28 生命

 私は夢を見るのも忘れて眠り続け、気がつくと朝になっていた。

 お腹の上に幸せな重みを感じたので、顔を起こしてみると、猫になったリコリヌが箱座りをしたままゴロゴロ喉を鳴らしていた。


 しっかり寝たおかげで気分はスッキリしている。

 私は鼻歌混じりにリコリヌを抱っこして起き上がり、ベッドから飛び降りた。


 それはいつものことで、何気なくやったことだったけど、身体を普通に動かせることに気付く。


「あれっ、どこも痛くない……?」


 頭と手以外は動かすだけで悶絶するくらい痛かったのに、もうなんともなくなってる。


「……ねぇ、リコリヌ、まさかこれもあなたがやったの?」


 腕の中にいる、冬にはカイロにもなる存在に尋ねてみたけど、目を閉じたまま気持ち良さそうに喉を鳴らすばかりだった。

 リコリヌのゴロゴロにあわせてお腹の虫もゴロゴロしだして、たまならくお腹が空いていたことを思い出す。


 まずは食料庫に行き、ストックしておいた木の実を皿に盛って、テーブルでポリポリつまみつつ本を開く。

 今までは特に気にもしてこなかった「リコリヌについて」の項だ。


 目覚めたばかりだというのに、もう膝の上でウトウトしているこの子については、私は誰よりも理解しているつもりだった。

 半ば意地みたいな思いもあって、この項については流し読みすらしてなかったんだけど、昨日のことで謎が深まったので調べてみることにしたんだ。


 説明はパパの、実直な太い字で書かれていた。



 リコリヌはアルバレッグという動物で、ユニコーンやペガサスと同じ聖獣の仲間だ。


 パパが冒険から帰る途中、出産直後に死んだアルバレッグを見つけ、生まれたばかりの赤ちゃんを助けたんだ。

 連れて帰ったその日にルクシーが生まれたので、一緒に育てることにした。


 アルバレッグは犬と猫の形態を自分の意思で変えられ、それぞれ特殊な能力を持っている。


 犬のときはグレイピニーズに近い外見をしているが、力強さは馬よりもある。

 唾液には怪我を治す力があり、舐められた箇所は治癒魔法を受けたのと同等の効果を得られる。


 猫のときは外見はアビスシニアンだが、素早さはチーターよりもある。

 喉を鳴らして発生させる音と振動には回復力を高める力があり、舐めるよりも時間はかかるが骨折や内臓の病気なども治癒できる。


 いずれも自身が放つ強い魔力によるもので、その力は訓練や経験などによって強化されていく。

 強化が進んでいくと犬や猫の形態以外にも変化できるようになると言われているが、稀有な存在であるが故に新たな変化を目にしたものはいない。


 聖獣は強力な力を持っているが、生きているだけで魔力を消費しているので飢えは厳禁。

 多少食べなくても生きていける動物と異なり、空腹は早い段階で餓死に繋がる。

 飼う場合は餌は切らさないように注意する必要がある。


 聖獣の例にもれず、アルバレッグの肉体も珍重される。

 伝説の魔法触媒である『惑星破戒ヴラネ・ケラドの杖』にはアルバレッグの骨が使われている。


 また、リコリヌがそうであるが、体毛が黒いアルバレッグは『黒き炎アスワドラ・ハブ』と呼ばれ特に稀有。

 一流の勇者ですら見たものは少ない幻の存在となっている。



 ふむふむなるほど。


「……って、あなた、そんなにすごいやつだったの!?」


 私は膝の上で鼻提灯を作っていたリコリヌの、両脇を持ち上げて高い高いする。

 リコリヌはびっくりしたのか、鼻の泡に負けないくらいの大きさで、目を真ん丸にしていた。


「まさか、あなたの骨から惑星破戒の杖が作られてただなんて……!」


 惑星破戒の杖は、絵本にも出てくるくらいの超有名な武器。

 天候を操り、隕石を落とし、力を解放すれば月をも砕くと言われる、すさまじい威力を持っている伝説の魔法触媒だ。


 私は勇者の冒険を描いた絵本が大好きで、よくパパやママに読み聞かせてもらってたんだけど、その中でも頻繁に出てくる。

 私にとっては思い出深く、憧れの武器のひとつなんだ。


「へぇー、この何てことなさそうな手がねぇー、魔法触媒になるなんてねぇー」


 私はリコリヌの黒い猫手を、感心しながら握りしめる。

 ピンクの肉球に頬ずりしたりニギニギしてたんだけど、そのうちにいいことを思いついた。そのまま勇者ごっこをはじめる。


 私は椅子を蹴って立ち上がり、部屋の奥にある壁を、敵に見立てて対峙した。


「くっ、さすがは伝説の最強ドラゴン! いままでのどんなドラゴンよりも強い……! だが、こっちにはこいつがある! いでよ、惑星破戒の杖!」


 抱っこしたリコリヌの手を掴み、肉球を敵につきつける。


「覚悟しろ最強ドラゴン! この杖の魔法を受けてみろっ! えーっと……」


 続けざまにかっこよく呪文を唱えようとしたんだけど、いいのが思いつかなかった。

 適当に火をつける呪文を唱えてみる。


「暖炉の宿りびとよ、今宵一晩の恩義のため、その力を貸したまえ……くらえっ! ルーイ・ルーイ・フレイル!」


 肉球で空中に印を描いたあと、壁に向かってかざす。

 でも、そんなことをしても、もちろん何も起こるはずはない。


 はずはないと思ってたんだけど……壁に貼っていた「泣いた青虫」の紙に突然火がついて、勢いよく燃えだした。


「ええっ!?」


 数日前に貼ったばかりの誓いの紙は、一瞬で灰になる。

 ポカンとする私の足元に、焦げた切れ端が枯葉のようにヒラヒラと落ちた。


「しょ、触媒がないのに、魔法が使えた……」


 私は口をあんぐりさせながらも、後ろ姿のリコリヌの身体を回して振り向かせた。

 子猫たちにじゃれつかれまくった親猫みたいな、ダルそうな顔が現れる。


「まさか、あなたって魔法触媒になるの!?」


 眠そうだった瞳は私の大声にびっくりして、また真ん丸になった。

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