22 狩る者、狩られる者

 次の日の朝。

 私は書き上げたばかりの紙をメインルームの奥の壁に貼り付けて、部屋じゅうに響く大声で読み上げていた。


 一、なかない!

 二、いからない!

 三、たべすぎない!

 四、あわてない!

 五、おごらない!

 六、むりしない!

 七、しちてんはっき!


 これは本の中に書いてあった、パパオリジナルの勇者の教え「泣いた青虫」を紙に書き写したものだ。


 ひとつめで泣かないって言ってるのに「泣いた青虫」って……なんていうか、勢いだけで押し通そうとしている感じが実にパパらしい。

 みっつめの「食べすぎない」ってのは勇者には関係なさそうな気がするけど、欲張りな私がいつも食べ過ぎるのをパパは見ていたから加えたんだろう。


 最後の「七転八起」はパパが好きな言葉で、よく口にしていた。

 パパは私が何度失敗しても絶対に怒らなかったけど、途中であきらめたらすごく怒るんだ。


 なんにしても、これからはこの「泣いた青虫」を守っていくんだ、と固く固く決心する。

 それもこれも昨日の夜、私はリコリヌを失いかけてようやく、自分の無力さに気付いたからだ。


 いままで失敗を繰り返してきたけど、負けず嫌いな私はどうしても認めようとしなかった。

 一時は反省するけどうわべだけで、心のどこかでは私は悪くないと思っていた。悪いのは運や道具なんだと、決して自分のせいにはしなかった。


 でもそれは大きな間違いだった。私はまだまだ未熟、ひとりじゃなんにもできない。

 それなのに自分はやれると驕って、パパとママが残してくれたゴハンを食べすぎて、本もロクに読まずに慌てて行動して、無理を重ねたうえに失敗して、怒ってリコリヌに八つ当たりして、駄々っ子みたいに泣き喚いた。


 「泣いた青虫」の教えをほぼ全部破って生きてきた。だけど、私は今日から変わるんだ。

 教えを守ってしっかりするんだ。でないと私もリコリヌも生きていけない。


 心を入れ替えた私は「泣いた青虫」を忘れないように貼り出して、声に出して読んだ。

 しっかりと魂に刻みつけたあと、壁の張り紙からテーブルの上にある本に視線を移す。


 おもむろに背もたれのない木椅子を引いて腰掛け、パパとママに心の中で感謝しつつ本を開いた。

 よしっ、次は本だ。


 もう一度、ちゃんと読んでみることにしよう。繰り返してきた失敗のほとんどは、これを読んでいれば防げたことだった。

 だからしっかりと読み込んで、考えなしで行動するのはやめるようにしよう。


 私は気合いを入れるために袖まくりをして、最初から目を通すつもりで挑んでみた。

 けど……この本はかなり分厚くて、ママが焼いてくれる三段ホットケーキくらいあるので、すぐに挫折してしまった。


 まともに読んでると何日も掛かりそうだったので、今すぐに必要になりそうな項目だけを選んで読む作戦に切り替える。

 何よりも知らなくちゃいけないのは二つ、「ゴハンの探し方」と「火のおこし方」だ。


 ゴハンで今いちばん頼りにしてるのはターシケなんだけど、採り続けてればいつかは尽きる。だから他に食べる物を見つけなくちゃいけない。

 リコリヌのゴハンは昨日いっぱい成っている所を見つけたから、しばらくは大丈夫だろう。


 それ以上に問題なのは火おこしだ。

 自分で作った薪での焚き木はまだ成功していないので、実をいうと一昨日から何も食べてなかったりする。


 いままで腹ペコになったことがないわけじゃないんだけど、いつもすぐに何かしら食べていた。

 こんなにお腹が鳴るのを放ったらかしにしたのは初めてで、それがこんなにツラいものだとは思わなかった。


 ずっと苦しいというわけじゃないんだけど、ゴハン時になるとすごい空腹に襲われる。

 お腹が空いてるだけなのに軽い頭痛がして、すごくイライラする。教えを守ってなかったら、絶対にリコリヌに八つ当たりしていたところだ。


 そのリコリヌはというと、ゴハンをいっぱい食べたせいか朝にはすっかり元気になっていた。

 ついでにというわけじゃないだろうけど、私の顔の傷や腫れ上がった指も治っていた。


 リコリヌはいつものおせっかいも取り戻したようで、今朝も私をベロベロ舐めて叩き起こしてきた。

 そして今もテーブルに前足をかけて立ち上がり、私の顔とテーブルの上の本を交互に覗き込んでいる。


「リコリヌ、あと少しだけ本を読むからもうちょっと待っててね。終わったら森に行こう」


 焦げてカールした毛先の頭を撫でてあげると、ウワンと返事をした後、縮んで猫になった。

 しなやかに跳躍して私の膝に乗り、くるんと身体を丸める。


 猫になったリコリヌはとても温かくて、触り心地もいい。

 こうして膝の上にいると、まるで神様がくれた膝掛けみたいに気持ちまでホカホカしてくる。


 本のページをめくるついでに、大きな温もりをくれる小さな身体を撫でる。

 そのたびに、あきらめなくて良かったとしみじみ感じてしまった。


 ……よし、生きていこう。何があっても生きていくんだ。

 この子と一緒に、パパとママが帰ってくるまで……!


 リコリヌの丸い背中に向かって誓ったあと、再び本に意識を戻す。

 パパとママが残してくれた教えをしっかり頭にたたき込みながら、時折顔をあげて「泣いた青虫」を心の中で繰り返す。


 それで深呼吸をすると、空腹感もいくらか紛れるような気がした。

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