Lv.1

第1話 混乱の先で

 

 

 一人の男が光る剣を振り回し、襲いかかる機械の群れを、残骸へと変えている。

 青い髪を短く刈り上げて、白地に青の装飾がされた制服らしき物を着た、優男系のイケメンだ。

 身に着けた服は、警察か、それとも軍隊のものだろうか。形状としては、西洋の貴族が馬に乗る時に着てそうなコートだ。


 そんな騎士的な服装のイケメンには、変わった点が見て取れた。

 髪が青かったり、光る剣を振り回したりしているのも十分に変わっているが、何より変わっているのは、その耳が細長く尖っている事だろう。

 いわゆる一つの、エルフ耳ってヤツだ。

 つまり、イケメンエルフ騎士が、光る剣で以て、戦闘用らしき機械達をバッタバッタと切り捨てている、と。


 ……どうしよう。全く意味がわからないんだけど。

 ここは落ち着いて、今までの事を順番に振り返ってみよう。うん、そうしよう。




 死を覚悟して意識を手放した俺は、そのまま永眠せずに、目を覚ました。

 何も感じられない、なんて事も無く、だ。


 この時点で既に混乱していたのだが、それに拍車を掛けたのが、俺の耳に聞こえて来た、聞いた事の無い言語での、男達が言い争う声だった。

 この聞こえて来た言い争いは、確かに一度も聞いた事の無い未知の原語なのだが、何故だか話している意味が解ってしまうのだ。

 例えるなら、外国映画の字幕の代わりに、意味が頭に直接浮かぶ。とでも言えばいいだろうか。

 上手く言葉にできないが、何とも不思議な感覚なのだ。


 そうして、目覚めて早々、立て続けて理解し難い事が起こり。自力での理解をすみやかに放棄した俺は、解決の糸口を外からの情報――つまり、聞こえて来る会話の中に求めた。


 声は、前方のやや下の方から聞こえて来た。そちらへ目を向けると、十mほど離れた場所に、周りを数十台の機械に守られるようにして白い服を着た男が一人、こちらに背を向けて立っていた。

 そして、その白い服の男の前方数メートル先に、間に機械の群れを挟み、白地に青い装飾がされた服を着た男が、大きく口を開けた、大型トラックが出入りできそうな入口を背にして、対峙していた。

 この二人が、言い合いをしている男達だった。


 俺が目覚めたのが、言い合いの途中からなので、全ての会話を聞き取れた訳でも無く。加えて、謎翻訳のお陰で言語は理解出来ても、いくつかの固有名詞などは、意味までは理解できななかった。

 それでも、二人の会話から判った事は多かったが。


 白い服の男は、重犯罪を犯した極悪人、らしい。

 後ろ姿しか見えないが、灰色のボサボサ髪や、その他の言動からして、いかにもな悪人だ。


 もう一人の男――白地に青い装飾の服の男が、それを捕まえに来た下っ端、らしい。

 遠目ながら何故かはっきり見える人相的には、下っ端と言うより、期待の大型新人てな顔かも。きっと、鳴り物入りで国家規模のエリート機関とかに入り、そこで異例の出世とかしちゃってるんだろう。そんな自信に満ちた顔してる。下っ端っ呼んでるのは、犯罪者らしいあの男の嫌味だろう、良く解るぞその気持ち。

 正直、苦手なタイプだ。見てるだけで色々とコンプレックスが刺激されるから、なんて、我が事ながら卑屈な理由で。


 そんな二人が、どうして今ここで争っているかと言えば。

 イケメン達が仲間を引き連れ、この施設に踏み込んで来た。

 しかし白い服の男は、素直に捕まるなんて事も無く抵抗し、迎撃用の機械達をけしかけながら、この部屋へと逃げ込んで来た。

 ところがこの部屋、出入口はイケメンの背後の一箇所しか無い。

 なのでイケメンが、「さぁ、これでもう袋の鼠だ。観念しろ」的な事を言って投降を迫るも、犯罪者らしい男は諦めずに「ふははっ、観念するのはお前の方だ!」と実に悪人然としたセリフを吐いてを戦闘続行。

 そうして現在、犯罪者らしい男を守るガードロボに対して、『イケメンエルフ騎士(仮)無双、なう』状態となっている。


 ふむ。なるほど。

 こうして振り返ったことで、だいたい解った。細かい事はさっぱりだが。


 纏めると、若き英雄と悪人の、最終決戦。てな場面なのだろう。

 絵面的には、ファンタジーなんだかSFなんだか判らない事になっていが、おおむね王道なパターンである。


 そして、そんな場面を、何故に俺は宙に浮いて観覧しているのかって疑問の答えは、さっぱり判らん。

 予想としては、俺は死んだ後に幽霊となって、何らかの原因でここに居る、ヒントはあの二人。ってとこだろうか。

 つまり、引き続き彼らを観察する必要がある、と。


 ふむ。では、文字道理の高みの見物といこうか。

 天井全体が明るい光を発していて、光量に問題は無し。

 宙に浮いてるから、視界も良好だ。

 あとは、飲み物とゆったり座れるソファーでもあれば最高なんだが、それはさすがに高望みってものだろう。


 気分も新たに、眼下の戦闘風景へと意識を向けると、少しして、状況に変化があった。

 それまでガードロボを囮にしてじりじりと後退していた犯罪者らしい男が、白い服を翻したかと思うと、こちらへと走り出したのだ。

 一方、イケメンエルフ騎士(仮)は、数体の他よりも強力なガードロボに阻まれ、直ぐには追い付けそうに無い。


 さて、この犯罪者らしい男は、何をする気なのやら。

 今の俺の素直な気持ちとしては、この男に頑張ってもらいたい。


 振り返った容貌をよく見れば、この犯罪者らしい男。着ている白い服には、金糸で細かな刺繍がされていて豪華そうではあるが、何というか、非常に草臥くたびれているのだ。

 灰色の髪はボサボサで、せっかくのいい服もしわくちゃでヨレヨレ。青白い顔には、濃いくまと無精髭。

 あれらは、過酷な環境で仕事を続けてきた者の証だ。

 今でこそ、こうしてぼんやりと宙に浮いて居る俺だが、ついさっきまでは彼と同じ境遇だったのだ。その辛さは、骨身にしみて理解している。

 そんな同じ辛さを知る同士が、追い詰められている。ならば応援せねばなるまいよ!

 どうせ犯した罪ってのも、上司の指示でさせられてた仕事の結果なんじゃないのか?

 つまり真の悪人は、彼の上司って事だな。彼自身は、なかば被害者だと言っても、過言では無いだろう。

 うん。そうに違いない。ただの勘だけど。


 犯罪者らしい男への心象を新たにしている間に、その当人はバタバタと無様な快走を続け、俺の近く――円環状に床へ設置されていた装置に取り付くと、何やら操作をし始めたようだ。


 何故か俺の直下を中心にして、半径数メートルを囲む形で床に設置されている、高さ一メートル半程のあの謎装置。もしかして、犯罪者らしい男の切り札的な何か、なのか?

 例えば、そうだな。邪神を呼んじゃうとか、そんな感じの。

 うん。実にありそうだ。流石は、若き英雄っぽいイケメンエルフに追い詰められているだけはあるな。


 でもそうなると、邪神VSイケメンエルフ騎士(仮)、って事になるのか……。

 大丈夫か? あんな、いかにも正義ですってなイケメンエルフと戦わせて、大丈夫なのか?

 アイツ、金属製のロボをナマス切りにして、スクラップを量産できる位に強いけど、邪悪なものを呼び出しちゃったりしたら、アイツの英雄譚の一ページにされちゃわないか?


 うーむ。決着の行方は、呼び出される邪神しだい、か?

 ほら、邪神と一口に言っても、ピンキリだろうし。中には邪神(笑)みたいなのも居そうだし?

 ただ、邪神と言えば、やっぱり、アレだろう。海底な神殿で崇められてて、触手うねうねなアレ。いあいあ。


 ……ん? おい、ちょっと待て。ちょっと待てよ?

 いあいあうねうねが、呼び出されるとして、その場所って――。


その時、俺の思考を遮るように、犯罪者らしい男の歓喜の声が響き渡った。


「……ふひッ、ふヒヒヒッ――フヒーッヒッヒッヒィッ!!」


 気持ち悪い三段笑いを披露した後、犯罪者らしい男の、勝利を確信して愉悦に満ちたこれまた気持ちの悪い顔がを向いた。


 ダメだ、勤労同志だと思っていても、あの笑い顔は気持ちが悪いや……。

 って、違うよ、そうだよ。どっちだよ!

 ああ、もう! 落ち着け、あの男がこっちを向いたって事は、やっぱりここに邪神が出て来るんだよ!

 相手は邪神(予定)だ。幽霊的な今の俺でも、うねうねに絡め取られかねない。今の内に、邪魔にならないように退いとこう。

 あのイケメンエルフの後ろが良いだろうな。いざとなったら、アイツを盾に――いぃっ!?


 この後に展開されるだろう惨劇を回避すべく、ポジションを変えようとしたが、それは不測の事態によって叶わなかった。

 それまで宙に浮いていた身体が、前触れも無く、支えを失ったかのようにのだ。


「――――ッ!!」


 日本の民家の二階に相当しそうな高さからの、不意な垂直落下に、俺は身をこわばらせ、言葉にならない悲鳴を上げ。

 床へと着地しのは、どうにか下へ目を向けて、落下地点を確認したのと、同時だった。


 足尖つまさきから接地し。踵、膝、股関節と腰、と曲げて落下の衝撃を吸収して、最後に両手を着く事で、着地は無事に成功した。


「…………」


 着地は成功したが、いきなり二階相当の高さから落とされた事による精神的衝撃は、中々に大きく。

 股の間が、着地した今もひゅんとしている気がして、しばらく身動きが取れなかった。


 え? おちた? なんで? じゃしんは? うごこうとしたから? どうして? だれかがおとした? じったいがあるのか? ゆうれいなのに?


 様々な疑問が一気に湧き出て頭の中を駆け巡る。そんな思考がいっこうに纏まらない脳に、手足に感じる、金属にも似た床の冷たさが伝わった頃。

 その声が、俺の耳に届いた。


「何をしているッ! さっさと侵入者を殺せッ!」


 それが、俺に向けた言葉だとは、初めは思っていなかった。


「おい! 聴いているのか! この愚図がッ!」


 うるさい。わめき声がわずらわしくて、思考が纏まりやしない。

 邪魔するのは、誰だ?


 苛立ちながら、顔を上げれば。

 目の前に垂れ下がる、赤みがかった白い髪の向こうで。

 犯罪者らしいあの男が、真っ赤な顔で、怒鳴っているのが、見えた。


 なんだ? アイツは何をしている?

 邪神を呼ぶんじゃないのか? いや、もう呼んだのか。

 どこに……?


 男の血走った目は……俺を、見てる?


「やっと動き出したか。ほらさっさとしろ! 至高なる頭脳を持つこの私が、わざわざ異界から呼び寄せて究極の力を与えてやったんだ! あんな下等種さっさと捻り潰して見せろッ!」


 後ろ――おそらくイケメンが居るであろう方を指差しながら、男は、そうんな言葉を、怒鳴り声で続けた。


 ……なるほど。

 あの男が、俺に何かを、したのか。何かをして、追っ手をどうにかできる様な何かに、俺をしたのか。


 ふむ。なるほど、な。

 確かに、見れば俺の身体、だいぶ様変わりしてるじゃないか。

 過労でやつれてはいたが、それでもそれなりに鍛えられた、成人男性の肉体だったんだ。

 それが今はどうだ。十代前半位の、華奢な身体になってやがる。しかも肉の付き方なんて、まるで女の子みたいだぞ? 幸いなのか、ぞうさんは付いてる。……可愛らしいのが、一応は。


 それで?

  あの犯罪者男が?

 俺を、こんなの所に拉致した挙げ句に。

 俺の身体を、ありがたくも? こんなんに、してくれた、と。

 ああ、そうだった。究極の力とやらを、畏れ多くもお授け下さった、とか言ってたっけな。


 うん。そうか……。

 なるほど。


 でもって、そんな犯罪者様が、卑しくも力をたまわったこの俺に、ご下命くださりやがってる、ってか?


 ふぅん。なるほどな。そうかそうか。

 よぉし。よおぉくわかった。うん。俺、理解した。


 そういう事なら――ヤらなきゃならんだろうがッ。


 俺は、決意と共に、立ち上がった。

 それを見た犯罪者の顔が、醜い笑みを浮かべる。


「そうだ、いいぞぉ! さあ! 殺れ! 殺ってしまえッ! フヒヒヒヒヒッ」

 

 犯罪者が何か言ってるが、気にせず身体の具合を確かめる。

 手を握り、開き、握り。

 膝を曲げ、伸ばし。

 その場で軽く跳ねてみる。

 よし。こんな見てくれでも、大きな瑕疵かしは無さそうだ。

 それに、長年にわたって蓄積していた疲労なんて、まるで感じやしない。

 強いて言えば、やたらと調子が良過ぎるのが、問題と言えば問題、か?

 あと、髪が長くて邪魔だ。腰より長いんだが、どうしてこうなってるんだ? って、この程度の変化は今更か。他にもツッコミどころが満載だし。

 色々と不安はあるが……まあ、何とかなるだろう。


 気持ちを切り替えて、前を見据える。

 そして膝をたわめ、右足の指で床を掴んて、蹴り出した。


「――うぉ!?」


 軽く走り出したつもりだったが、想像以上の急加速にやや驚いて、声が出た。

 ……妙に声が高い気がするんだが。……今は置いておこう。


 円環装置まで五メートル近く離れていたのに、一歩目でその半分以上を進んでしまった。

 しかし二歩目の左足では、慌てず騒がず加減を修整。適切な強さで、踏み切る。


 目標は、円環装置の向こう。間抜けヅラを晒しているあの犯罪者の男を目掛け――床を蹴った。


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