23

 それからの私は、毎日リコリヌと森へ行った。

 そして木の実とキノコ、落ち葉と燃えやすい枝、そしてグリソビの実を集めた。


 全ては本から学んだことなんだけど、キノコは主食として、木の実は火を通さず食べられて、日持ちもするので保存食とした。

 落ち葉は火つけ材に、枝は薪のかわりだ。木を切り倒して薪を作るのは大変なので、ひとまず暮らしが安定するまでは手を出さないことにした。


 それからしばらくして、畑を利用することを思いついた。


 うちには広い牧場と畑があるんだけど、あの夜の嵐で家畜や作物などは全て吹き飛ばされてしまい、ただの荒れはてた地面になっていた。

 そもそもそれどころではなかったし、荒地になった今では何もできないだろうと放ったらかしにしてたんだけど、畑は耕しなおせば元通りにできて、野菜が作れるようになるらしい。


 少し前の私であれば、野菜なんていらない! って声を大きくしてただろう。

 その想いは変わらないんだけど、今は食べられるものであれば何でも欲しい。そう、たとえリコリヌのゴハンであってもだ。


 ……ちなみにグリソビの実はすでに試食済み。擦り潰したついでに食べてみたんだけど、砂を食べているみたいで飲み込めないほどマズかった。

 そんなのをごちそうのようにガツガツ食べているリコリヌを見て、ちょっと引いちゃった。


 砂を噛むよりは野菜を噛むほうがマシだよね、ということで私は、家から少し離れた西の畑に来ていた。


 ぽつぽつ雑草が生えはじめた広大な土色のじゅうたんは、イノシシ集団が土浴びしてったみたいにボコボコに逆立っている。

 その光景は大変さを予感させるにじゅうぶんで、私は早くもげんなりしてしまう。


 畑は正方形に四つに区切られていて、本によるとひとつあたり五十メートル四方あるそうだ。

 かなり広いけど、大変な作業は農耕ゴーレムがほとんどやってくれるらしい。


 しかし肝心の、農耕ゴーレムの姿はどこにも見当たらなかった。

 納屋の跡地っぽいのは見つけた。


 畑の使い方としては、ひとつの区切りの中では同じ季節のものを植えるようにして、他の畑は季節の異なる野菜を植えるのがいいらしい。

 ただ全部使うのではなくひとつだけ残しておいて、その畑は何も植えない放牧地というやつにするそうだ。


 しかし肝心の、放牧できそうな動物の姿はどこにも見当たらなかった。

 家畜小屋の跡地っぽいのは見つけた。


 調べてわかったけど、なんだかいろいろ足りないみたいだ。

 最初に感じた苦労の印象がさらに深くなったような気がするので、最初のうちは全力で行かずにボチボチやることにしよう。


 とりあえず、畑のすみっこだけ使って試しに何か育てみることにした。


 畑仕事のための道具は、納屋が飛ばされて無くなっていたので、地下室の倉庫にあったツルハシやらスコップで代用する。

 野菜の素となる種のほうは、メインルームの棚で見つけた。


 いろいろあったので、どれを育てようか悩む。やっぱり最初はおいしくて簡単なやつがいいよね。

 今の季節だと、キャベツとニンジンとジャガイモが簡単で育てやすいと本に書いてあったので、キャベツとジャガイモを育ててみることにした。


 ……よし、戦いのための武器はこれでいいだろう。

 さっそく、畑をやっつけに行こう。


 まずは荒れた土をツルハシで掘り返して、雑草やら石やら木切れやらを取り除く。

 キレイになったところでスコップで土をならして、タネを撒いた。


 ジャガイモはタネではなくて、しなびた小石みたいなやつだった。

 水に浸けると少し膨らんで芽が出てくるので、そこで土に埋める。全て本の通りだ。


 あとは水やりなんだけど、それはパパが引いた小川が側を流れているので、バケツで汲んできて手ですくって撒いた。


 私は土いじり初挑戦だったせいか、一日の手順を終えるまでにだいぶ時間がかかってしまった。

 手順がいろいろあって面倒くさかったけど、横着せずにちゃんと本の手順に従って作業した。


 そして新たな発見だったのは、地下室には本当に何でもあるなぁということだった。

 私がほとんどメチャクチャにしちゃったけど、まだまだ色んなものが出てきて助けてくれる。


 まるでこうなることを予想していたかのような用意の良さに、どこかにいるパパとママにひたすらありがとうの気持ちを送った。


 よぉし、感謝の印にパパとママが帰ってきたら、私が作った野菜を食べさせてあげよう。

 野菜嫌いの私が野菜を出すなんて、キツネとタヌキが仲良く踊ってるようなもんだ、きっとすごくビックリするぞ。


 こうして私は、畑仕事を日課に加えることを決めた。

 食べ物が欲しいのと、驚かせたいのがキッカケで始めたことだったんだけど、植物が育っていくのを見守るのはなんだか楽しかった。


 土から芽が出た時なんて、嬉しさのあまり猫のリコリヌをワッショイワッショイ胴上げしちゃった。

 豊作を祈ってお祭りする人たちの気持ちが良くわかった気がする。


 しかし何日かたったある日のこと、それまで順調に育っていたジャガイモの葉に虫の卵が付いているのを見つけた。


 このまま放っとくと、虫がわいて葉を食べちゃうらしい。

 調味料の酢を塗ると卵が付くのを防げる、と本には書いてあった。


「よし、リコリヌ、ちょっと家まで行って酢を取ってきて」


 私の足元で、ジャガイモの葉のニオイを嗅いでいたリコリヌは「なに?」とタヌキみたいなとぼけ顔をあげた。

 まだヒクヒクしている鼻にはテントウ虫が乗っている。


「酢、わかる? 瓶に入ってて黄色いやつ。わかんなかったらフタのとこを舐めてみて、酸っぱかったらそれが酢だよ。それを持ってきてほしいの」


 リコリヌは意味を汲み取ったのか、ウワンと返事をする。

 初めておつかいを頼まれた子供みたいに、颯爽と畑の土を蹴って走り去っていった。


 元気いっぱいの後ろ姿を見送りながら、私はなんとなく伸びをする。

 青空を、トビウオように連なって泳ぐオーリル鳥が見えた。


 大きいのが二羽と、その間にちっちゃいのが一羽。

 ちっちゃいのはまだうまく飛べないのか、何度も落ちそうになっていた。

 でも大きいのに励まされるようにして、がんばって翼をバタバタさせている。


 ……ああ、あの三羽は家族かなぁ……いいなぁ、楽しそうで。

 それにしても、いつになったら私の大きいの……パパとママは帰ってくるんだろう。


 それだけならまだしも、長いこと誰とも会ってないような気がする。

 ここはまわりに何もないし、誰もいないからしょうがない事なんだけど、それでも遠くにある村の人たちが、ときどき様子を見に来てくれてたんだ。


 食べ物とかも差し入れしてくれてたんだけど……あの嵐の夜以来、誰も来なくなっちゃった。

 いつもだったら、川の水かさが増えたくらいでも心配して見に来てくれたのに……。


 もしかして、村のみんなに何かあったのかなぁ……なんだか心配になってきちゃった。


 村には友達もいるから様子を見に行ってみたいんだけど、ここからかなり離れてるから歩いていくのは大変なんだよね。

 いつもはパパと馬車で行ってるんだけど……せめて私が馬に乗れたらなぁ。


 あ、そうだ、スペット爺さんはどうしてるかな。

 スペット爺さんっていうのは、近所にいる猟師のお爺さんのこと。


 私がいま立っている畑から南にある、「スペットの森」の奥にひとりで住んでるんだ。

 村の人たちに言わせると偏屈者らしいけど、私たち家族にはやさしい。


 パパが川から小川を引くときに、ついでにスペット爺さんの所まで引いてあげて、それがきっかけで仲良くなったんだって。

 時たま思い出したように家にやってきて、仕留めた獲物をお裾分けしてくれるんだ。


 ……リコリヌが戻ってくるまでちょうど暇だし、スペット爺さんの様子を見に行ってみようかな。


 スペット爺さんの家は、この畑の側を流れる小川に沿って森の中に入り、しばらく歩いていけばたどり着ける。

 わかりやすいので道に迷うこともない、ちょっとした散歩みたいなもんだ。


 私は気楽に考えながら、すでに足を「スペットの森」へと向けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る