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私は弟を抱きかかえて立ち上がると、アインに向かって作戦開始を呼びかける。
「いくよ、アイン! まっすぐ百メートル進んで、着いたらそこを守って!」
アイアンゴーレムはその声に反応するようにギシッと軋み、錆びた機械のような動きでゆっくりと動き出す。
力強く振り上げた足で地をズシンと踏みしめると、身体を覆っていた葉っぱが爆発したように剥がれ散る。
まわりの草木が波紋を受けたように揺れ、鳥たちが飛び立っていった。
歩みはじめた鉄の巨人は、言われた通りに前に進んでいく。植え込みを踏み潰し、木を引っこ抜く勢いで押しのける。
まっすぐと言われたのでよけることは一切しない。
本当に最短距離で、ゼングロウの森から草原へと出た。そのまま進めば、私の狙いどおりに家の跡地に着く。
アインはその姿を森の中から現したばかりだったけど、大きさと足音ですぐにゴブリンたちの目を引きつけていた。
まず見張りが騒ぎ出し、聞きつけた仲間が地下室から飛び出しくる。
アインのまわりにはあっという間にゴブリンだかりができた。
街にサンタがやって来たみたいになっている。
輪になったゴブリンたちは、プレゼントを求める子供みたいにギャアギャアと大騒ぎしてたけど、アインは物乞いの子供にたかられてるみたいに全く相手にしていない。完全に無視して歩き続けている。
大きな足で押しのけられたゴブリンが尻もちをつき、ギャーッとヒステリックな悲鳴をあげた。
触発された他の仲間たちが、さらにがなり立てる。
それでもアインはマイペースで進んでいたので、ゴブリンたちは自分たちのナワバリを荒らされたと思ったのか、とうとう腰にぶらさげていた武器を抜いた。
サビて刃こぼれしている包丁を手に手に襲い掛かるゴブリンたち。
切れ味の悪そうな切っ先がスネのあたりをカンと小突いた瞬間、アインは足を蹴り上げるようにして振り払った。
「ギャアッ!?」
それは軽くやったように見えたけど、蹴られたゴブリンは紙屑のように吹っ飛んだ。
ここにきてついに、アインは足を止める。
ギギギと身体を鳴らしながらゆっくりと前傾姿勢になり、両腕を胸の高さまであげる、独特のファイティングポーズをとった。
命令には無いけど、ジャマしてくるものはやっつける。これを「専守防衛」というらしい。
ゴーレムが唯一許された本能だって本に書いてあった。それが目覚めたゴーレムはデク人形から戦闘兵器に変わるんだって。
まるでゾウが前足を高くあげるみたいに、振りかぶられる鉄の両腕。
ゆっくりと挙げられたそれは、私が瞬きした瞬間に足元に打ち下ろされていた。
信じられない速さの右の一撃は、まるで蚊を叩いたみたいにあっさりとゴブリンたちを潰す。
グシャッという音とともに土煙があがり、破裂した水風船のような勢いで真っ赤な血があたり一面に飛び散った。
残った左の拳がさらに打ち込まれると、地面が沈み、血しぶきが泉のように吹き出す。
たった二回の攻撃だったけど、ゴブリンたちの数は半分に減っていた。
アインは反撃も受けていたけど、鉄の表皮は軽い引っかきキズがついているだけだった。
たとえその傷が十倍に増えたとしても、ゴーレムは痛みを感じないのでへっちゃらだろう。
ゴーレムにダメージを与えるにはもっと強い力で壊すか、力の源であるゴーレムコアを攻撃するしかない。
一匹のゴブリンがそのことに気付いたのか、アインの背中に回り込んだ。首筋のあたりに木の覆いがあるのを見つけ、ノッペリした背中をよじ登ろうとする。
私はその瞬間を見逃さなかった。
「ゴーッ! リコリヌ!」
小さな背中をポンと叩いて促す。ほぼ同時に、リコリヌは私の胸を蹴っていた。
クロスボウの矢弾のように発射され、森から飛び出していく。
これはリコリヌが、もっとも速く最高速に達することができるスタートダッシュの方法。この作戦のために考えて、特訓したんだ。
リコリヌが胸を蹴ったときに、私が後ろに動いてしまうと勢いがなくなるので、蹴る瞬間だけはフンッって踏ん張らなきゃいけないのがちょっと難しい。
でも、苦労した甲斐はあったようだ。
リコリヌは片手の指で数えても余るくらいのわずかな間に、アインの背中にいたゴブリンの首筋に食らいついていた。
噛まれたゴブリンはギャーッと悲鳴をあげて、アインの背中から剥がれ落ちる。
別のゴブリンたちが襲ってきたけど、リコリヌは黒い風のようにゴブリンたちの股下をするするとくぐり抜けて、追撃をかわしきった。そのまま距離をとる。
「よし、いいぞ、その調子でお願いね」
私は仲間たちの活躍を見守りつつ、こっそりと移動を開始する。
ゴブリンたちの目に付かないように草原を回り込んで、地下室の階段がよく見える植え込みまで移動した。
ゴブリンは次から次へと地下室から出てくる。そんな小さい箱にどんだけ入ってるの、と言いたくなる手品みたいに次々と飛び出してきていた。
家の跡地はもう大乱戦になっていて、つい加勢したくなったけど、それをやっちゃったら作戦が台無しだとこらえる。
しばらく待っていると地下から新手が出てこなくなったので、やっと品切れになったか、と私は役割を開始する。
低い姿勢で植え込みから飛び出し、地下への階段を一気に駆け降りる。
開けっ放しの扉の向こうに見えるメインルームには、敵の気配はなさそうだ。
勢いを殺さずに室内に踊り込むと、自然と目が見開いてしまう。
ここは奈落のゴミ捨て場かと錯覚してしまうほどに、ひどい有様だった。
まずニオイだ。私がここで死にかけたときよりずっとひどい。
鼻が曲がるのを通り越して目がシバシバする。まるで世界中の臭いものを集めて漬け込んだみたい。
その毒ガスに負けないほど、散らかりようもひどい。壁じゅうへんな液体がへばりついてるし、床は足の踏み場もないほどゴミや食べ残しが散乱している。
棚の中身も全部引きずり出されていて、散らかり放題だ。
くっ……! こんなに、メチャクチャにして……!
私たちの家なのに……! よくも……よくも……よくもぉっ!
怒りの導火線が一気に燃え進んだけど、爆発寸前のところで頭をブンブン振り払って掻き消す。
今は感情に流されてる場合じゃない、やることをやらないと。
私は気を取り直して床にしゃがみこんだ。
ゴミをかき分けながら、必要なものを次々とリュックに放りこむ。
これは絶対に忘れちゃダメだ、と落ちていた真写立てを拾いあげる。
木のフレームに入れられた家族の真写は、ズタズタに切り裂かれていた。歯を食いしばってリュックの中に入れる。
他にはなにか持っていくものは……そうだ、斧とナタだ。
あのふたつがあれば薪が作れる。
私は立ち上がり、メインルームの奥に向かって走った。
しかし、倉庫に駆け込んだ瞬間、目が爆発したみたいな激しい衝撃に襲われる。
なんていうか、森で馬に乗ってる時によそ見しちゃって、屈まないと通れない倒木に顔面を思い切りぶつけたみたいだった。
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