第十三話 闘い、その結末は――



「【不完全なる創造インコンプリート・クリエイション】の使用は、最大限控えてください」

「え? どうしてだ、フーコ」


 ある日のフーコの言葉に、俺は首を傾げた。

 最早慣れてしまった、睡眠時のフーコ教官との【能力スキル】訓練。

 俺は【不完全なる創造】で生み出したあるモノを【操作】する練習をしていた。だが、そんな最中にこんなことを言われたのだから、首を傾げるしかないだろう。このような強力な【能力】、使わない手はないだろうと俺は思うのだけれど。


 どうにも、彼女の意見は異なるようであった。


「たしかに、その【能力】は実用性、汎用性――その他においても強力な武器になるでしょう。ですが、その反面にリスク・・・があると、ワタシは考えているのです」

「リスク……?」


 【操作】を一度中断して、俺はそう訊き返した。

 フーコの方を見ると、コクリ。フードを微かに揺らしつつ、彼女はうなずいた。


「はい。何故なら、その【能力】の力の源が何なのか――それがハッキリとしていないからです」

「力の源って、普通に考えたら【魔力】じゃないのか?」

「いいえ、そうとも限らないのです」


 俺の疑問に、首を左右に振るフーコ。

 すると彼女は例によってというか、何というか。ホワイトボードを取り出して説明を開始した。今回のテーマのところには、力の源について、と書かれている。


「ご存じの通り、【能力】の使用には【魔力】を用います。ですが――例えば、スライ様が農作業をなされる時、そこに【魔力】の消費は発生いたしませんよね?」

「まぁ、そうだな。たしかに……」

「それはつまりその作業、すなわち【行動】には【魔力】とは別に――単純に【体力】が消費されているということになります。こちらも【魔力】同様に肉体に依存するモノになります」

「ふむふむ。それってことは、つまり――」


 そこまで言われて、俺は彼女の抱いてる懸念に合点がいった。

 フーコも、俺の理解を察してか小さく首肯する。


「――【不完全なる創造】には、そのどちらも使用されていない、ということになります。それではいったい、何を力の源としているのか。それが不鮮明なのです」

「だから、使用するのは控えるように、ってことか」

「はい。そうしていただいた方が、安全かと」


 そっか、そっちの方が安全か――と。

 その時の俺は、フーコの言葉に納得していた。

 そして、遊び半分でこの【能力】を使用することは止めようと誓った――


◆◇◆


 ――だが、しかし。


 今は決して遊びではない。

 これは、命のやり取り。そして何よりも、大切なモノを守る戦いだ。

 その場において、手加減など出来るはずもない。だから俺は、持てるすべての【能力】を用いて挑んでいた。女――アニの動きは素早く、目で追うのが限界に近い。その点においては【魔王】の片割れであるこの肉体の身体能力を一歩だけ、抜け出していた。


 俺の繰り出す剣撃を彼女は、寸でのところで回避する。

 そして、手に持ったダガーナイフで俺の喉を掻き切ろうと、その手を伸ばしてきていた。だが俺もそれをどうにか躱し、たとえ傷を付けられたとしても、切り口を【合体】させることで回復する。

 速さ以外では俺の方が勝っている。しかし、それを止めなければ勝機もなく、決着もつかない。いわゆるこう着状態が続いていた。


「大砲も、当たらなければどうということはない――スライ。お前の【能力】は確かに優れている。だがな、一芸に秀でた者の強さを侮ってはならんぞ」

「………………」


 じりじりと、互いに距離を取って相手の隙を探る。

 そうしていた時、不意に彼女はそう話しかけてきた。それは余裕の表れか、あるいは戦闘行為の高揚によるものか。先刻まで能面のようであったその顔には、昂りを感じさせる笑みが浮かんでいた。


 俺は答えず、考える。どうすれば、彼女の足を止めることが出来るのか、を。

 自分の持てる【能力】の中で、それを可能にするものはないのか。とにかく考えていた。思いつかなければ、このまま互いにジリ貧。最悪の場合、負けることさえあり得る。

 そんなことは許されない。だけど――


「――戦闘中に考え事は、命取りだぞ」

「――っ!」


 ――くそっ! 思いつかない!

 ここでも、一瞬で間合いを詰められて背後を取られた。

 俺はナイフの微かな風切り音を頼りに、剣でそれを防ぐ――が、今回は違った。アニの攻撃はそれでは終わらない。彼女は一歩引いたかと思えば、手に持った計六本のうち三本を俺へ向かって投擲とうてきしてきた。


 一つ目は――顔面へ。

 二つ目は――腹部へ。

 三つ目は――右膝へ。


「くぅっ……!」


 前二つはどうにか回避した。

 首を傾げ、腹部は【変形】で【スライム】状となり空洞を作りだす。

 しかし、右足は――やられてしまった。彼女の放った三投目は、狙い通りに俺の右膝を射抜いていた。ズキリとした痛みが走る。【人間】らしく創られたこの身体には、しっかりとした痛覚があった。それでも、こちらも【変形】を用いれば、ナイフの傷など軽微な損傷に過ぎなくなる。しかし、問題はその隙だ。


 その、一時の隙が――命取りになる!


「――喰らえ、スライ!」


 アニが、ここぞとばかりに迫る。

 ナイフを手に、こちらの首を落とそうと迫ってくる。

 俺はその一連の動きを、どこかスローモーション再生されているかのような速度で見ていた。だからから、だろうか。瞬間だけ、アニの速度が鈍った、そのように感じられた箇所があった。

 そこにあったのは――


「――そうかっ!」


 俺は剣を投げ捨て横一線に振り切られたナイフを、ギリギリのところで回避する。倒れ込むように横へ転がった俺の顔を、鋭利なそれが掠めていった。しかし、この状態のままでは一向にこちらの不利は変わらない。だが、俺の狙いはその先にあった。

 俺は転がり続け、ある一程度の位置まできたところで【能力】を発動する。


 【変身】――【成功】!


 直後――アニは、完全に俺を見失った・・・・・・


「何――っ!?」


 彼女は目を見開いて周囲を見渡す。

 しかし、彼女の目には俺の姿など映っていないだろう。何故なら俺は――


「くっ――どこに隠れた!?」


 ――降り積もった雪。

 その中に潜り込み【変身】して、紛れ込んだのだから。


 俺が先ほど気付いたのは、これだ。アニはその俊足をもってしても、雪上においてはその動きを緩めざるを得ない。そして、それに擬態するのであれば俺の【能力】はもってこいだ。

 おそらく彼女にとってみれば、俺がただ・・雪の中に隠れた、そのように思えているだろう。そうでなければ、俺の姿がなくなった理由がつかない。


 俺はアニの様子を盗み見る。

 すると彼女は眉間に皺を寄せて、俺の転がった方へと目を向けていた。

 どうやら、俺の思惑通りに引っ掛かってくれているらしい。そうとなれば第一段階はクリアだ。次は彼女がこちらに足を踏み入れてくれるか、どうかにかかっている。

 そのためには、何かしらの呼び水が必要だろう。

 だったら――


 【分裂】――【成功】!


「――よう、アニ。こっちだぜ」


 これが、良いだろう。

 俺は分身を生み出した。そして、アニに声をかけさせる。


「お前――またしても面妖なことを……っ!」


 そうすると彼女は明らかな苛立ちを見せて、こちらへ、じわじわと距離を縮めてきた。雪上に足を踏み入れたその目には、分身しか映っていない。ともすれば、第二段階も成功だ。


 それでは最終段階に、進むとしよう。

 俺は分身に合図を送って注意を引かせつつ、こっそりとアニの背後に忍び寄った。そして、痺れを切らした彼女が駆け出そうとしたその瞬間である。俺は自身を【スライム】の形状に戻し――


「ようやく、捕まえたぞ。アニ!」

「なっ――!?」


 ――彼女の身体に、絡みついた!

 ぬらりと、まずは足から。彼女の速度を完全に奪うと、次第に上へ上へと向かって侵食を進めていく。最後には四肢の自由を奪い取り、拘束することに成功した。

 彼女は懸命に振り解こうとするが、残念ながら力ではこちらに分がある。

 さらに、足掻けば足掻くほど、侵食はさらに強まり――


「――きゃっ!」


 アニは途端に頬を赤らめて、そんな女の子らしい悲鳴を上げた。

 その理由は俺にはよく分かりはしない。が、彼女の息遣いが荒くなってきているあたり、もしかしたらこの拘束は【人間】に対して効果的な攻撃なのかもしれない。だがまぁ、今はとりあえず置いておこう。


 さて。ここまできたら、後は仕上げだ。

 この長いようで短かった戦いに、決着をつける時がやってきた。俺は先ほど投げ捨てた剣に意識を向け、【不完全なる創造】によって、さらにその数を三本増やした。そして、俺が最後に使用した【能力】は――【操作】だ。

 

 【操作】――【成功】!


 すると、剣たちはまるで意思を持ったかのように中に浮き上がる。

 そしてこちらへと、刃を向けた。鈍い輝きが、狙いを俺とアニへ定める。


「さぁ、ここまでだ――アニ!」

「くっ――!?」


 俺は、そう彼女に告げた。

 すると、アニは観念をしたように目を閉じた。



 ――四つの剣がこちらへと向かって射出される。

    それらは次第に速度を上げて。

     そして、深々と貫いた――





「――ロマニさんっ!?」





 理由は、分からない。




 ただその放たれた剣は深々と貫いていたのだ。





 俺たちとの間に割って入った、ロマニさんの肩を。

 そしてその太い、丸太のような腕を――


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