記憶を食べる男

陽鳥

第1話


昔むかし、あるところに、深い森に囲まれた小さな国の王さまがおりました。

王さまは、王さまのおじいさまのおじいさまのおじいさまの代から森の向こうの国と戦争を続けていました。

 ある日のこと、いつものように兵士たちからの報告を聞いた王さまは、ううむと一声うなってから考えました。

「いつまで経っても森の向こうの国に勝つことはできないし、負けることもないようだ。このまま戦争を続けるわけにはいかぬ。森の向こうの国の王さまに、和平のための手紙を出してみよう」

 王さまは大臣たちを集めて、三日三晩かけて和平のための手紙を書きあげました。四日目の朝、兵士たちの中で一番足の速いピーターが、その手紙を持って森の向こうへと向かいました。

 ピーターは兵士とわからないように、行商人の格好をして森を進んでいきました。数日すると、ピーターは帰ってきましたが、不思議なことに手紙は握りしめたまま、森の向こうの国の王さまに届けるという役目はすっかり忘れているのです。

 王さまはかんかんになってピーターから手紙をむしり取ると、彼を地下牢に入れてしまいました。新しい手紙を二番目に足の速い兵士に渡しました。しかし、その兵士も同じように役目をすっかり忘れて帰ってきたのです。その次も、その次も同じでした。地下牢が兵士たちでいっぱいになったころ、王さまは最後の兵士に手紙を渡し、気づかれないように彼を付けていって様子を調べてくるよう、ピーターに命じました。

久しぶりに牢屋の外へ出てきたピーターは、木こりの格好をして兵士の後についていきました。森は深く、何日か歩くと、彼もピーターは自分がどこへ向かっているのかもわからなくなってしまいました。途方に暮れて、ピーターは小さくつぶやきました。

「こんな仕事、いったいどうすればいいっていうんだろう。おや、向こうに小屋の明かりが見える。あの兵士、あそこに入っていくぞ。そういえばぼくが森へ向かったとき、あんな小屋に立ち寄ったような気がするな」

 どうやら兵士も、小屋の主人に温かい食事でも恵んでもらえないかと考えたようでした。ピーターもお腹がすいて仕方ありませんでしたが、じっと我慢して小屋の様子を見守っていました。

 兵士を出迎えたのは、マントを着た男でした。ピーターの目にはなんだか怪しく見えましたが、兵士はほっとした表情になって、小屋の中へと消えていきました。

「くそう、ぼくもおいしいごはんが食べたい。しかしあの男がなにか秘密を持っているかもしれないな」

 その夜、うつらうつらしていたピーターは、小屋の様子がおかしいことに気づきました。暗い部屋の中、ろうそくとは違う明かりが、ゆらゆらと揺れています。眠い目をこすりながら、彼は小屋へと近づきました。

 小屋の中では、暖かそうな布団で兵士がいびきをかいて寝ています。その枕元から、白とも虹色ともつかない煙のような光が、ゆらゆらと立ち昇っているのです。それは小屋の主の男の口元へ、少しずつ吸い込まれていきました。

 ピーターは、思わずランプの灯を持って小屋の中へ飛び込みました。突然、明かりと剣を持った乱入者に男は驚いたようでしたが、静かに微笑み、ピーターに向かって話し始めました。


……。

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