名月

ー名月ー


 時は過ぎて日中以外は、冷房がいらない季節に差し掛かっていた。

 鉄鋼所の二階の窓から、大きな月の光が挿し込む。美智は今宵もこの場所にいた。休日前の仕事帰りに、二人で夜を過ごす。もう、何度目の夜になるだろう。

「お前は最高だよ。美智」

 白い裸体に貪り付きながら、誠は囁いていた。幾度と無く聴く、その言葉と、既に慣れた指先は、美智の身体を突き動かしていく。

「誠……イカせて」誠の指と舌で、美智は激しく仰け反り、誠の上で、激しく身体を動かし、変貌していく。喘ぎ声が部屋中に響き渡る中、月光を浴びながら、自らの存在を確認をしていた。まるで娼婦の様に淫らで、妖艶な美しさだった。

「誠。知ってる? 月は魔物を呼び覚ます、光を放っているらしいよ」美智が果てた後に、誠にしがみつき声を掛けた。誠は無言で美智の頭を撫でると、再び二人は重なり合い。快楽の世界へと突き進んでいった。


 誠の身体は美智の身体の感触を、鮮明に覚えているのを、幸せに感じていた。やはり美智という天女は、儚げで美しかった。幾度となく身体を合わせる度に、その思いは増加していった。しかし、昨晩の美智は別人だった。誠の上に乗り、淫らに動く様は、正に妖女と云う言葉が当てはまる。誠は、月光を浴びる妖女から、魂が吸い取られていくのを、留める事なんて出来なかった。

「誠 最近、女が出来たらしいな」

「あっ。はい。一応」

「お盛んなのはいいが 、ちゃんと紹介しろよ 」

 誠が今月分の家賃を支払い時の会話。社長はいいと言うが、誠の気が収まらないので、雀の涙程度の家賃を収めていた。

「お前も早くこの部屋から卒業しろよ」 

 社長の温情ある言葉を聴き。誠は頭をさげて事務所から出て行った。


 誠は常に、社長に頭が上がらない。三年前。ここに来た時はいわゆる、身ひとつ状態だった。どこへ行っても断られた。刑務所にいた。というだけで、差別を受けた。誠は覚悟はしていたけれど、応えた。何回目の面接だろう。社長が誠の眼差しを見た後、

「工場内はお前の様な訳在りのヤツばかりだ。ただし給料安いぞ」と言いながら雇ってくれた。社長が昔、二階を住いにしていたスペースまで提供してくれた。

「夜の工場内の管理をしてくれ。風呂はシャワーだけだぞ。浸かりたかったら銭湯にいけ」と言いながら。


 誠は、今は未熟だけど、社長に恩返しをしたい。いつもそう思いながら暮らしてきた。

「誠は律儀だよな、俺も昔に住まわして貰ってたけどな、家賃なんて。まぁ、女は連れ込んでなかったが」と、五年上の仕事仲間が少し厭味を含めて話した。誠はその言葉に特に反応せずに、仕事に戻った。

 二つ上の美智を紹介したら、社長は祝福してくれる筈だ。しかし誠にはそれは出来なかった。誠は美智と何度も身体を合わせていても、心は遠い場所にあるのを理解していたから。

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