第十一話 初陣



「それが、どのようなことか――スライ様は理解されておられるのですか?」


 フーコは、玉座の前に立って【魔王】としての身体を見つめる俺に、静かにそう言った。それは忠告とも取れたし、確認を取っているようにも思える。だが、そのどちらにしても彼女の中にある【心】は一つだろう。


 ――それは、気遣い。

 戦うと決めた俺に対する気遣いだ。

 何故なら、戦うということはロマニさんの目の前で【能力スキル】を使うということだから。それはすなわち、俺の正体が【人間】ではないと明かすことに他ならない。


「あぁ、分かってる」


 それでも、俺の決意は揺るがなかった。


 たとえ、これまでの日常が崩れ去るとしても。

 たとえ、これまでの関係がなくなってしまっても。


 俺にはあの日々の中で守りたいモノが出来たから。それはきっと関係が崩れるとか、そういったレベルの話ではない。それ以上に、この空っぽだった自分にとって、かけがえのないモノだった。


 なんて、暖かな陽だまりのような日々であっただろうか。

 なんて、穏やかな川の流れのような時間であっただろうか。


 それは、俺が失いたくないモノ。

 だけど同時に、決してなくなってはいけないモノだった。

 だから俺は決めたのだ――守るために、終わりにしようと。この夢のようなひと時に、しばしの別れを告げようと、そう決めたのだ。


「承知――致しました」


 フーコが、少し悲しげに了承の言葉を口にする。

 あぁ、彼女も分かってくれていた。俺の決断がどのような意味を持つのかを。

 でもだからこそ、何も言わずに送り出してくれるのだろう。そのことに俺は深く感謝の気持ちを抱いた。おそらくは、アル村に行かなければ知らなかった感情を。


 俺の周囲が【転移】による赤色の光に包まれる。

 正面に立つ、フーコのフードが棚引く。差し出された白く華奢なその手は、まるで最後の選択を求めているようでもあった。だけど、俺は――


「――行ってくるよ。フーコ」


 俺は静かに目を閉じた。

 もう、後戻りなどしない――そう、決めたのだから。

 もう、あの少女クリムにあんな顔はさせない――そう、決めたのだから。


 そう。そして、それは当たり前のこと。

 だから、俺は行く。

 


 ――そう。俺はただ――


◆◇◆



「――ただ、【家族】を取り返しにきた。それだけだ」


 俺は盗賊一団の前に立ち、そう言った。

 眉間に皺を寄せるのは、馬に跨り先頭を進んでいたあの女。

 彼女は俺の姿を認めると、スッと目を細め、まるで値踏みをするかのような視線を向けてきた。そして軽く鼻を鳴らし、こう言い放つ。


「誰かと思えば、昨日いた子供じゃないか――【家族】を取り返すだと? 何をふざけたことを言っている」


 明らかな、敵意を示したモノだった。

 そして同時に、こちらを嘲笑うかのような響きも込められている。


 だがそれは、特別おかしな話ではないだろう。たしかに前の俺は見るからに弱い【人間】だった。また事実、臆病風に吹かれて、自己保身に走った。ロマニさんを――大切な【家族】が奪われるのを見過ごそうと、目を逸らした。情けないにも程がある。


 けれども、それも昨日までの話だ。

 俺は覚悟を決めた。もはや何も隠すことはしない。

 ただ俺の持てる力すべてで、ロマニさんを――【家族】を救い出すんだ。あの理由は単純明快なモノである。

 そう家族は――


「――助け合うモノだから、な」

「…………なに?」


 俺の言葉に女は、どこか複雑な表情を浮かべた。

 しかしすぐに首を左右に振り、先ほどまでの侮蔑に満ちたそれに戻る。そして吐き捨てるようにして、手を軽く仰いでこう言った。


「何を言うかと思えば、そのような綺麗事か――虫唾が走るな。そのような甘い考えで、この状況・・・・をどうにか出来ると思っているのか?」

「…………ん? あぁ、このことか?」


 彼女の言ったことに対して、俺は周囲を見回す。

 そこにあったのは、漆黒の円。俺のことを四方八方から狙う、黒装束の集団だった。

 彼らは俺が何か少しでも怪しい行動を取れば、即座に攻撃が出来るように体勢を整えている。それらは一糸乱れぬ訓練されたであろうそれであり、普通に考えれば、このような状況は怯えて当然と言えた。


 ちらり、と。ロマニさんを探す。

 すると彼も、目を閉じて首を左右に振っていた。

 それは、やめておけと――そう言いたいのだろう。彼の判断は間違っていない。何度も言うが、一対多だ。数の暴力だ。まともな【人間】であれば、諦める場面だろう。


 だが、俺は違う。

 少なくとも、昨日までの俺とは違うのだ。


 だから――


「――じゃあ、こうしたらどうなる?」


 俺は、右手を前に突き出した。

 周囲の緊張感が高まる。しかし、この程度ではまだ動かない。

 馬上の女もまた、俺のその動きをただただ静観していた。お前は何をしているのか、と――そう言いたげに。分かりやすく俺のことを見下していた。



 なら、見せてやろう。

 俺にも戦う力が、あるのだということを――!



 【不完全なる創造インコンプリート・クリエイション】――【成功】!



 全身から手元へと、【魔力】の熱が集中していくのが分かる。

 血から骨へと、そして――骨から鉄へと!


「なっ――!?」


 女は驚愕し、目を見開いた。

 何故なら、彼女にとっては完全に不意打ちだったから。

 不鮮明な光を発したと思った次の瞬間、俺の手には一本の剣が握られていた。そんな事象を目の当たりにして、平静を保つことが出来る【人間】などいるだろうか。


 それは、周囲の黒の集団も同じくだ。

 各々に身動ぎし、中には後ずさる者までいた。だが、しかし――


「――くっ!? 何をしている! ……かかれ!」


 さすがは一団をまとめるかしら、といったところか。

 女は声を張り上げた――瞬間、まずは右から一人の男が襲いかかってきた。


「――――っ!」


 音もなく突き出された、ダガーを握った右腕。

 俺はそれを身を逸らして躱し、それを左手で掴んで、勢いそのままに引き倒した。そして、その腕に剣の柄を思い切り叩きつける! すると、バキンッ――という鈍い、骨のひしゃげる音が伝ってくる。

 最後に、前方へと向かって腹部を蹴り上げるようにして、弾き飛ばした。


 次いで現われたのは、左斜め後方から。

 だが、まだまだ、だ。殺気を殺しきれていない――俺は首を右に傾げ、頬をかするように飛び出してきた腕を抱え込み、背負い投げる。仰向けに転がった男。その腕を、右手に握った剣で斬りつけた。

 血飛沫が舞い上がり、雪原を赤く染め上げる。

 男は、うめき声を上げた。切り落とさないのは、せめてもの慈悲である。


「――――ふっ!」


 そして、その男の身体を放り投げた。

 ドサリと、地に落ちた彼を見て、一団は戦く。どうやら一連の流れを見ていたことで、十分に力量差が分かったということだろうか。警戒の色が、一様に強くなっていた。

 俺は姿勢を正し、剣を肩に掛ける。


 戦える――身体が、自然と動いた。

 これはどういうことか、今はまだ分からない。

 おそらくは【魔王】としての【肉体】に宿った記憶のためか――いいや。今はそんなことはどうでもいい。戦えているという事実だけで十分だ。

 だけども――


「…………ちっ」


 ――これでは、時間がかかり過ぎる。

 無駄だ。あまりに、無駄だ。


 だから、俺はあえて隙を見せた。

 わざとらしく、剣を地面に突き立て、視線を泳がせる。


「し、死ねぇ――っ!」


 すると、錯乱した一人がまんまと引っ掛かった。

 悲鳴にも近い声に続いて、飛来するナイフ。狙いはやや逸れて、俺の左腕へ。


「………………」


 だが、俺はそれをあえて避けない。

 これ以上やっても無駄だ、ということを分からせなければならない。何をやっても、敵いはしないということを。そのためには、この方法が一番いいだろう。それに――その方が、この【人間】たちの被害・・は少ない。


 ――何故、だろうか。

 傷付く者は、少ない方がいい――そう思ってしまったから。


「――――――っ」

「――坊主ッ!?」


 声を上げたのは、ロマニさん。

 だが、そう叫びたくなるのも当然だろう。

 何故なら俺は、避ける仕草もせず、ナイフを受け止めたのだから。深々と、見事に左腕を貫通したそれは鈍い輝きを放った。周囲の男たちは、再びざわめく。投げた本人も、まさかといった風に震えていた。

 憎き女も、ロマニさんも、周囲の誰もが――次第に沈黙を作りだす。


 俺はその中心で、ただ立ち尽くしていた。


 ――あぁ、痛い。たしかに、痛い。

 だが、この程度の痛み、大したことではない。

 そう――俺にとっては・・・・・・


「【分裂】――――」


 俺は、あえて【能力それ】を口にする。

 そして、それと同時に剣を手放し、ナイフで腕を――――切り離した・・・・・


「――――【成功】」


 すると、切り離されたそれは自我を持つように蠢き始める。

 形状は徐々に【スライム】へと変化して。


「よう。久しぶりだな――オレ」


 寸分違わぬ姿のコピーが、現われた。

 彼はそう言って笑う。まるで、以前の記憶を引き継いでいるかのようにして。

 だから、俺もあえてそれにならうことにした。今回は初めての実戦だ――小さなことでも、呼吸を合わせておいた方がいいだろう。


「あぁ、久しぶりだな――分身おれ


 その返答を聞いて、彼は心底嬉しそうに笑ってみせた。

 あたかも、竹馬の友との再会を喜ぶように。


 だが、そんな現実を最も受け入れられないのは、馬上でこちらを見る女だった。

 彼女は忌々しげに顔を歪め、改めてこう問いかけてくる。



「……貴様は、何者だ」――と。



 俺たちは、顔を見合わせた。すると自然に、笑いが込み上げてくる。

 やはり、さすがは俺の分身だった。俺の考えていることは、全部分かっている。


 ――さぁ。だったら、答えてやろう。


「「別に、大した者じゃないさ。ただ、ちょっとだけ――」」


 声は、勝手に重なった。

 地に突き立てた剣を挟んで、対称になって構える。

 そして、俺たちから【家族】を奪おうとした女を睨み上げながら、こう言った。




「「――【家族】想いで、【スライム】な【魔王】だよ」」――と。





 ――俺たちの初陣は、この一言から。

   守るための戦いはそう、ここから始まる。

   俺にとって初めての【家族】を守る、その戦いが――


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