33 サセットバの村へ
それからの私は、毎日大忙しだった。
朝は森での採取と畑仕事、昼からは狩りをして、残った時間は家で使う道具の作成で、すぐに一日が終わった。
まずは家の跡地に台所を作ってみた。
石を積み上げて暖炉を作り、枝を組み合わせて干し肉台を作った。
リコリヌのゴハンであるグリソビの実を砕くのも大変だったので、実を固定するのにちょうどいい感じに窪んだ岩を持ってきて、その上で砕いた。
ちなみに岩は森の中で見つけたんだけど、重かったのでリコリヌに引っ張ってもらって運び込んだ。
薪については、相変わらず太い木を切るのは無理だったので、細い木を切り倒した。
刈り取った枝は、燃やすのと矢にするのとに分けた。
曲がった枝は燃やす用にして、ナイフでささくれを作って火がつきやすくなるよう加工した。
まっすぐな枝は削って、先を尖らせて矢にする。
追い立ててのウサギ狩りは至近距離になりやすかったので、矢に羽根は付けなかった。
というか、鳥の羽はなかなか手に入らなかったので付けられなかった。
狩りができるようになったおかげで、栄養のあるゴハンが毎日食べられるようになった。
私もリコリヌもひもじい思いをすることがなくなって、暮らしもぼちぼち安定してきたかなと思えるようになった。
そして私は、かねてからの計画を実行に移すことにした。
「……うん、準備オッケー!」
私は中身を確認し終えたリュックのフタを閉めつつ、地下室から出る。
背負いながら階段を駆け上がった。
「おまたせリコリヌ、じゃあいこっか」
石段を上がりきった所の、ちょうどいい位置に背中が待っていたので、ついでにもう一段、みたいな感じでそのまま跨る。
リコリヌにはすでに荷物の詰まったリュックを背負わせてるんだけど、以前のものとはちょっと改造してある。
今までは荷物を運ぶためだけだったけど、私が乗りやすいように馬の鞍っぽくした。
速く走っても振り落とされないように掴まる用のハンドルを付けたし、長いこと乗っていてもお尻が痛くならないようにクッションも入れてあるんだ。
「よぉし、サセットバにしゅっぱーつ!」
乗り心地のさらに増した背中に跨ったまま、私は遠くに見える橋を指さす。
リコリヌは待ってましたとばかりにウワンと返事をすると、遠足に出かける子供のような軽やかな足運びで家から離れる。
表の道まで出ると、速歩する馬のように朝の風を切って走り出した。
今日は作業を全部お休みにして、近くの村……といってもだいぶ離れているサセットバの村に行ってみることにした。
サセットバまでは遠いんだけど、うちからはいちばん近い村で、月に一度くらいパパが馬車で買い物に行ってた。
それに私はいつもついて行ってたんだ。
村の人たちとも仲良しで、家にもちょくちょく差し入れとかを持って来てくれてたんだけど、あの嵐の夜からぱったりと途絶えてしまった。
スペット爺さんの家がボロボロになってたから村のほうも心配になり、様子を見に行きたくてしょうがなかったんだ。
でもサセットバまでは歩いて行けるような距離じゃなくて、馬も無かったので手をこまねいていたんだけど、最近になって犬のリコリヌが馬のかわりになるとわかった。
移動手段があるのであれば、もう迷うことはない。
私は一日がかりの計画を立てて、それを今まさに実行してるってわけ。
家を出たばかりのリコリヌ号は早々と、大きな川に突き当たっていた。
この前キノコで死にかけた後に、ふたりで水浴びした川だ。
出発前に私が指差した橋を渡って、川を越える。
すると、緑色の砂漠みたいな見渡すかぎりの草原と、南北に伸びる分かれ道に出た。
サセットバまでは、ここからひたすら南に向かって進むだけ。遠いけれど道は簡単だ。
私は跨ったまま姿勢を低くして、リコリヌの鞍リュックにつけたハンドルを握りしめる。
「よーし、リコリヌ、飛ばすよぉーっ!」
大海原に出た船長のような気分で、南の道を指さす。
途端、リコリヌは船を先導するイルカのようにイキイキと走り出した。
投げたボールを追いかける時みたいな、いきなりのダッシュにびっくりして私はのけぞってしまう。
でもなんとか体勢を立て直して、前かがみになるとリコリヌはさらに凄いスピードになった。
こんなに速い乗り物に乗るのは初めてだ。パパと一緒に早馬に乗ったときも驚いたけど、それよりずっとずっと速い。
「す……すっごーい! リコリヌ!」
私の声は風になったみたいになびく。
立ち止まって受けるいつもの風と違い、こっちから突っ込んでいって感じる風は素肌を突き抜け、身体の中まで爽やかにしてくれるみたいだった。
かつてない爽快感に大はしゃぎしてしまう。
リコリヌは私を喜ばせようとしているのかさらに加速して、トビウオのように跳ねて下り坂をひとっ飛びで降りた。
おまけに風も追い向きに変わる。
背中に風を受けると、押されるみたいにぐんぐん加速して、私とリコリヌの毛は風とひとつになったみたいに真横にまっすぐになった。
道の両側にある、海みたいに広がる緑のじゅうたんも風を受け、波のようにそよいで私たちと並走する。
間にぽつぽつとある森は、まるで海に浮かぶ島みたいだった。
そしてそれはどこまでも、どこまでも続いていた。
私とリコリヌは、大地を蹴って走るシカたちと競争し、大空をVの字になって飛ぶ鳥たちに手を振り、どこまでもどこまで走り続ける。
ふたりだけで、こんなに遠出をするのは初めてだった。
景色も見慣れているはずなのに、馬車の荷台に乗って見るのとは大違いで、キラキラ輝いてる。
私……こんなに広い道を、自分の意思で駆けてるんだ……!
そんな風に思うだけで、まるで身体の中に朝日が昇ってきたみたいにワクワクしてくる。
そう、これは……冒険だ! 私は今まさに、勇者みたいにさすらいの冒険をしてるんだ……!
私の住んでいる所なんて、ほんの一部。
でっかいパズルのピースのひとつでしかなくて、そのまわりにはずっとずっと広い世界があるんだ。
知らない道がいっぱいあって、それは行ったことのない村や街に繋がっていて、いろんな人たちが大勢暮らしているんだ。
人だけじゃない。空に届くほど高い山や、底がないほど深い海があって、そこには巨大な塔や広大な洞窟があるんだ。
そしてまだ誰も見たことがない、恐ろしいモンスターやすごい宝物が待ち構えているんだ。
パパやママはきっと、そんな広い広い世界を旅している。
そして私もいつかきっと、パパやママみたいに旅をするんだ……!
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