エピローグ 1 生きていれば




 ――あの闘いから、数日の時が流れた。

 俺とアニ、イム、そして孤児院のみんなは、ある墓の前で祈りを捧げていた。

 墓石には『ユキ――ここに眠る』と、刻まれている。ここはルインの街の一角にある共同墓地だ。晴天の日。されども、そこに人気はなかった。


 あの日――この街を支配していたギルドが壊滅した。

 その理由は一般に知れてはいないが、アニがリベドを倒した、という噂が広まっているようである。そのことによって、街の人々もアニに対して向ける目も変わり、彼女に感謝を述べるようにさえなっていた。

 それ自体は良いことなのだが、どうにも俺には腑に落ちない部分もあった。何せ、あまりにも突然な手のひら返しだからだ。釈然とできるわけがない。

 だけど、それを言うとアニは微笑みながら――


『――良いんだ。きっとこれも、ユキの残してくれたモノだから』


 そう、優しく返してくるのだった。

 ユキはアニだけではなく、間違いなくこの街の人々を救ったのだろう。それを否定したくはないし、みんながユキのことを覚えてくれている未来が、彼女にとっては嬉しいことだったのかもしれない。――だから、これでいいのだ、と。


 俺は隣で手を組んで、祈りを捧げるアニを見る。

 するとこちらの視線に気づいたのか、彼女は柔らかな微笑みを浮かべ――


「――どうした? 私の顔に、何か付いているか?」


 そう、訊いてきた。

 彼女の笑みには、やはり姉弟だからだろう、ユキの面影がある。元より美しかったその顔立ち、そこに慈愛に満ちた笑顔を浮かべられたら、言葉もでなくなる。

 あまりにも、綺麗だった。あぁ、やっぱり姉弟なのだ。


「……ううん。いや、何でもないよ」


 俺はそれを表現しようとして、やめる。

 何故だろうか。それを口にするのは、場違いであるように思えたのだった。


「さて! みんな、帰ろう。今日の晩御飯は少し豪華だよ!」


 そんなことを考えていると、である。

 アニがどこか気風の良いお母さんのような口調で、そう号令をかけた。そうするとみんなが「はーい!」と、素直に従う。よし、それなら俺もそろそろ行くとしよう。


 いつまでも、ここにいるわけにはいかないのだから――。


「……行くのか?」

「――って、アニ!? 気付いてたのか?」


 と、そこで不意に立ち止まったアニに声をかけられた。

 子供たちはマーサの先導で先に行ってしまっている。が、彼女だけはこの場に留まり、俺のことを見つめていたのであった。


「この私が気付かないと思ったか? 気配が希薄になっていることなど、簡単に分かるさ――しかし、子供たちには声をかけていかないのか」


 アニは言うと、何故かぐっと顔を近付けてくる。

 不満そうに頬を膨らしながら。


「あ、あぁ……今じゃないと、余計に別れが辛くなるからな」


 それにしても、表情豊かになり過ぎではないだろうか。アニさん?

 俺はドキマキしながら、返答した。すると彼女はくすりと笑って、距離を取る。――なんだろうか。不思議な敗北感があるのは、気のせいか?


「まぁ。お前がそう言うなら、それでも構わないさ――それに、生きていればいつかまた会える。子供たちへの挨拶は、その時でも良いだろう」

「そう、か。そうだな……」


 彼女の言葉に、俺はついユキの墓を見た。

 生きていればと、アニの口から出たということ。それはもしかしたら、彼女の中ではもう気持ちの整理がついた、ということかもしれない。もちろん、そんな単純な話ではないだろうけど、アニはやはり、強い女性だった。


「あぁ、そう言えば――あの女の子には、礼を言っておいてくれ。彼女がいなければ、あの場で私はどうなっていたか分からないからな……」

「……分かった。伝えておくよ」

「それでは、またな……」

「あぁ、それじゃ……」


 さぁ。そう言っている間に、別れの時だ。

 彼女の言葉にそう返して、俺はふっと息をついた。アニもまた、笑みを浮かべたと思えば、すぐに子供たちを追いかけていってしまう。

 何ともあっさりとした、彼女らしい別れ方であった。


「さて。そろそろ頼む――フーコ」


 俺は誰もいない墓地で、そう声をかける。

 すると、いつものように俺の周囲には光が満ち始めた。

 そこに至って、俺は改めてこの街での出来事に思いを馳せる。色々なコトがあった。新しい【家族】の在り方を知って、その成長を目の当たりにした。

 実りの多い旅。そう言って、過言なかった。





 俺は静かに目を閉じる。

 次に目を開いた時、そこにいるのは――俺のもう一人の【家族】だ。



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