35
ぬくい風に揺れる、色とりどりの花たち。
その真ん中で横座りするエプロンドレス姿のナオヨちゃんは、花の妖精みたいで可愛かった。
花に話しかけながら、まるで花たちも協力してるみたいなスムーズさで、手品みたいにあっという間に花で冠を作っちゃうんだ。
ナオヨちゃんは手際よく二個目の輪っかを作りあげると、お座りしているリコリヌの頭に乗せた。
やさしい彼女はまず私に花冠を作ってくれて、次にリコリヌにも作ってくれるんだ。
私は今日こそお返しをするつもりで、ナオヨちゃんの前であぐらをかきながら花を編んでいた。
でも思ったよりも難しくて、悪戦苦闘してたんだ。
はまらないパズルのピースを力ずくではめるみたいにして、無理矢理に花どうしを縛っていた私に向かって、ナオヨちゃんはおっとり言った。
「……いいなぁ、ルクシーちゃんは」
「え? 何がいいの?」
私は花と格闘する手を緩めずに返事をする。
肩のあたりに蝶が飛んできてジャマだったのでイライラしながら追い払うと、蝶はナオヨちゃんの胸に止まった。
ナオヨちゃんは払いのけもせずに、ふふ、と微笑んだ。
でもすぐにまた表情を曇らせる。
「ルクシーちゃんは、この村の人たちみんなと仲良しで、うらやましいなと思って」
「へっ、ナオヨちゃんは違うの? あ、もしかしてまたいじめてるヤツがいるんだね? 誰? 私がぶっ飛ばしてあげる」
いま手を離したら大変なことになりそうだったので、私は編む手を止めずに聞き返す。
「ううん、そうじゃないの。私は街からこの村に越してきたんだけど……この村の人とはまだ誰ともまともにお話したことがないの」
ナオヨちゃんがいきなり信じられないことを言いだしたので、私は「ええっ、なんでっ!?」と思わず手を止めてしまう。
その瞬間、作りかけの花冠は、私の手の中でボロボロと解けてしまった。
「みんながよそ者を見るみたいな目で見てきて、なんだか怖くて……それに、知らない人と話すのって、なんだか恥ずかしいし……」
ナオヨちゃんはもじもじと指を絡めながら頬を染める。
彼女は村の人たちとはなんか違う雰囲気がして、まるでお姫様みたいだなぁと思ってたんだけど、それは都会から来たからだったのか……。
でもなんでそんなどうでもいいことを気にしてるんだろう?
よそから来たんだからよそ者なのは当たり前なんだから、ガンガン話しかけていけばいいのに。
「そうなんだ……でもナオヨちゃん、名前のわからない花でも親しげに話しかけてるじゃない。そんな感じでお話しすればいいのに」
私の言葉にナオヨちゃんはさらに照れて、穴があったら飛び込んでいきそうなほどにうつむいてしまった。
ツヤのある黒髪と眼鏡のツルが掛かった耳を、茹でたみたいに真っ赤にしている。
「き、聞いてたのね……で、でも、無理だよぉ、お花と人は違うもん」
「えーっ、そんなことないよぉ。ナオヨちゃんが教えてくれたんじゃない、お花に話しかけてるとキレイに咲くって、それは人もおんなじだよ!」
私はほどけた花をパアッとばら撒いて立ち上がる。
続いてリコリヌも尻尾を振りながら腰を上げた。
「よぉーし、じゃ、村のみんなと話の花を咲かせにいこう!」
思い立ったらすぐにやるタイプの私は、ナオヨちゃんの手を引っ張りながら誘う。
ナオヨちゃんはうなじまで真っ赤っ赤にして、ムリムリムリムリと三つ編みが渦を巻くほど顔をブンブン左右に振っている。
でも私は右手、リコリヌが左手を引き続けて、かなり強引に村の人たちの所に連れて行ったんだ。
……あの時のナオヨちゃん、しどろもどろだったなぁ……でもおかげで村の人たちとも話せるようになったんだよね。
私はホンワカした思い出に浸りつつ歩いていったんだけど、たどり着いた花畑は見る影もなく荒れ果てていた。
いろんな種類の花が縞模様に咲き乱れ、いつ来ても虹の上みたいな楽園だったのに……今は地獄の炎に焼かれたような、黒い枯草で埋め尽くされていた。
そこだけずっと夜みたいな暗い空間が広がっている。
無事ではないだろうと予想してたけど、思ってたよりずっとひどい有様だった。目の前まで真っ暗になった気分だ。
あんなにキレイだったのが、こんなに醜くなっちゃうなんて……これもあの夜の嵐のせいなんだろうか……。
廃油の湖みたいな地面に、干からびた草がどんよりとたなびく畑。
ちょっとだけ足を踏み入れてみると、なぜか口の中に焦げたものを突っ込まれたみたいに苦いものが広がる。リコリヌもカメムシを鼻に乗せたみたいなしかめっ面をしていた。
胸がムカムカして思わず吐きそうになっちゃったけど、ガマンしながら分け入る。
いつも私たちが座っていた真ん中のあたりまで行くと、ぬいぐるみがひとつ、ポツンと落ちているのを見つけた。
それは私の腰の高さくらいまである大きなぬいぐるみで、真っ赤な毛糸で作った髪を、小さな金色のリボンでまとめていた。
半袖シャツとショートパンツの服を着てて……ってこれ私? と途中でふと気づく。
今の私と全く同じ格好をしている。
なぜこんなのがこんな所にあるのか……考えられる事としてはひとつ、ナオヨちゃんだ。
裁縫が得意なナオヨちゃんは、よく自作のぬいぐるみとかを私に見せてくれた。
きっとこれもナオヨちゃんが作ったんだろう。
私によく似たぬいぐるみは、私が死にかけたときみたいにすっかり汚れきっていて、ところどころ破けて中の綿がはみ出していた。
さすがにこのままにしておくのは嫌だったので、連れて帰ることにする。
知らないぬいぐるみだったら放っておくんだけど、ナオヨちゃんが作ったものであるなら別だ。
しかも私ソックリならなおさらのこと。
裁縫はやったことないけど、道具なら地下室の棚で見かけた気がするので、帰ったら直してみよっと。
私はその後、念のためもう一度だけ村を見て回ったんだけど、特に何も見つけられなかった。
するべきことは終えたので、家に帰ることにした。
ちょっと名残惜しかったけど、ここにずっといてもしょうがない。また日を置いて様子を見に来てみよう。
リコリヌに跨った私は夕暮れを背に、巨人みたいに長く伸びた影を追いかけるようにして、ひたすら長い道を戻った。
……誰かに会いたくて村に行ったのに、誰もいなかった。
まるでこの世界から人だけが消えてしまったみたいで、私だけがこの世界にひとり取り残されたような気分だった。
しかも思い出の場所まで荒らされて、悔しくてたまらないのに、この怒りをぶつける相手すらいない。
これからどうすればいいのかもわからなくって、私は只々やるせない気持ちでリコリヌの背中の上で揺られていた。
日が沈みきるより早く、私とリコリヌは家の近くにある橋にさしかかっていた。
朝、家を出るときは夜通しも覚悟してたんだけど、思ったより早く帰ってこられた。
少しホッとしていたら、家の手間にある小径のあたりでリコリヌがふと立ち止まった。
さっきまで駿馬のようだったのに、まるで獣であることを思い出したみたいに耳をピンと立て、前足を大きく開いて前かがみになっている。
あれ、急にどうしたんだろう?
後ろからだと、私を遊びに誘うときの仕草に見えるけど……微妙に違うような気がする。
「どうしたのリコリヌ、何か面白いものでも見つけたの?」
私は顔を覗き込んで、ギョッとなった。
リコリヌは眉間と鼻をくっつけんばかりの勢いで寄せていて、目のまわりに荒波みたいな怒り皺を刻んでいた。剥いた歯の隙間からは絞り出すようなグルグル声が漏れている。
それは縄張りを荒らされた狼みたいで、明らかに面白くないものを見つけた表情だった。
相棒の顔からただならぬ雰囲気を感じたので、私はハッと顔をあげた。
威嚇に加勢すべく、一緒の方向を睨みつける。
私たちの視線の先には、歪なシルエットを持つ人影がいくつもあって、かつての家を踏みにじるように踊っていた。
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