第十二話 乱闘と謎
――受け流して、腹部への膝蹴り。
男の肋骨が数本、へし折れる音が感じられた。相手は口から何らかの血の混ざった体液を嘔吐する。俺はそれを確認しつつ、少々力を込め過ぎたかと反省した。倒れこむそれを見つつ、次に迫る相手へと気を配る。
――次いで、正面から一人。
その男は一回り大きな体躯をしていた。力自慢なのであろう彼は、こちらの肩にその巨大な手を置き、握り潰そうと力を込める。しかし、俺には攻撃は効果がない。【変形】を用いて彼の触れている部分を【スライム】状に変形させた。そして、それを操り男の身体に絡みつかせる。次第に首へと迫り、ついにはそれを緩やかに締め上げた。
男の意識が落ちたことを確認した俺は、【変形】を解除。
周囲からまだまだ襲いかかってくる、黒装束の者達に気を払った。
おおよそ八割方か。逃げた者も含めれば、その数は激減していた。ただ恐ろしく感じたのは、この組織の者達はそのほとんどが負けると分かっていても勝負を挑んでくる点である。
先刻の俺は、【
だがしかし、それでもなお何かに突き動かされるようにして、襲いかかってくる。倒れても、どれだけ傷付いても、何度でも。その姿はどれも必死で、戦況はこちらの優位であるにも関わらず、俺に言いようのない恐怖心を植え付けていた。
一言で表現するのなら、そう――不気味だった。
不気味なのだ、この集団は。
誰もが【人間】らしい、恐怖心を持って挑んできている。
だがそれでも、だがそれ以上の何かに怯えるようにして、俺へと向かってきていた。皆、仮面の下ではどのような表情を浮かべているのかは分からない。
しかし、俺にはどこか――彼らが、泣いているように思えた。
「おい、
そう思ってしまい、つい俺は背後で戦う分身を見てそう尋ねる。
すると彼は、一人の黒装束の腹を力の限りに蹴り飛ばしながら答えた。
「あ? 何が変だって!? ――悪いが、俺には分からねぇぞ!」
「そ、そうか? ――って、ちょっとは手加減しろよ! お前!」
吹っ飛んだ黒装束がもんどり打って倒れる様を見て、俺は思わずツッコんでしまう。しかし、彼なりに手加減はしているのか、一応は息をしている様子だった。とりあえず、ホッとする。
だが、それにしても――分身であるコイツが分からないとなると一体、本体である俺が覚えているこの違和感は、何なのだろうか。考えつつ、俺は迫ってきた敵の顔面を殴った。その時である――
「…………ん?」
――
すると、その場に大の字で倒れた中年ほどの男性は、ハッとした表情を浮かべた。そして俺の顔をその目に認めると、一気に青ざめていく。彼は鼻血を垂らし、苦笑をしつつ後ずさりをし――
「――う、うわあああぁあぁあぁぁあああああぁっ!?」
「えっ……!?」
途端にそんな情けない悲鳴を上げて、逃げ出した。
俺はあまりの出来事に呆気にとられるが、すぐさまその異変の正体に気付く。
そう。それは、皆が一様に装着している――この、髑髏の仮面だ。それを拾い上げて、確認する。そうすると【能力】音痴の俺にも分かるほどに、その裏側からは【魔力】の
なるほど――フーコほどではないが、ピンときたぞ。
「――
「了解――っ!」
そこまで考えたところで、さすがは俺の分身。以心伝心だ。
だが、その一撃で仮面は粉々に砕け散る。
すると現れるのは――もとからそうなのかは、しらないが――鼻の潰れた男の顔だった。彼は白目をむいて、気を失ってしまっている。しばらく待ってみても、ピクリとも動く様子はなかった。
いや――
俺はつい、内心でツッコみを入れた。
まぁ、何が分かる分からないというのは、彼らが操られているのかどうか――ということである。俺が予想したのは、この髑髏には何かしらの【能力】がかけられている、ということだった。
だから、それを確かめようとしたのだけど――
「――
「――――――っ!」
そう思った時だ。
都合よく、先ほど意識を落としたはずの体格のいい男が襲いかかってきた。
俺は覆いかぶさるように攻めてきたそいつを躱し、軽く手を伸ばして仮面を奪う。そして、軽く足を引っ掛けてみると――バタリ、と。前のめりに倒れた。
その後も、動く様子はない。
どうやら俺の予想は正しい、ということでよさそうだ。
「
「オッケー! 任せとけっての」
俺はそう、もう一人の自分に指示を出した。
満面の笑みで、それに答えた彼。
その直後――
――彼は渾身の蹴りを相手の顔面に見舞っていた。
◆◇◆
「これで――ラスト、だ!」
俺は最後の一人の仮面をはぎ取った。
そして、その男が意識を失うのを確認してから、ふぅっと、一つ息をつく。
結局のところ、早くに終わらせようとしたにもかかわらず、思いの外手間取ってしまった。俺は分身に目配せをしてから、最後の一人――女に目を向ける。彼女はこちらを相も変わらず見下して、嫌悪とも取れる視線を投げつけてきていた。
「思ったよりも、やるらしい――面妖ではあるが、な」
「……そりゃ、どうも」
女は淡々とした口調で、そのような感想を述べる。
こちらはもう、それに対して苛立ちなど覚えることはなくなっていた。
コイツには【人間】としての感情はない――そう、考えることにする。自身の部下を洗脳し、操っていたような奴だ。おそらくは、話し合いなど通じない。そして元より、あちらもそのつもりだろう。
だったら、こちらは全力だ――
「――ありがとうな、
「おう! また、俺の力が必要になったらいつでも呼んでくれや」
【合体】――【成功】
手を繋ぐと、
そして、以前と同じように。自然と俺の中に満たされていく、欠けていたピースが収まるような充足感を覚えた。拳を握りしめて、開く。
あぁ――力がみなぎっている。
――さて。
そうしていると、女は馬をおりておもむろに、こちらへとやってきた。
俺は奥にいる傷だらけのロマニさんを一度だけ、ちらりと見つつ、改めて女への警戒心を強める。この女にだけは、手加減をしてはならない。【家族】を傷つけたこの女だけは、許すことが出来なかった。それに、肌の感覚で分かる。
こいつは――別格だ、と。
「さぁ――始めるとするか」
「いや、その前に聞きたいことがある」
女は銀の髪をなびかせつつ、戦闘を開始しようとする。
だが、俺はそれを一度制した。戦う前に、俺には確認しておきたいことがあったからだ。それは、もしかしたら不必要なことかもしれない。だけれども、聞いておきたかった。
何故なら、俺が初めて――
「……お前、名前は何ていうんだ?」
――命を奪う相手かも、しれなかったから。
その名前は、憶えておきたかった。
「――――――――」
彼女にとっては、意外だったのだろう。
おそらくは今日一番の驚きの表情を浮かべ、しかしすぐに口角を歪めた。
「ふふっ、中々に面白い。本当に奇妙な【人間】――いや、【魔王】だったな」
「えっ……」
それは、不意打ち。
俺の問いかけが、何故か彼女のツボを捉えたのだろう。
銀髪の女性は、鋭い目を細めて。彼女は、俺の前で初めて笑った。そして――
「いいだろう。教えてやる私は――アニ、だ。お前の名は?」
そう。柔らかい空気を漂わせ、言った。
彼女は両手に、ダガーナイフをそれぞれ三本ずつ構える。
対して、俺は――
「――あぁ、俺の名前はスライだ」
【
右手に剣を持ち、それを構えながらそう答えた。
不思議と、こちらも笑ってしまう。
そんな、不思議な間合い。
その中で、俺にとっては初めての命のやり取りが――始まろうとしていた。
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