第2話 田舎町
そして、当日。宿泊の用意をして、駅に集まっている。
「よし。全員揃ったな」
部長の言葉に、参加メンバーがこれで全員であることを確認するが、抜けてはいけない人が一人いない。
「部長。顧問は来ないんですか?」
「来たがってたんだけどさ、葬式が入ったとかで来られなくなったんだと。生徒だけじゃ行かせられないけど、どうしようもないから問題起こしてくれるなよって昨日メール入ってた」
顧問は生粋のオカルト好きだった。自身も学生時代に友人と都市伝説を求めて飛び回ったらしく、いつも嬉々として合宿に引率参加している。項垂れる姿が目に浮かび、笑いがこぼれる。
「彩雅さんの家は大丈夫なの?」
副部長のその言葉に意識を目の前に戻す。
「あっ、はい。大丈夫です。一応。祖父は骨折したらしく入院していて、祖母は老人会で旅行に行ってますから誰もいないんですけどね」
「それ、借りて大丈夫なのか?」
部長が驚いたように聞いてくる。誰もいないほうが都合がいい気がするが、やはり身の回りのなんやかんやは面倒だろうか。
「大丈夫ですよ。食事も風呂も掃除も自分でしなきゃいけませんけど、それでよければ」
「それぐらい平気だけど……」
では、何が問題があるというのだろうか。思わず首を傾げた。
「彩雅さんがいいって言ってるんだから甘えようよ。他人の家を勝手に触るのが忍びないのもわかるけどさ」
「あっ、なんだ。そんなこと気にしてたんですか? 大丈夫です。田舎なんて隣人の家に勝手に入るような世界ですから」
「それはそれでどうなんだ……? いや、気にしても仕方ないか。じゃあ、よろしく、彩雅」
「もう電車来ますよー! そんなことは着いてから相談しましょー!」
千奈の声で慌ててホームに向かった。これを乗り逃すと村に行くバスに乗り遅れるので、乗り逃すわけには行かなかった。
あいにく一日に三本しかないバスなのだ。二本目に乗るつもりだとはいえ、その後何時間待たなければいけないことか。
無事に電車に乗り、少し混んでいる車内で揺られること一時間半。その後乗り換えて二時間。さらに乗り換えて三時間。最後にバスで一時間。ようやく目的地に到着した。着いたのは陽が傾きかけた頃だった。
「なんとか日が暮れる前について良かったです。暗くなった田舎なんて危険ですからね。もうすぐ村唯一の店も閉まっちゃいますし、先に食料の調達に行きたいんですけど、誰か料理できます?」
「大丈夫だよ。陵の料理は結構美味しいから」
「まぁ、それぐらいやるけど……」
「ありがとうございます。じゃあ、ちゃっちゃと買い物して暗くなる前に行きましょうか」
コンビニよりもずっと品揃えの悪い小さな商店で買い物をする。ちなみに閉店時間は六時だ。買ったものと店を一人で切り盛りする顔馴染みのおばちゃんが付けてくれたおまけを抱えて店を出るとすぐに店は閉まった。
「……本当に閉店早いのね……」
京子の思わずといった感じでこぼれた言葉に笑って返す。
「田舎なんてどこもこんな感じだよ。六時になったら子どもも大人もみんな家に帰るの。七時になったら出稼ぎに出てるお父さんたちが帰ってきて晩御飯。九時になったら真っ暗よ」
興味深そうな相槌が私以外の全員から発せられる。やはり田舎は別世界だとさらに笑いがこみ上げてくる。
「だから、もう帰る時間なんで私たちも帰りますよ」
家に着くと、居間から灯りが漏れていた。家には誰もいないはずだから、村の誰かだろう。
「家には誰もいないんじゃなかったのか?」
「はい。そのはずですよ」
訝しげに聞いてきた部長にけろりと返して、祖母から預かった鍵で玄関の鍵を回す。鍵はしっかりとかかっていたようでカチャリと音を立て、日本家屋らしい横引きの扉はガラガラと大きな音とともに開いた。
「ただいま」
玄関には祖母の使うスリッパしかない。予想通りだ。おじゃましますという声を後ろに聞きながら入ってすぐの廊下の右手、居間の障子を開けると、一人の人物が寝転んでテレビを見ていた。
「おう。おかえり。久しぶりだな。遅かったじゃん」
その人物が体を起こし、あぐらをかいて見上げてくる。やはり村人。私のよく見知った人物だった。
「颯馬。どうしたの?」
武谷颯馬。代々続く警察に指導するほどの柔道の名門、武谷流の後継者である。才能はあるのに真面目に稽古をしなかった。というか、めんどくさいと大会であえて初戦負けしていた問題児だ。
「お前が帰ってくるならこれ持っていけ、ってお袋が。」
そう言って差し出したのは大きなタッパーに入った肉じゃがだった。
「由美子さんの肉じゃが!? やったぁ!!」
「結構人数いるじゃん。多いかと思ったけど、大丈夫そうだな」
颯馬の母、由美子さんは料理上手である。その中でも肉じゃがは特に絶品だ。
「あの……その人は?」
後ろで固まっていた部員たちの中で一番早く復活した副部長が尋ねてきた。そういえば、これくらい日常だった私とこの人たちとは違う世界で生きてきているのだったと思い出す。
「私の昔の友人、武谷颯馬です。で、この人たちが私の高校の部活仲間。このお二人は先輩ね」
「どうも、武谷颯馬っす」
「三年副部長の信楽裕樹です。よろしく」
「さ、三年部長の小鳥遊陵冴です」
「二年、橘京子」
状況を飲み込めたのか、いつも通りサラッと応える副部長に、戸惑う部長、なんとか名前だけ絞り出した京子と三者三葉だ。千奈はまだ戻ってないのか反応がない。
「あれが櫻宮千奈。同じく二年だよ。居間開けて颯馬が居たから完全に固まっちゃってるよ」
「仕方ねぇよ。他人が上がり込んでるなんてありえねぇとこで暮らしてきてるんだし。じゃ、俺帰るわ。稽古で疲れて腹減ってんのに晩飯抜きとか言われたらたまったもんじゃねぇからな」
「もう帰るの? というか、最近真面目に稽古してるんだ。変わったねー」
稽古なんてまともに出たことなかったはずだ。よく道場から逃げ出して叱られていた。そう言われてみれば、昔よりもずっと筋肉が付いているように見える。
「うっせぇよ。俺がどうしようが勝手だろ。なんか文句あんのか?」
「べっつにー。あっ、由美子さんによろしくね。タッパーはまた返しに伺います」
「はいよ。じゃあな」
目的を果たした颯馬が部屋から出る。向かった方向からしておそらく勝手口の鍵が開いていたのだろうと考え、後ろでまだ固まっている面々に意識を向けた。
「これだけあれば足りそうなんで、晩御飯は肉じゃがにしましょうか」
「えっと……あれが普通なのか……?」
「えっ? あぁ。はい。普通ですよ。多分、勝手口からでしょう。いつも閉めてませんし、そのまま旅行に行ったんでしょうね」
「なんか……すごいな」
言葉も出ないといった様子の部長に笑いがこみ上げる。確かに初めて見る人には強烈な光景だったのだろう。
物心ついた時から普通に誰かしらが出入りしていた田舎の娘としては当たり前の光景なのだが。
「そうですよね。私はこんな所で育ってますから少し前までこれが普通なんだと思ってましたけど」
「みぃちゃん! 危ないよ! 変な人が入ったらどうするの!?」
ようやく回復した千奈が抱きついて尋ねてくる。かわいい。
「大丈夫だよ。周りに人がいるからないない。村人以外がいる時点で目立って悪さなんて出来ないよ。住民全員が顔見知りって世界なんだから」
高校の一学年の方がずっと人数が多い。何年も一緒にいるのだから覚えないわけがない。
千奈の頭を撫でてから腕を解く。
全員に座っているよう促し、肉じゃがを持って台所に行き、用意をする。数分後、温め直した肉じゃがと冷蔵庫の中にあった作りおきの物を数品用意して居間に戻ると、普通に談笑していたから数日間ここで暮らしても大丈夫そうだと笑みがこぼれる。
できましたよ、とテーブルに料理を並べると口々に美味しそうだと返ってきた。
つけっぱなしだったテレビを見ながら食事を終えた後、風呂の用意をする間に男女に分けてそれぞれの部屋を案内する。来客用の布団四組と、二階の自室から持って降りてきた自分の布団とをそれぞれの客間に敷く。そのあと順番に風呂を終え、居間で明日の予定の確認に入っていた。
「檜の風呂とか初めて見た。いい匂いだね。すごくキレイだし」
「古い家だから。祖母が綺麗好きで、一年に一回業者の人に来てもらって掃除してるの」
「田舎か……いいな」
しみじみと呟いた部長に副部長がすぐさま言葉を挟む。
「やめときなよ。陵には絶対無理」
「はぁ!? 何でだよ!」
「だって妖とか多いし。害はなさそうだけど」
部長はいわゆる引き寄せ体質で、昔からよく瘴気にやられて身体を壊していたらしい。今は力のある霊媒師が作った御守りを肌身離さず持つことで普通に生活出来ているのだという。
「えー!! どんな感じなんですかー?」
霊感は全くないがホラー好きの千奈が副部長に興味津々といった風に尋ねる。
副部長は霊感が強く、常にヒトならざるものが見えるのが当たり前という程だ。見える聞こえる触れる祓えるのハイスペックらしいが、私は霊感がないからよく分からない。
「うーん……家の中では小さいの数匹しかいなかったけど、外では結構頻繁に見かけたよ。都会に行くほど幽霊が増えて、田舎に行くほど妖が増えるって面白いね」
「京ちゃんは頭痛くないの?」
京子も副部長程じゃないが霊感がある。周りに幽霊がいると頭痛などちょっとした身体的症状が出る。実際に今まで訪れたスポットで時々痛そうに頭を押さえていることがあった。
「うん。妖だからかな。幽霊ほど悪意がないんだと思う」
「へぇ。京子の霊感は悪意に反応するんだ」
「多分ね。実際今ほとんど感じないから」
「霊感にも色々あるんだねぇ」
「さて、明日の日程確認しようか。部長」
これでその話はおしまいとでも言うかのように副部長は部長に話を振る。
もちろん部長もそれを受け取って話を戻す。
「明日は情報収集をしようと思う。とはいってもいきなりこんなこと聞くのもなんだし、図書館でなんか昔の書物とかないかなって思ってるんだけど」
「あるんじゃないですか? あとは神社に聞きに行くとか」
「なら、二手に分かれるか。彩雅は神社の方頼む」
「わかりました」
「じゃあじゃあ、二年生で神社の方行きます! 先輩たちは図書館で探してください!」
「そうだな。図書館までの地図を頼む」
簡単に道順をメモする。そんなに分かりづらい場所にあるわけでもないから大丈夫だろう。
「図書館でわからないことがあれば司書さんに聞いてください。電子機器取り入れてないんで検索とか出来ないですから」
「了解」
本屋に行くにも車で四十分かかるこの村の村人たちの善意で出来た公立図書館とは似つかない、図書館と言うよりも資料館という方が相応しい施設だ。
村の神隠しの一個や二個見つかるだろう。
少なくとも警察が入ったのが事実かはわかるはずだ。これで出てこなかったら完全に作り話となるだろう。
「なにか収穫があるといいですね」
「まぁ、なんかあるだろ。なければそれまでってことだな」
「せんぱーい。千奈がもう眠そうだからいいですか? あたしも眠いし」
「眠くないですよぉ……」
舌っ足らずな声で言う千奈に微笑ましいと笑みがこぼれる。
「そうだな。もう寝るか」
「明日も色々やらなきゃいけないからね」
先輩方と廊下で挨拶を交わしてそれぞれの客間へ入る。私たちは千奈を真ん中にして川の字になる。布団に入るとすぐに聞こえてきた千奈の寝息に京子と顔を見合わせて笑ったあと、おやすみを告げて眠りについた。
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