44 エピローグ

 青空の下、私は切り株の上に座って針と糸に悪戦苦闘していた。


 朝から始めたのにもうお昼だ。相手は手強くて、何度も針でケガをしたんだけど、あとすこしで終わりそうだ。

 そして私はついに最後の糸を通し終え、額についた汗を拭った。


「これでよし……っと!」


 腕の中には、すっかりキレイになった私のぬいぐるみ。


 初めて裁縫に挑戦してみたけど、我ながらよくできている。

 これもママが本の中に残してくれた「裁縫のしかた」のおかげかな。


 しかも元通りにするだけじゃなくて、別で作ったミニサイズの木剣と弓矢を持たせ、眼帯も付けたんだ。

 これでさらに私にソックリになった。


 しかもしかも、それだけじゃなくて、直すついでにぬいぐるみの中にゴーレムコアを入れたんだよね。だからこれは私にとって、初めて作ったゴーレムでもある。

 コアは誕生日プレゼントの宝箱の中にあったやつで、せっかくだから入れてみたんだ。


 ふふ、初めてのぬいぐるみにしても、初めてのゴーレムにしても上出来だ。

 まぁガワはもともとナオヨちゃんが作ったものだし、コアもママが作ったものだけど、それを合わせたのは私だから、もう自分の手柄にしちゃってもいいよね。


 私は嬉しさのあまり出来たてのぬいぐるみを持ち上げ、高い高いしながらぐるぐる回ってアハハハと大笑いする。


 すると、近くの岩の上で箱座りをしていたリコリヌの背中が、ちょうど目に入った。

 天気のいい日はいつもここで日向ぼっこをしてるんだ。


「どうよリコリヌ、私が作ったぬいぐるみゴーレムは!?」


 私は両手でぬいぐるみを突き出して、じゃじゃんと見せつける。

 でもリコリヌはこちらを向こうともせず、尻尾だけ振り返してきた。


「……まったく、猫のときのあなたって、本当に冷めてるわねぇ。まあいいや、起こすから手伝ってよ」


 起こすというのは、魔法でゴーレムに生命を吹き込むことだ。


 ほらほら早く、と急かすとリコリヌは、黒い身体をナメクジのようにのそーっと起こした。

 ゆーっくりと伸びをしたあと、ぴょんと跳ねて岩を飛び降り、さらにもういちど跳ねて私の腕に飛び込んでくる。


 お日様をいっぱい浴びたリコリヌはいつもよりふっくらしてて、干したての布団みたいなニオイがした。

 私はヌクヌクの手を取り、本に書いてあった「ゴーレムに生命を吹き込む呪文」を唱える。


 右腕にはリコリヌ、左腕にはぬいぐるみで、ちょっとやりづらい。

 起こす呪文も長いので大変だったけど、一発で成功した。


 印を吸い込んだぬいぐるみの身体が、もぞもぞと蠢くように動きはじめる。


「よしっ、大成功っ!」


 私は軽くガッツポーズをした。


「じゃあ、さっそくだけど……あなたの名前はルクシー、ルクシークエルよ!」


 借りてきた猫が増えたみたいに大人しかった、ぬいぐるみのルクシー。

 でも名前を聞いた途端、私の腕から飛び出していきそうなほどの勢いで片手を挙げた。


 危うく落としちゃいそうになっちゃったけど、ギリギリで手を添えて抱きとめる。

 あふれんばかりの元気さが吹き込まれて、ますます私に近づいたようだ。


「うむ、元気でよろしい! それに強そうだし、ルクシーをこの家を守る勇者にしてもよさそうだね!」


 勇者という言葉に反応して、バンザイして喜ぶミニルクシー。

 私はまるで妹ができたみたいな気分になって、ほっこりしてしまった。


 ひと仕事終えたリコリヌを離してあげてから、私はルクシーを抱っこしたまま地下へと向かう。


「いい? ルクシー、この赤いハンドルを回すとおもーい石の壁が閉まって、逆に回すと開くからね。あ、あなたの背だと届かないか……じゃ、椅子を置いておくね」


 私はメインルームにある丸テーブルから椅子を引きずってきて、入口のハンドルの前に置いた。


「この椅子を踏み台にして、赤いハンドルを回してね。壁が閉まったら、あとは何があっても開けちゃダメだよ。ずっとこの地下を守ってほしいの。もしかしたらネズミとか出てくるかもしれないけど、その時は剣と弓で追い払ってね。あとはあなたの名前……ルクシーか、ルクシークエルと呼ばれたときだけ、この壁を開けて。それは私の声じゃなくても開けてあげてね」


 ミニルクシーは私の顔を見ながらフンフンと頷いている。


 表情は変わらないけど、瞳がわりのスカイブルーのボタンは好奇心にあふれているようで、なんだかキラキラ輝いているように見えた。

 もしかしたら私の小さい頃もこんなだったのかな、と思ってしまう。


「私とリコリヌはちょっと留守にするけど、必ず帰ってくるからね。そのときはふたりほど増えてるかもしれないけど、でも最高の人たちだから、きっと私と同じくらいあなたのことを可愛がってくれると思う」


 私は最後に「じゃあ留守番、お願いね」と言って命令を締める。

 その途端、ルクシーは待てを解かれた犬みたいに、私の腕から飛び出していった。


 かなり複雑な命令だったから通じてるか不安だったけど、さっそく椅子に飛び乗り、船の操舵輪で遊ぶ子供のようにハンドルをグルグルと回しはじめた。


 石壁が閉まりだしたので、私は外に出てから続きを見守る。

 それは、がんばって這う亀のような遅さだったけど、確実に進んでいき、やがて甲羅のようにしっかりと、地下はその口を完全に閉じた。


 この石壁は外側からは開けられないから、たとえモンスターが攻めてきても地下は安全なはず。念のため開けられないか挑戦してみたけど、びくともしなかった。

 これならもう安心だろう、と階段をあがって外に出ると、犬のリコリヌが待ち構えていた。


 昨日から準備していた、いつもよりも重い鞍リュックをすでに自分から背負っていて、私のリュックも口に咥えて持ってきてくれていた。

 早く行こうよ、とせがむ瞳でこっちを見ている。


 私は「おまたせ!」と駆け寄ってリュックを受け取りつつ、鞍のついた背中に跨った。


「よぉーし、じゃあいこっか!」


 待ちきれなかったのか、かけ声の途中で走り出すリコリヌ。


 ふたりで橋に向かっていると、日課の見回りに向かおうとするアインの四角くて大きな背中が見える。


「アイン、ちょっと出かけてくる! ルクシーと一緒に留守番お願いねー!」


 追い越しながら手を振ると、アインは歩みのペースは変えずに手を挙げ見送ってくれた。


「目指すは北だよっ、リコリヌ!」


 分かれ道の前あたりでサセットバの村とは逆の方角を示すと、リコリヌは踏ん張った四つ足で地面を滑りながら、北へと向きを変える。


「よぉーし、パパとママを探す旅に……しゅっぱぁーつ!」


 次なる合図とともに、リコリヌの足の爪は地面をガッチリと捉え、投石機から撃ち出されたような勢いでかっ飛んだ。

 身体が置いてかれそうな急発進だったけど、もう慣れているのでのけぞらない。


 目の前には、黄金のススキの海原を突き抜ける、大きな一本道が広がっていた。

 それは緩やかな坂道になっていて、地平線の向こうまで、どこまでもどこまでも続いている。


 空にくっつくほどまっすぐで、まるで天から降りてきたベールのような道。

 一気に駆け上がると、空に昇っているような気分になった。


 そう、私は決めたんだ。

 たとえ雲の上にいたって探し出してやるって。

 パパとママを見つけるまで、地の果てでも海の底でも、空の果てだって行ってやるって。


 黒き嵐を止められなかったからって何だってんだ。そんなのでパパとママがいなくなるもんか。

 私を生んで育ててくれたパパとママが、あんなかぜなんかに負けるわけがない。


 もしかしたらどこかで困ってるかもしれないから、私とリコリヌで助けに行くんだ。


 パパとママからもらった剣があれば、たとえ最強ドラゴンが出たって倒してやる。

 そして絵本の勇者みたいに肉を食べて、もっともっと強くなってやるんだ。


 絶対にあきらめない。あきらめてたまるか。次に家に帰るときは家族揃ってだ。

 絶対に、みんなで一緒に帰るんだ……!


 決意とともに空を仰ぎ見ると、パパとママの顔が浮かんでいた。

 見守ってくれるようなその笑顔に届くように、めいっぱいの声で叫ぶ。


 私が勇者になったときに……ふたりに言うつもりだった言葉を。


「パパっ! ママっ! いってきまぁーすっ!」

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ラストスタンディング・ガール 佐藤謙羊 @Humble_Sheep

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