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 初めての冒険に興奮しているうちに、あっという間に道のりの半分まで来てしまったので、目印でもある大きな木の下で休憩することにした。

 いつも馬車で通りかかったときもこの木陰で、パパと一緒にひと休みするんだ。


「ここまで来ればあと半分くらいだよ」


 私はリュックからふたつ布袋を取り出し、お座りしているリコリヌの足元でひとつを広げる。

 中から出てきた砂の山は、グリソビの実を擦り潰したやつだ。


 リコリヌは私の顔と足元の粉を、ソワソワと交互に見ながらヨダレを垂らしはじめる。


 私が「よし」と言うとすぐさま屈んで、鼻が埋まるほどの勢いで粉山に食らいついた。

 そのガッつく姿を、育ち盛りの子供を見る親のような気持ちで見つめつつ、私は隣にあった切り株に腰掛けた。


 もうひとつの布袋からつまみ出した木の実を、口に放り込む。

 まだお昼にはちょっと早いけど、これが今日のお昼ゴハンだ。


 リュックの中には干したウサギ肉やターシケがあるんだけど、それはイザという時のためにとってある。

 勇者たるもの旅は計画的に、お腹が空いてるからってドカ食いするなんて勇者失格だ。


 私とリコリヌは必要最低限のゴハンでお腹を満たしたあと、水筒の水を分け合った。

 ふたりして同時に大きく伸びをしたあと、休憩を終えた。



 旅を再開し、サセットバに着いたのはお昼を少し過ぎた頃だった。


 村の入口あたりでリコリヌから降りて、中に入ってみる。

 入ってすぐの大通りには木の建物がいっぱい並んでるんだけど、どれも食べかけのミルフィーユみたいにボロボロに崩れていた。


 変わり果てた村の姿にさっそくショックを受けちゃったけど、これは出発前からわかっていたことだった。

 スペット爺さんの家がメチャクチャになっていたので、村もそうなっていてもおかしくないと思ってたんだ。


 でも不思議だったのは、村はしんと静まりかえっていて、人の姿がどこにもないことだった。


 スペット爺さんはいまだに行方知れずだけど、村には大勢の人がいるから誰かひとりくらいは残ってるだろうと思ってたのに……生きている人どころか、倒れている人の姿も見当たらなかった。


 その点については考えられることはひとつ。

 みんなでどこか別の場所にいるということだ。


 村じゅうの人たちで揃って避難でもしてるのかな……?

 でも嵐はだいぶ前に過ぎ去っているし、避難していたならもう戻ってきているはずだ。


 うーん、こうして考えててもわかんないから、とりあえず、家をまわってみようかな。

 歩きまわってたら誰かに会えるかもしれないし、ついでに瓦礫の中も探してみよう。

 何か役に立ちそうなものがあったら借りちゃおっと。


 まずは、村の入口近くにある酒場だ。

 この村でいちばん人の集まる場所で、パパはいつもここで家で飲むためのお酒を買っていた。私も一緒にスパークリングジュースを買ってもらっていた。


 ジュースがないかなぁと思って寄ってみたけど、今はもうお店ができないほど壊れていた。

 お酒の看板が突き刺さった瓦礫の山になっていたので、上に登って調べてみる。


 せめて食べ物でも落ちてればと思ったんだけど、酒樽や瓶、缶詰は全部持ち去られた後だった。

 食い荒らされた後の料理が腐ってひどいニオイになっていて、ハエがいっぱいたかっていた。


 瓦礫を乗り越えて、隣にあるパン屋さんにも行ってみる。

 パンはママが焼くのがいちばんなんだけど、ここのオレジさんが焼いてクレアさんが作るママレードエクレアがおいしくて、よくパパにねだって買ってもらってたんだ。


 エクレアがあったら最高で、せめてクラッグでも残ってればと思って探してみたんだけど、食い荒らされた残骸が散らばっているだけだった。


 その隣にあるクロースさんの果物屋さんも、キャロさんの八百屋さんも、ミルトさんの肉屋さんも、フィジーさんの魚屋さんも、食べられそうなものは残っていなかった。


 どこも犬食いしたような跡があるなと思ってたんだけど、瓦礫の上をよく調べてみたら足跡がいっぱい残っているのに気付いた。

 それは明らかに人のではなくて、動物の蹄みたいなのやトカゲの足跡みたいなのだった。


 人がいなくなったから、動物が来て食い荒らしてったのかな……。


 そのあと私はガッサーさんの雑貨屋さんに寄った。

 でもやはり、使えそうなものは持ち去られた後だった。


 もう何も残ってなさそうだったけど、潰れた棚のニオイを嗅いでいたリコリヌが、ここに何かあるよと教えてくれた。

 鼻先が当っていたところをよく調べてみると、割れた棚戸の隙間からキラリと光るものを見つけた。


 戸を割って引っ張り出すと、それは伸び縮みする単眼鏡だった。

 これはかなり役に立つかも、と思ったので借りておくことにした。


 私は雑貨屋さんを出た所で、村の大通りにある店をひととおり見終えてしまったことに気付く。


 けっきょく、誰とも会えなかった……でも、まだまだ、ガッカリするにはまだ早い。

 次はみんなの家のほうを調べてみよう。


 大通りの両隣には、住む家が並ぶ通りがあるので、今度はそこに足を向ける。


 村長のトルバさんの家、パパと仲がいいダドさんの家、ママと仲がいいマームさんの家、ガキ大将のゴリアの家、その子分のオットー、ノベン、マルツ、マッジの家、女の子グループのリーダー、ルーリの家、その取り巻きのアコス、セッテン、フラッブ、ジェンナの家。


 みんなの家を回ってみたんだけど……擦り潰す途中のグリソビの実みたいな瓦礫があるだけだった。


 立ち並ぶ家たちから少し離れた所に見える、大きな家はナオヨちゃん家だ。

 ナオヨちゃんは私のいちばんの友達で、長い黒髪を三つ編みにした眼鏡の女の子。


 おしとやかで大人しくて、本と裁縫が好きという、私とは真逆の性格。

 私より年上なんだけど気が弱くて、花畑でゴリアたちにいじめられてた所を助けてあげたのがキッカケで仲良しになったんだ。


 私はナオヨちゃんより身体は小さいけど、ケンカは強い。

 いや、ナオヨちゃんとはケンカしたことないけど、襲いかかってきたいじめっ子たちは全員泣くまでボコボコにして、返り討ちにしてやった。

 それからいじめっ子たちとも仲良くさせて、いじめもなくなったんだ。


 最後の望みをかけて向かったナオヨちゃんの家。この村ではいちばん大きな建物なんだけど、他と変わらず擦り潰されていた。

 お金持ちだったせいか他のどの家よりも荒らされていて、なんだか悲しい気持ちになっちゃった。


 私はあきらめきれず、裏にある花畑にも行ってみることにした。

 ナオヨちゃんは花が大好きで、ふたりでよく遊んだ思い出の場所だ。


 ナオヨちゃんはいつも、花を使って冠を作ってくれたなぁ……。

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