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……よし、ちょっと手こずっちゃったけど、なんとか狩場に着いた。
まずはいちばん弱そうなウサギあたりを狙ってみよう。
私はリコリヌから降りると、背中の弓を構える。
矢をすぐに放てるように添えて持ってから、姿勢を低くして森の中を歩きだす。
獣道の遥か向こうのほうで、半立ちになって風のニオイを嗅ぐウサギがいた。
そーっと近寄ってみたけど、すぐにウサギは大きな音を聞いたみたいにこちらを向いて、一目散に逃げ去っていく。
……あっさり気づかれちゃった。運が悪かったのかな?
まぁいっか、とたいして気にもせず、引き続き森を歩いてみる。
しかしウサギはたくさん見かけるんだけど、どんなに慎重に近づいてみても射程距離に入るよりずっと早く気づかれて、まさに蜘蛛の子を散らすように逃げられてしまう。
そんなことを繰り返してたら、まだ一発も射っていないのに疲れてきちゃったので、休憩がてら道端の切り株に座り込む。
そのついでに、虎の巻に助けを求めることにした。
「ウサギの狩り方」とそのものズバリな項を見つけたので読んでみる。
ウサギは大きな耳を持ち、音に非常に敏感。また臆病な性格なので不自然な物音を少しでも感じ取ると逃げ出す。
逃げ足は早く、高い所に向かって逃げる習性がある。
慣れればひとりでも狩れるが、ふたり一組で狩るのが理想。
高い所で待ち伏せする役割と、低い所ら追い立てる役割に分かれるとよい。
なるほどなるほど。
ふたり一組か、やっぱりリコリヌを連れてきてよかった。ちょっと融通のきかないところがあるヤツだけど、なんとかなるよね。
「よぉし、今からあなたは狩りのパートナーよ」
私は、寄り添うようにお座りをしていた荷物持ちの頭に手を置いて、昇格を言い渡す。
しかし特に感動はなく、よくわかってなさそうにクフンと鳴くだけだった。
それよりも撫でた私の手が、ちょうど痒いところに当たったのか、昇格なんかよりもっと触ってほしそうに頭を擦り付けてくる。
私はそれからしばらく、リコリヌのオデコを指でコリコリしてから休憩を終えた。
再び森の中を進んで、今度はウサギじゃなくて高い所を探す。
ちょうどよさそうな高さの丘を見つけたので、てっぺんまであがって見晴らしを確かめる。
「よし、ここらでいいかな。ねえリコリヌ、私がここで待ち伏せするから、下から適当にウサギを追い立ててくれない?」
相棒は「ウワン」と即答してくれた。
私が約束を守って無茶をしてないのが嬉しいのか、ずいぶん素直だ。キビキビとした身のこなしで丘を駆け下りていく。
さっきまで馬みたいだったのに、すでに猟犬のように変わりつつある背中を見送りながら、私は思った。
私は犬も猫もそれほど詳しいわけじゃないんだけど、ここまで言葉を理解してくれる動物ってなかなかいないんじゃないかなぁ。やっぱり聖獣だからなのかな。
でも聖獣っていったら人には全然なつかなくて、むしろ近づいた者を殺しまくるイメージがあるんだけど……アルバレッグも本来はそうなのかなぁ?
聖獣といえばペガサス、ユニコーン、フェニックス、サンダーバードなんかが有名だけど、どれも絵本の中に出てくるのは美しくて強くて気高くて、人々から崇められる神様みたいな扱いをされている。
ちなみにアルバレッグは絵本の中には全然出てこなかったので、リコリヌが聖獣だとはちっとも知らなかった。
今朝、本で知るまではずっと、ちょっと変わった動物なんだと思っていた。
なぜ同じ聖獣なのに絵本に出てこないのか……これは考えるに、アルバレッグは見た目が地味で絵本栄えしないからだと思う。
どう見てもタダの犬だしタダの猫。翼の生えた馬や、燃え上がる鳥に比べるとだいぶ地味だ。
お姫様と物乞いくらいの大きな差がある。
貴族とまではいかなくても、せめてマッチ売りくらいまでにイメージアップするような見た目の特徴があればねぇ。
……などと、わりとどうでもいいことをダラダラと考えていると、丘の下から吠え声がワンワンと沸き起こってきた。
そろそろ来るな、と私は素早く弓を構える。
流れる動きで矢をつがえようとしたんだけど、途中でドッキリして取り落としてしまう。
丘の周りから、畑を荒らすイナゴみたいなおびただしい数のウサギたちが駆け上ってきたからだ。
しかも下が大洪水になって、飲まれないように必死に逃げているかのようなパニック状態。
いくらウサギとはいえ、この死に物狂い集団に飲み込まれたらひとたまりもないと思い、慌てて丘を転がり落ちる。
命からがらたどり着いた丘の麓では、ひと仕事終えた顔の相棒が待っていた。褒めて欲しそうに尻尾をフリフリ寄ってくる。
私はリコリヌの肩に手を置いて、再び噛んで含めた。
「……いいことリコリヌ、よく聞いて。あんなにいっぱい追い立てなくてもいいの。狩るどころかこっちが草みたいに齧られちゃうところだったわ。追い立てるのは二、三匹でいいからね、わかった?」
聞き終えた相棒は「クワン」と自分を責めるように鳴いた。
そのまま落ち込んだ様子で、尻尾をプラプラ離れていく。
私は再び丘をあがって位置について待っていると、次に追い立てられてきたのは四匹ほどのウサギだった。
よし、ちょうどいい数。しかもこの距離なら、外さない……!
四匹もいればよりどりみどりだったけど、群れの先頭にいる茶色いウサギの胸めがけて矢を放つ。
だいぶ近かったので、ビュンと弦がしなる音と同時に命中した。
胸を貫かれ足をもつれさせるウサギ。
地をすべり、勢いあまって私の横をすり抜けていく。
その身体は再び走り出すこともなく、湯気みたいに薄い土煙をあげて止まった。
ウサギは深く矢を受けていたが、なおも這いずって逃げようとしている。
身体を擦り動かした後には、ハケを引きずったような血の跡が残っていた。
前脚は麻痺しているのかもう動いてはおらず、後脚だけで懸命に地面を引っ掻いている。
しかし命がけで前に進もうとしているにもかかわらず、ミミズがのたうつほどの速度しか出ていなかった。その場で只々、土に身体をこすりつけているだけのようにも見える。
その姿にかつての軽やかさはなく、底なし沼にはまった鳥のような重苦しさだった。
やがて、後脚すらも動かせなくなったのか、身体をゆるやかに上下させるだけになる。
近づいていって真上から覗き込むと、ウサギは私をじっと見据えた。
光沢を失ったルビーのような眼球が、瞬くこともせず、私の姿を捉え続けている。
恐れることも、悲しむことも、責めることもしない瞳。悟ったようなその瞳。
私は、射った矢が跳ね返ってきて、逆に自分が射抜かれたように固まってしまった。
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