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 ルクシークエル、九歳のお誕生日おめでとう。


 この手紙を読んでいるということは、パパとママはまだあなたにお留守番させているということですね。

 次の戦いは長くなるかもしれないので、ふたりで相談して、地下室にこっそりと仕掛けをしておきました。


 この仕掛けはあなたのお誕生日、あなたの生まれた時間に発動したはずです。

 もしかしたら夕食のキーブを取りに来たときに見てくれたかな?


 あなたは夕方、燃えるような赤い夕暮れのなか、それに負けないくらい赤い髪と、青空のような澄んだ瞳を持ってパパとママの元に来てくれました。

 もう聞き飽きたかもしれないけど、赤ん坊の頃のあなたはとっても身体が弱くて、一歳のお誕生日が迎えられないと言われていました。


 でもパパが一生懸命がんばってくれて、あなたが生きられるようにと、いろんな薬や秘宝を探してきてくれました。

 そのおかげで、あなたは他の子に比べると少し身体は小さかったけれど、誰よりも元気に育ってくれました。


 そして一回目のお誕生日どころか、こうして九回目のお誕生日を迎えてくれて、とっても嬉しいです。

 本当なら、そんな大切な日はあなたの側にずっといて、みんなでお祝いしてあげたかったのに、こんな形でのお祝いになったことを許してください。


 かわりにお祝いは奮発しました。


 まずお料理として、あなたが大好きなビーフスープのキーブ。

 ずっとビーフだけのスープが食べたいと言っていたので、今日のために特別に腕を振るって、ビーフだけのスープ作りました。


 でも、ちゃんとお野菜も食べないとだめよ。


 あと、クラッグは普通のやつと、ケーキのかわりというわけではないけど、甘いクラッグがあるので食べてください。

 飲み物はスパークリングジュース、デザートはチョコレートです。


 それとプレゼントは、あなたがずっと欲しがっていた本物の剣です。

 パパが打って、ママが魔力をこめた、どこにも売っていない世界でただひとつの剣よ。


 本当はあなたが十歳になったらあげるつもりのものだったけど、特別にちょっと早くプレゼントしちゃいます。

 せっかくだから、とパパが張り切って、絵本に出てくる勇者の剣みたいに、森の中の岩に刺さっているような飾り付けをしてくれたの。気に入ってくれると嬉しいです。


 まわりにある小さな宝箱は飾り付けでもあるんだけど、中にいろいろ入っているのでお楽しみで開けてみてね。


 そしてこれはお誕生日とはあんまり関係ないんだけど、パパとママのことを知らせておきます。


 パパとママは出かけるときに、留守にするのはこれで最後だと言いましたよね。

 本当はこの手紙をあなたが見つける前にお家に帰りたかったのですが、まだ帰れていないということは、あなたはきっとパパとママのことを心配していると思うので、きちんと教えておこうと思います。


 世界はかつてない危機を迎えていて、悪い魔法使いたちがモンスターと一緒になって人間を滅ぼそうとしているらしく、王様からそれを止めるようお願いされてパパとママは旅に出ました。


 敵は「黒き嵐アスワドラ・テュエラ」という失われた秘術を使おうとしています。

 これは人間だけを飲み込み、人間が住んでいる所だけを壊すという大きな黒い嵐を出して、世界中を飲み込んでしまうという、とってもこわい術です。


 秘術が使われてしまったら、私たち人間はすべて消え去り、世界はモンスターだけになってしまいます。パパとママはそうならないために戦っているのです。


 本当に世界が危ないので、いつもより大変な旅になりそうです。

 ちょっとだけ長くあなたを待たせちゃうかもしれないけど、パパとママはきっとあなたの元に帰ってくるので、もうちょっとだけいい子で待っていてね。


 最後にお誕生日、本当におめでとう。

 あなたは将来、勇者になりたいと言っていましたね。


 私が勇者になって、パパとママに留守番してもらうんだ、って。

 いつもあなたが言ってくれている「いってらっしゃい」と「おかえりなさい」をパパとママに言ってもらうんだ、って。


 でも、あなたが勇者になんてならなくても、パパとママはあなたが元気に育ってくれるだけでじゅうぶん嬉しいです。

 王様がくれる豪華なご褒美よりも、世界中の人から受ける盛大な祝福よりも、あなたが家にいて笑顔で「おかえりなさい」って迎えてくれるほうが、パパとママにとってはずっとずっと幸せです。


 あなたがいつまでも元気で、そして笑顔でいられることを祈り、見守っています。


 大好きなルクシークエルへ

 あなたを誰よりも愛しているパパとママより



追伸

 仕掛けたクラッカーはちょっと多かったかもしれません。

 パパはこのくらい派手じゃないと、と言っていたけれど、ビックリさせちゃってたらごめんなさいね。



 ……私は、涙を止められなかった。


 悔し涙をいっぱい流して、もう枯れたと思っていたのに、頬がびちょびちょになっていた。

 さんざん喚いて、声も枯れてしまったはずなのに、息を振り絞って、ぐわんぐわんと大声を轟かせていた。


 突き上げるような、押し潰されるような、わけのわからない衝動に耐えられなくなって、天地がひっくり返ったみたいに床を転げ回った。

 ひとりになって感じた、いろんな苦しみや悲しみ、孤独や寂しさがいっぺんにこみ上げてきた。


 全てを嗚咽にして吐き出し、涙で押し流すように、私はいつまでもいつまでも泣き続けた。

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