第二章 ルイン編

プロローグ 新たなる旅立ち



 ――幼少期の私にあったのは、闇だった。

   深く、とにかく深い、不快な闇――


 物心がついた頃には、私は殺しの技術を学んでいた。

 それが私の生きるすべである、と。ウンザリするほどにそう言われ続け、しかし違うと否定しながら、それでも生きるためにそれを学んでいた。


 そんな私を支えてくれた存在は一つだけ。

 両親は私に殺しの技術を教えて、その後に死んでしまった。

 だから、私の心を支えてくれたのは、生きる理由をくれたのはたった一人の弟。彼は身体が弱く、私がいなければきっとすぐに消えてしまうような儚い存在だった。だがそれが逆に、私にとっては救い。あるいは、天の恵みともとも言えた。


 歪んだ愛情――それは、幼いながらも理解していた。

 それでも私は心から、弟を愛していた。それはある種の依存とも言えるのかもしれない。しかしそれがなくなってしまっては、私という【人間】の形成が出来ない。とにもかくにも、当時の私にとっては、何かしらの生きる目的が必要だったのだ。


 だから私は、ある組織に籍を置いていた。

 それは私の両親が所属していた組織。そして、両親を殺した他でもない集団。

 けれども私にはそんなことはどうでもよかったし、関係などなかった。両親など私にとっては恨む対象でこそあれ、愛着などとは程遠い存在だったのだから。ただ、感謝するとすれば、それは私に技術を与えてくれたことであろうか。それのお陰で私は弟を養えた。自身の心に平静を保つことが出来た。




 【人間】としての、一定の良心は確保されている。そう、思えていた。

 ただ、あの時が来るまでは――


◆◇◆



「そう、【家族】ですか――素晴らしいモノなのですね、きっと」


 白き少女――フーコは、表情をあまり変えずにそう言った。

 フードの中に隠れていたのは、純白の、新雪のような長い髪。肌も同じく、しかし実際に触れてみると【人間】の女の子らしい柔らかさがあった。端正な顔立ちは幼いながらも、しかし美しいと思わせられる。特に左右非対称の瞳の色――金色と蒼色――は、息を呑むモノだった。


 そんな少女は俺と向かい合いながら、胸に手を当てている。俺からアル村での出来事を伝え聞いた彼女は、ふぅっと、一つ息をつく。その様子はまるで、【家族】という初めて聞いた言葉を噛みしめているかのようでもあった。


「そう。だから、俺たちもこれから【家族】だ。いいよな?」

「……はい。心なし、温かい気持ちになります――有り体に言えば好きな響き、です。【能力スキル】理論の研究をしている際の心地良さに、似ています」

「ははは……そ、そうか。それは良かった」


 表現が独特過ぎるという点を除いては、おおむね好評らしい。

 さて、そうなれば、である。これまでの俺たちの関係からは若干ずつではあるが、変えていった方が良いように思えた。そう。例えば――


「――じゃあ、フーコ。『様』付けはこれ以降禁止、な?」

「き、禁止……ですか? それは命令、ですか?」

「命令、じゃないけど。【家族】っぽくなくないか? あと、敬語も」

「……そう、なのでしょうか」


 俺はブラウン家の二人のことを思い出しつつ、そう提案した。

 それは今までの俺たちのような主従――すなわち縦の関係ではなく、言うなれば横の関係。平等で、分け隔てのない、互いを支え合う関係だった。けれども、フーコはどこか困った表情かおをする。


「申し訳、ございません。ワタシにはまだ……」


 そして、そう言って深々と頭を下げた。


「決して、スライ様を嫌悪している、という訳ではないのです。ただワタシにはまだ、その――難しい。そう。この話し方が、癖のようになってしまっていまして、なので……」

「あ、あぁいいよ。別に……無理にとは言わない。ゆっくりでいいし」


 俺は必死の弁明を続けるフーコの姿に耐えられなくなり、そう言葉を遮る。

 どうやら、彼女にはまだ早かったらしい。それもそうだろう。自分だって、あの二人と普通に話せるようになるまでに一週間はかかったのだから。突然にこう申し出ても、困惑するのが正しい反応であるようにも思えた。


 だったら、強制的に――とは言えないだろう。

 それをしてしまえば、それこそ主従の関係の利用に逆戻りだった。

 だとすれば俺たちは俺たちの、新しい【家族】関係を構築していく方が良い。

 加えて俺だってまだまだ【家族】がどういうモノであるのか、違うカタチの【家族】というモノを知らない。つまりは、勉強不足な気もしていたからだ。


 そして、その上である場所への興味が俺の中にあった。

 だから俺は、切り替えるようにこう声をかける。


「ところで、さ。フーコ――行ってみたい場所があるんだけど、いいか?」

「行ってみたい場所、ですか?」


 白き少女は小首を傾げて、俺のことを上目づかいに見てきた。

 今までフードがあったので気にはしてこなかったが、彼女の素顔を知った今、その仕草はどれをとっても愛らしく思えてしまう。【人間】の基準、というモノはまだ分からない俺ではあったが、【魔王】としての俺から見ても、このフーコという少女は別格だ。


 幻想的、いいや――神秘的とも表現できるかもしれない。


「あぁ、詳しい名前は知らないんだけど――盗賊ギルドのある場所、って分かるか?」

「盗賊ギルド――ですか?」


 だけど、いつまでもそんなことを考えていてはいけない。

 俺は思考を本題へと戻した。


 そう。俺が行きたい場所というのは、ロマニさんのいたギルドのある場所だ。

 彼の死体は確かに偽装した。だが、それでいつまで欺けるか分からない。だとすれば本丸に乗り込むのもアリではないだろうか――あの二人に、これ以上の被害がないようにするために。


 もちろん、フーコには【不完全なる創造インコンプリート・クリエイション】を使用したことは秘密である。そのため何故そこに行きたいのか、その理由を問われたら居心地が悪かった。

 だからとくに掘り下げられないことを願ったのだが――


「――スライ様は、【家族】想い、ですからね」

「え……」


 彼女の言葉は、想像の上を行っていた。

 やんわりと微笑む少女。その表情は怒っているようでもあり、許しているようでもあった。もしかして俺は彼女に要らない部分まで説明していたのだろうか。いや、そんなことはないはずだ。

 だから、大丈夫――の、はず。きっと、俺の気のせいだろう。


「……それにしても、悪徳な盗賊ギルドですか――それでしたら、一つ心当たりがありますね。ルインという街なのですが、そこのギルドの話は有名です」

「…………」


 どうやら、俺のしようとしていることは、筒抜けのようだった。


「先ほどの話に出ていた、ギルドというより犯罪組織、というのならばここでしょう」

「あぁ、分かった。それならその街に【転移】させてくれ」


 そうとなればもう、隠す必要はないだろう。

 俺はフーコにそう言うと、彼女は静かにうなずいてみせた。


「分かりました。それでは――」


 そして、もはや見慣れた赤色の光が俺を包み込む。


「――いってらっしゃいませ。スライ様」


 フーコの送り出す声。

 その声を最後に俺の視界は闇に包まれた。




 ――これが、俺の二度目の旅の始まり。

   今回は明確な目的を持っての旅立ちだ――



 しかし、俺は予想もしていなかった。




 ――その先で、思わぬモノを目の当たりにする、ということを――



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