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 私はそれからしばらくの間、リコリヌの魔法触媒としての力を調べることに夢中になった。

 ママから教わった呪文は四つあるんだけど、同じように使えるかどうか試してみる。


 火をつける呪文、そよ風を起こす呪文、雫を垂らす呪文、タネを芽吹かせる呪文……地火風水の基本となる呪文なんだけど、いずれもリコリヌを触媒にすることによって使うことができた。


 これは大発見だ。魔法が使えるようになれば、生活がかなり楽になる。

 少なくとも、火おこしに苦労することはなくなる……!


「うおおおっ!? リコリヌ、あなた最高っ! 好き、大好き!」


 私は感激のあまり、腕の中にいるリコリヌにチューしようとしたけど、嫌そうに両手を突っ張って押し返されてしまった。

 ……犬のリコリヌは私の愛情表現を全身で受け止めてくれるのに、猫のリコリヌはやっぱり冷たいなぁ……。なんて思ってしまった。


 そのあと私は、燃やしてしまった「泣いた青虫」を書き直してまた壁に貼った。

 声に出して読み直し、改めて守ることを誓う。


 もう、泣かない、怒らない、食べすぎない、慌てない、驕らない、無理しない……そして、あきらめない。

 胸に手を当てて何度も繰り返し読みあげ、忘れないように深く刻みこもうとする。


 しかし胸よりも先に、お腹が先に感銘を受けてしまったようで、ライオンみたいにゴアアアと鳴きだした。


 さっきまではリコリヌの喉みたいな可愛いゴロゴロ音だったのに、もはやガマンの限界みたいだ。

 木の実を口にしてみたけど、全然納得してくれそうになかった。


 うーん、なんだか今は「食べすぎない」よりも「しっかり食べる」時のような気がする。

 となると……やっぱり肉だ、肉がしかない。


 実のところ昨日、スペット爺さんの家から弓矢を借りた時から考えてたんだ。

 そろそろ肉を食べないとヤバいんじゃないか、って。


 木の実とキノコだけじゃいつも物足りなくて、最近ちょっと立ちくらみする時があるんだよね。


 肉が食べたい気持ちが暴走して、ちょっとクマで痛い目にあっちゃったけど、ウサギくらいなら狩れる気がする。

 こちらから仕掛けても反撃してこない弱い動物を狙えば危険はないし、クマが出たら今度こそはさっさと逃げればいい。


 ……うんっ、決めた! 狩りだ、狩りをしよう!

 私は思い立ったらすぐにやるタイプなので、さっそく準備することにした。


 リコリヌを犬にして、リュックを背負わせる。

 中身として、藪を切り払うためのナタと、布で包んだ非常食用の木の実を入れる。


 さらに棚の中で見つけた革水筒も入れた。

 このあたりは水場が多いので、喉が乾いても困ることはないんだけど、動けなくなった時のことを考えて念を入れた。

 さらに念を入れて、パパとママが残してくれた本も詰め込む。


 そして私はというと、スペット爺さんの家から借りてきた弓と矢筒を背負って、腰のベルトにナイフと、木を削って作った木刀を携えた。

 ホントは剣があればもっとよかったんだけど、地下室には無かったのでしょうがない。かわりに斧を持ち歩くことも考えたんだけど、重すぎたのでやめた。


 よし、これで持っていくものは全部かな、忘れ物はないよね?

 準備オッケー!


 私とリコリヌは、春を迎えて巣穴から出るキツネ姉弟のように地上へ飛び出した。


「よぉしリコリヌ! スペットの森にレッツゴー!」


 快晴の空の下、黒馬のような背中にひらりと跨りつつ叫ぶ。

 私を乗せた聖獣は文句ひとつ言わず、雲の上を歩くような常歩で進みだした。


 おおっ、人ひとりと重い荷物を背負っても、軽々としたもんだ。さすが馬より力強いだけはある。

 リコリヌにはふざけて跨ったことは何度もあるんだけど、こうして乗るのは初めてなんだよね。


 ああっ、楽ちん楽ちん。

 こんなに楽なんだったら、もっと早く乗っておけばよかった。


しかし、この子にこんな特技があるだなんて意外だったなぁ。玄関の足拭きマットが実は魔法のじゅうたんだった、みたいな驚きだ。

 でもリコリヌの背中は長い毛のおかげでフカフカなので、本当に魔法のじゅうたんみたい。馬よりもずっとぜいたくな乗り心地だ。


 思わず笑みがこぼれてしまうくらい、乗ってて気持ちいい。

 ふふ、お金持ちでも、王様でも、こんないいものに乗ったことないよね。


 もしかしたらユニコーンとかペガサスもこんな感じなのかもしれない。

 だとしたら一度は乗ってみたいけど、それでもここまで乗り心地はよくない気がする。なんとなくだけど。


 リコリヌは乗り物としては非の打ち所がないくらい完璧だったけど、しばらく跨っているうちに進路取りだけは良くないことに気付いた。


「え、ちょっと、そっちはゼングロウの森だよ、じゃなくって、行くのはスペットの森!」


 身体をゆすって知らせたけど、リコリヌはまっすぐ歩き続ける。


「ちょっと、止まってリコリヌ!」


 もしかして聞こえてないのかと思ったけど、止まってと言うとちゃんと足を止めた。

 私は跨ったままリコリヌの顔を掴んで、スペットの森のほうにぐいと向けてやる。


「こっち、こっちだよ、いま見てる方に歩いていって、オーケー?」


 犬顔を進んでほしい方向に固定してるんだけど、リコリヌは顔を横に向けたまま、器用にゼングロウの森へと歩きだした。


 ……あ、わかった。

 リコリヌは私の声が聞こえてないとか、言ってる意味がわからないとか、そんなんじゃなくて、単純にスペットの森に行きたくないだけなんだ。

 いや、正しくは、私を行かせたくないんだ……!


 私はリコリヌから飛び降り、試しにひとりでスペットの森に向かって歩いてみる。

 すると背後から慌てて駆けてきて、私の服の裾を噛んで引っ張りだした。


 ……やっぱりだ。私は振り向きつつしゃがみこんで、リコリヌと視線の高さを合わせる。


「ねえリコリヌ、私は狩りに行きたいの。ゼングロウ……パパの森だとほとんど動物がいないじゃない。だからスペットの森じゃないとダメなの。……わかってるよ、私がまた無茶をするんじゃないかって心配なんでしょ? でも約束する、クマには絶対に手を出さない。ウサギだけにする。それにヤバそうなのがいたらすぐに引き返すから、ね、お願い、私をスペットの森に行かせて」


 毛艶のよい黒い頭をナデナデしながらお願いしてみた。

 リコリヌの協力ナシでは狩りはできないだろうし、それに納得させないとジャマしてくるはず。


 これは家が無くなる前の話なんだけど、森で見つけた蜂の巣を取ろうとしたことがあって、さっきみたいに服を噛んで止められたんだ。

 何度振り切ってもしつこくて、最後は親猫が子猫にするみたいに後ろ襟を噛んできて、家まで引きずり戻されたことがあった。


 だからリコリヌにイエスと言ってもらわないと、私はジャマされ続けながらウサギを狙うという、難しい狩りをすることになっちゃうんだ。


 ちなみに「ウワン」って短く鳴くのがリコリヌのイエスの返事だ。

 ノーの場合は「ウーワン」って唸り気味に鳴く。


 私が狩りに行きたいと何度伝えても、リコリヌは「ウーワン」って返すばかりだった。

 しかし私はあきらめず、それからしばらく粘りに粘って、この頑固な弟からようやく「ウゥ……ワン」を引き出した。


 私はそれをイエスの返事と取り、「さっき『ウワン』って言ったよね!? たしかに聞いたよ!? まさか、私に嘘つくつもり!?」と責めるように言って、半ば無理矢理に認めさせた。


 私はそれから再びリコリヌの背中に跨って、通りがかりにある畑に寄って水やりをしたあと、スペットの森に二日連続で足を踏み入れた。

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