あなたの素敵な思い出を聞かせてはくれませんか。そうしてほんの少しだけ、幸せな記憶を分けてくれませんか」

 こうしてピーターは、記憶を食べる男に自分の思い出話や身の上話をするようになりました。他の兵士がいない時間にだけ、家族のこと、兵隊仲間のこと、王さまのことなどを、ピーターはつっかえながらも丁寧に話していきました。記憶を食べる男もまた、最後まで静かに聞いてくれるものだから、そのうちにピーターはすっかり彼に心を許してしまいました。

「うちのおっかさんは、お城のものよりもよっぽどおいしいパイを焼くんだ。兄弟同士で奪い合いになっちゃうのさ」

「王さまだって、昔はきみが来たときよりもさらに優しい方だったんだ。秋のお祭りの時には、王妃さまと一緒に仮装して踊ってたもんさ」

 話をするうちに、ピーターは不思議な雰囲気をまとっていた男も少しずつ笑顔を浮かべるようになったと感じました。相変わらずフードの奥の表情はあまりよく見えませんが、ピーターはこの新しい友達の悲しみを慰めようと一生懸命でした。そうして、どれだけの時間が経ったころでしょうか。


 ……。

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