第四話 【分裂】――じゃない?



 ――その感覚は久しぶりだった。

 微睡みの中を歩いているような。

 まるで、そう。夢の中を歩いているようだった――


「お目覚めに、なりましたか――スライ様?」

「あ、あぁ……フーコ、か」


 目を覚ますと、俺は玉座に腰かけていた。

 手足、身体つきを確認すれば、それは【魔王】としての俺の姿。

 一瞬、何が起こっているのか分からくなった。だが、目前で片膝をつくフーコが、すぐにそのことについて説明をしてくれる。


「突然にお呼びたてして申し訳ございません。分身はそのままに、意識のみをこちらに転移させていただきました。あちらのスライ様は、現在休眠中、となっていると思われます」


 スラスラ、と。

 そう言葉を重ねる彼女を、俺は若干の夢見心地で見つめていた。

 いまだ判然としない思考の中でも、どうにか状況を把握する。つまりは、最初の時と同じということだ。ただ単に、俺の意識だけが【魔王】としての身体に引き戻されただけ。


 なるほど、意識を失っているとは休眠中と表現してもいいと、そう思った。

 だが、そうなると今は――


「――これは、夢。そう考えてもいいわけか?」


 俺は冗談めかして、そうフーコに尋ねてみる。

 すると存外、彼女は真剣に考え込んでこう答えた。


「……そう、ですね。存在の主体として、スライ様が【人間】としての身体をそれに置くとすれば、そうなるのかもしれません」


 ……物凄く、小難しい返答。

 俺は思わず苦笑する。すると、それに対してキョトンと、小首を傾げたフーコ。

 どうやら、こちらが笑った理由を理解できていないのかもしれない。――まぁ、それはいいとして、だ。話を前に進めるとしよう。俺は頬杖をつきながら続けてこう尋ねた。


「それで、どうして俺のことを呼び戻したんだ?」

「はい。そのことについてなのですが、スライ様の【分裂】に、ワタシの【能力スキル】を応用できないか、と思いまして」

「俺の【分裂】に、フーコの【能力】を……?」

「はい、そうです」


 フーコは俺に一つうなずいて、またもやホワイトボードを取り出した。

 そして、以前と変わらぬ愛らしいイラストで説明を始める。


「現状――スライ様の【分裂】は、不完全なままの【分裂】です。本来【スライム】の【分裂】では、【分裂】した個体にある一定の固有の意思が宿ります。ですが以前、ワタシが【転移】を用いるまで、スライ様の分身にはそれがありませんでした」

「うっ、まぁ、そうだったな……」


 何か、フーコが【スライム】時代の族長に見えてきた。

 たしかに、俺の【分裂】は【スライム】の時代から不完全なモノだった。【分裂】した後に分身が、自立しない。本来であれば【合体】するまでの間は、任意で勝手に行動するのが【スライム】の【分裂】だ。それが出来ないのは、単純に【魔力】が足りていなからだと思っていたが、それは前回で間違いであると決まった。


 そこまで考えていると、なんだか凹んできた。

 そして、そんな俺に――


「――ハッキリと言います。スライ様の【分裂】は、根本的に間違っています」

「うぐっ……」


 フーコは淡々とした口調で、トドメを刺してきた!

 俺は思わずうめく。頭を抱えてうつむくが、しかし彼女は気にせずにこう続けた。


「【能力】の構造理解自体から勘違いをしているのです。本来の【分裂】とは100あるとする【魔力】を50ずつに分けるものです。しかしスライ様はおそらく、『完全な個』をゼロから創ろうとしている。それでは【分裂】の枠を超えています――【創造】の域です。そのような離れ業、おそらくは先代の【魔王】様でさえ、可能かどうか……」

「なんか、ごめんなさ――」

「――違います! 謝ることではありません!!」

「えっ……?」


 てっきり怒られているものだと、昔を思い出して謝ろうとした俺。

 だがそれを、フーコはいつにない大声で制した。そして、やはりいつになく興奮した風に語る。

 

「むしろ誇るべき偉業です! スライ様は不完全ながらも、【創造】の一部を成功させているのですから! それも、【分裂】と大差ない【魔力】消費量で!」

「えっと……? つまり――」

「――スライ様は、『神の領域』に踏み込んでいた、ということです!」

「マジ、か……?」

「マジ、です!!」


 俺が疑惑の目を向けると、力強くフーコがそう断言した。

 えっと、要するに俺は何やら凄いことを成し遂げようとしかけていたらしい。まぁ、それも驚きなのだが、俺にとってはフーコがここまで熱を込めて話す姿なんて想像していなかった。だから、そっちの方が意外で、正直リアクションに困ってしまう。


 だが、そこで一度クールダウンということか。

 フーコは一つ、大きく息をついた。


「しかし、現状では名付けようもないので便宜上【分裂】として扱います」

「お、おう……分かりました」


 俺はその緩急について行けず、とりあえず玉座に正座した。

 そうして、フーコ先生の講義は続く。


「そこで、なのですが――スライ様には通常の【分裂】を覚えていただくと同時に【転移】の基礎、【操作】を覚えていただきたいと思います」

「【操作】――?」

「えぇ、そうです」


 俺が首を傾げると案の定、彼女は説明を始めた。

 ここまでで分かったことなのだが、おそらくフーコは【能力】理論ヲタクだ。以前、と言っても一度会ったっきりだから何だけど少なくとも、だ。前よりも明らかに声のトーンは高い。

 まぁ、そんな一面を見れて俺としては少し嬉しかったりもするのだけれど。


 そんな彼女は、またもホワイトボードに図を描いて話し始めた。


「【操作】とは、その名の通り物を動かす【能力】です。現状のスライ様の【分裂】は――」

「――なるほど。そうか……意思が宿ってないから、物、なんだな」

「その通りです」


 説明を遮って、俺が思いついたことを答える。

 するとフーコはこちらを見て、小さくうなずいた。そして――


「――ですので、習得の難度に対してスライ様の【分裂】とは相性の良い【能力】かと」


 そう、最後に結論付ける。

 俺としても十分納得のできる講義だった。出来るのなら、今後のためにも力を付けておくにこしたことはないだろう。ともすれば、当面の問題としてはいつやるかだったが、それについてはフーコがさらりとこう言う。

 フードに隠れて見えはしないが、彼女の口元がにやり、歪んだような気がした。


「それでは、今晩から――毎晩やっていきましょう」

「……え? 毎晩」

「はい、そうです」


 ……えっと。ということは、だ。

 俺は日中に【人間】について学ぶと共に、睡眠中は【能力】の鍛錬、と。

 それってつまり、常時活動中、ということと変わらないのではないだろうか?


「スライ様? ワタシ、一つ決めたことがあるのです」

「決めたこと?」


 俺がにわかに冷や汗をかき始めたその時。

 フーコが、こちらに歩み寄りつつそんなことを言った。

 そして、俺の顔を覗き込むように、心底嬉しそうに笑う。そのように見えた。


「ワタシが、スライ様の【能力】を育て上げます。先代の【魔王】様がワタシにそうして下さったように、ワタシがアナタを強い【魔王】にしてさしあげます」

「…………お手柔らかに、お願いします」

「それは、無理な相談です」

「無理ですか」

「無理ですね」

「…………」


 【魔王】の身体の俺と比べると、とても小さなフーコ。しかし今ばかりは、小柄なその存在が、こちらよりもはるかに大きな存在に感じられた。


 鬼教官、ここに現る。

 有無を言わせぬその雰囲気は、その言葉が正しいように思われた。

 俺は苦笑いをしつつ、頬を掻いて思う。――これは、ヤバいぞと。



 ――そんな夢のようなひと時。

 しかし、俺にはこれからの自身を憂うしかできない。

 そんな、小さな悪夢にも似た夢のひと時であった――

 

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