第2話

 何日か経って、森に囲まれた国では、深い森に向かった兵士たちの全員が地下牢から解放されました。彼らは解放されたことに喜び、その謎についてたくさんのうわさが飛び交いました。

 その真実は、こうです。ピーターは、小屋の男を王さまの下に連れて行きました。男は今まで、森にやってきた兵士や旅人の記憶を食べてしまったのだということを話しました。王さまは彼とピーターの話を聞き、兵士たちを許したのでした。

「改めて近くで見てみると、なんだか不思議な男だ」とピーターは思いました。王さまの前でも、男は黒いマントを身に着けたまま、フードをかぶっていました。顔つきからはなんとなく痩せているような、思ったより若いような、ぼんやりとしたイメージしか抱けないし、はっきりと思い出せないような顔でした。

 王さまはいたくこの男を気に入って、彼の話を聞きたがりました。彼に立派な部屋を与え、篤くもてなしました。きらびやかな服も与えられましたが、男は変わらず自分のマントを身に着けていました。王さまと王妃さまの晩さんに男を同席させ、今まで彼が食べた記憶の物語を聞くことが、王さまの楽しみになりました。

「お前が食べた記憶というのは、元の持ち主は忘れ、お前のものになる、ということか」

「その通りでございます。記憶にも味の違いがございまして、例えば成功の経験ならば肉汁のような旨味が広がりますし、恋愛ごとは甘い味が多いですね。そうそう、王さまの兵隊さんたちの秘密は、なかなか奥深い、癖になる味でした」

 王さまは満足そうに笑って、果実酒の盃を傾けました。

 得体のしれない存在でありながら、男は王さまに従順で、独特な少し掠れた声で、素直にいろいろなことを話しました。


 そうしてお城に奇妙な客人が居ついて少しして、森の向こうの国からやってきたスパイが捕えられる事件がありました。スパイの持っていた情報によって、王さまの部下になりすまし、潜入していたほかのスパイたちも何人か捕らえることができました。

「スパイだと」と王さまはうなりました。

「お前がやってきてから、森の向こうの国との戦争のことなど忘れていた。しかし、こうしてはおれん。戦いの準備を始めよう」

 男は黙って、王さまの言葉を聞いていました。

 そうしてスパイに対する尋問が行われ、とても大きな知らせがもたらされました。

 かつて王さまと王妃さまの間には、一人の王子さまがおりました。とてもかわいらしい王子さまで、国中のみんなに愛されていました。王子さまが生まれた日には、国中がお祭り騒ぎになって、たくさんの花火が打ち上げられ、まるで一日中日が昇っているかのような明るさでした。かつて、というのは、六つの誕生日に、王子さまは森へ木の実や木いちごを拾いに行ったまま帰ってこなかったからです。

 その王子さまが、森の向こうの国で生きているというのです。

 王さまと王妃さまは、王子さまのことを死んだものとみなしていました。しかし、この話を聞くと、お二人は王子さまのことが思い出されて仕方ない様子でした。

「王子は私の碧色の瞳と、王妃の美しい金髪を持っていた」と、王さまは語りました。「素直で心の優しい子供だった。もしも森の向こうの国に囚われているというならば、私はおじいさまのおじいさまのおじいさまの代から続くこの戦争に勝利し、命をかけて王子を救い出さねばならぬ」

 男はやはり黙って、王さまの言葉を聞いていました。


 森に囲まれた国は、本格的な戦争に向けて進み始めました。たくさんの兵士と武器が用意され、スパイたちは拷問され最後には処刑されました。

「記憶を食べる男よ、お前に頼みがある」と、ある晩、王さまは言いました。

「これはおじいさまのおじいさまのおじいさまの代から続く戦争だ。そして今やわが息子の命がかかっている。私は何としても、一刻も早く森の向こうの国を滅ぼさなくてはならぬのだ。しかし、私の心は弱く、たくさんの武器や兵士たち、スパイへの拷問や処刑を見ていると苦しくて仕方がなくなる。お前に記憶を食べられれば、私はこの苦しみから逃れられるのだろう。そうしてきっと、王子を救い出せるだろう。どうか、お前のその不思議な力を貸してくれないか」

 男は、少しだけ考えるようなそぶりを見せました。それから、静かに答えました。

「いいでしょう。王さまのためならば」

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