第4話 古い記録

「そっちは何か収穫あった?」


 夕方、帰宅した副部長が世間話の話題の提示とでもいうように問いかけた。

 詳しい話はあとでするだろうから本当にちょっとした話題だったのだろう。

 夕飯を作っている部長と京子を差し置いて話の展開を進めることはできない。


「なかった、という方が正しいですね。警察が入ったことがあったのは事実みたいですけど」

「そうなんだ。図書館は古新聞の中にその辺りの記事だけやけにページが少なかったんだ。何か知られたくないことを隠しているみたいにね。警察が入った記録なんてのも置いてなかったよ」


 知られたくないこと。けれど、警察が入ったということは村の人間は知っているはずだ。その時村にいなかった人の目に届けたくなかった、とでもいうのだろうか。


「飯出来たぞ! 運べ!」


 部長の声で思考が途切れる。台所に行くと、朝と同じく美味しそうな料理が用意されていた。それぞれ自分の分を居間に運び、腰を下ろす。

 朝と同じように部長の掛け声で食事が始まった。色とりどりのサラダ、外はカリッと中はフワッと揚がったキツネ色の唐揚げ、色が変わるまでダシの染み込んだぶり大根。どれも艶々の白米によく合う。

 すべてを忘れて美味しい料理を次々と口へ運んだ。




「で、そっちはどうだったんだ?」


 昨日と同じく片付けと風呂を済ませて居間に集まる。


「神隠しについては何も。二年前、確かに警察は入ったらしいです」

「そうか。図書館の方に一切資料が残ってなかったから話も聞けないかと思ったが、そうでもなかったんだな。てっきり村全体で隠蔽でもしてるのかと思ってたんだが」

「隠蔽?」


 そんな言い方だと、まるで村人たちがその事件をなかったことにしたいようだ。

 警察が解決出来なかったようなことをなかったことにしたいのか。それとも、警察が解決出来なかったからこそなかったことにしたいのか。


「神隠しにしても、何か事件だったにしても、確かに女子中学生がいなくなったんだろう。なんせその時期の資料だけがないってことが逆に不自然だからね。何も無かったならあるはずの新聞なんかがないんだ。何かありましたって言ってるようなものでしょ」

「だからな、警察が入ったその時のことをなかったことにしたかった、もしくは、誰か知ってはいけないやつがいるのかと考えたんだ」

「じゃあ、村の中に知って欲しくない人がいるんじゃないんですか?」

「村に警察が来てたんですよ? 私みたいに長期間村を出ていないと気づかないなんて」


 不可能だろう。おそらく、警察にさえ気づかなかったら隠し通せる。実際私はこんなことが起こったなんて知らなかったのだから。

 しかし、被害者がいなくなったことに気づかないような遠い人物に隠す必要があるのだろうか。私がいなくなったことに気づかなかったのだ。村の人物では無いかもしれない。

 ならば、なぜ村の図書館から資料が消えるのか。


「彩雅? 大丈夫か?」


 急に名前を呼ばれた声にハッと意識が目の前に戻る。


「あっ、はい」

「なんか心ここにあらずって感じだったけど」


 どうしたの、と隣に座る京子が顔を覗き込んでくる。


「ううん。なんでもない。大丈夫だから」


 顔を上げた先の副部長が真剣な表情でまっすぐ見ていることを不思議に思ったが、部長の声で副部長から目をそらし、そちらを向いた。


「話続けるぞ。オレらが見つけたのはそっちよりもむしろ、神隠しの方だ。百三十年前、この村で神隠しが起こったらしい。古い書物が一冊だけ見つかった。五歳から七歳の子どもが十人いなくなったと。この小さい村だから痛手だっただろうな」


 部長が本を借りる代わりに書き留めてきたのだろうノートを開く。


「子どもが山に遊びに行ったきり帰ってこなかったと書いてあったけど、時代が時代だ。人攫いかなんかだろうね」

「場所はどこなんですか?」

「彩雅。みくらやま、で合ってるか」


 部長の見せたノートに丁寧な字で書かれた文字。

 『三昏山』

 確かにそれは四方を囲む山の一つの名称であった。


「合ってます。三昏山。通称西の山。そこ。一番家に近い山です」



 三昏山の神隠し。

 その話を知っている気がする。

 図書館の奥の棚に眠っていた古い書物。紐で綴じられた深い緑の表紙。和紙に筆で書かれた記録書。

 私はそれを知っている。誰かと共に見た。私の隣にいたのは――





「やっと見つけた。本当に神隠しはあったんだよ! 私たちが生まれるずっとずっと前だけど、この村で起こってるの!」


 あなたは誰。顔を見せて。私の少し上にあるその顔を。

 逆光が眩しい。暗い室内では見えない。





「うぁッ!」


 襲いくる激しい頭痛。壊れる。潰される。痛い。痛い。苦しい。

 襲いかかる痛みから逃げるその場で悶えた。

 声も出せないその痛みを逃そうと必死だ。

 自分の頭が内側から潰されるその恐怖は計り知れない。

 もういっそのこと誰かすぐに壊してほしい。

 本気でそう望むような痛み。



 早く早く解放して――

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