第十九話 ある男の末路




 ――リベドは焦っていた。

 この者から感じられた覇気は、弱者のそれであった。

 それだというのにも関わらず、いざ相対してみればその戦闘力はまさしく一騎当千。並び立つ者なき不可思議な能力によって、配下の男達をいとも容易く退けていく。自らを【魔王】だと呼称し、それに違わぬ一方的な闘いを繰り広げていた。


 さらに驚きなのは、男達に傷一つ負わせることなく仮面のみを剥ぎ取っている、ということだ。そのような芸当は、相当の力量差、余裕がなければ成り立たない。

 しかし現実に、スライはそれを行っていた。顔色一つ変えずに。


「(許されぬ。許されぬぞ、このようなこと……!)」


 リベドの乾いた肌に、一筋の汗が流れる。

 それは、明らかな動揺からくる冷や汗だった。彼の中にあった算段が一気に崩れ、かつ同時に、今まで自分の為してきたモノすべてを瓦解せんとする力が目の前に迫っている。恐怖するなという方が無理な話であると、そう思われた。


 しかし、間もなく手勢も尽きる。

 終焉を告げる【魔王】が、そこに迫ってくるのだ。

 だとするならば、自身に残された手は何か。リベドは奥歯を噛みしめた。彼ももう終わりだと、重々承知の上であろう。


「(降伏、か……? いや――)」


 ――だが。彼は、最後まで強欲であった。

 懐に手を伸ばし、リベドは紫色の丸薬を取り出す。それはこの男がユキに渡していたモノと、同じモノであった。この薬は身体能力および心肺機能を飛躍的に向上させると共に、次第にその身を蝕む悪魔のそれである。

 永遠の命を求めたリベドがたどり着いた、一つの結末であった。


 彼は考えたのであろう。この薬ならば、あるいは――と。


 時は来た。

 配下はすべてスライに敗れた。

 ならばもう、迷うことはないだろう。この男は、最後の手段を――


「くっくくくくく……」


 ――数多の丸薬を、喉に流し込んだ。


◆◇◆


 リベドが、ユキの使用した丸薬を大量に呑み込んでいる。

 馬鹿な奴だ。それをしては、もう俺が手を下すまでもないじゃないか――。


「ふーっ! ふーっ……!!」


 奴は目を見開いて、こちらを睨みつけてきた。

 もしかすると、今この瞬間に理性が吹き飛んでしまったのかもしれない。呼吸荒く、杖を投げ捨てて、一歩また一歩と、こちらに迫ってくる姿はもはや死に体だ。

 最後まで哀れな【人間】――その負を体現した者。


 俺は迫りくるそれに備え、一本の剣を生成した。

 構えて、待つ。おそらくは、ユキの動きを凌駕するそれを見せるだろう。一歩、一歩と、生きる屍のようにリベドは歩を進めて、そして――。


「あぁあぁぁぁぁ――――――っ!!!!!!!!!!!!」


 ――ついに、きた!

 人の声とは思えない絶叫を響かせながら、老父は瞬きの間に眼前へと肉薄する。ほぼすべてが剥き出しになった眼球に、俺の姿が映り込む。涎を垂れ流して跳躍した姿は、やはり悪魔に憑りつかれた何か、としか言いようがない。


「――――ちっ!?」


 ――くそっ、想像以上だ!

 俺は半身を翻してそれを回避し、その動きを確認する。

 リベドは四つん這いで踏み止まり、そのままの体勢でこちらに視線を投げた。舌なめずりをして、再び俺に狙いを定める。四肢は次第に紫に変色し、隆起し始めた。ユキと同じ、いや――ユキのそれよりも進行は早かった。


 ――あぁ、哀れだった。

 どうしてこうなるまで、誰もこの男に手を差し伸べなかったのか。

 あるいは、この男からそれを拒絶したのか。いいや、どちらにせよ、リベドはもう取り返しのつかないところまでやって来てしまった。それならば――。


「俺が、楽にしてやるよ――こい! リベド!!」


 俺は、再び剣を構えた。

 それだけではない――中空には数多の剣を。


 さぁ、来るがいい。

 【魔王】として、俺はここに一人の【人間】を討ち果たそう。


「スラ、イィィィィィィィィィィ――――――ッ!!!!!!!!」


 金切り声を上げて、リベドが跳躍した。

 俺は【操作】の能力で、化け物と成り果てた者へ、剣を射出する。


「ぐ、ぎぎぎぎぎぎぎぎぎっぎぎぎぎっぎいぎぎぎぎっ!!!???」


 異音を発しながら、五体を貫かれながら、リベドはそれでも迫ってくる。

 恐怖はない。恐怖なんてない。ただ、悲しみだけがそこにあった。


 彼の者はたしかに罪深い。

 されども――。



「せめて、安らかに眠れ――【人でなしのリベド】よ」



 俺は、眼前の老父に――その喉元に、剣を突き立てる。

 瞬間に男の体中から、紫に変色した血が噴出した。

 そして、地に落ちる。







 あまりにも、呆気ない。

 それが、かの因縁の仇敵の最期であった――。




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