20
地下の階段を、何者にも負けないゾウのような気持ちでのしのし踏みしめて外に出る。
さぁこい風よ、と構えたけど幸いというか、拍子抜けというか風は止んでいた。
半分壊れた給餌器の前まで行って、ゴハンが出る口を探す。
ゴハンを乗せる用の皿の上に、管みたいなのを見つけた。おそらくここからゴハンが出るんだろうと、しゃがみこんで手を差し入れてみる。
たまに管の奥のあたりで、粉状のゴハンが詰まることがあるらしい。
肩が外れるかと思うくらい手をめいっぱい突っ込んでみると、つきあたりで固まっていた粉に触れ、ぱらっとこぼれ落ちた。
……ゴハンが出なかったのは中で詰まっていたからか。
わかってみれば何てことないじゃない、まったく……。
いや、後悔するのは後にしよう。いま欲しいのはこのこぼれ落ちたやつなんだ。
私は受け皿に落ちたわずかな粉を拾い集め、間違っても吹き飛ばされないように手でしっかりと包み込んで、地下へと戻った。
打ち上げられたクジラみたいにぐったりしているリコリヌの前にしゃがみこんで、顎を持って顔をあげさせる。
「……リコリヌ、悪いのはぜんぶ私だってわかってる。だけど、お願い。私に力を貸して」
懺悔のようにささやきかけて、ターシケの輪切りみたいなリコリヌの鼻先に、運んできた粉を近づける。
「このニオイを嗅いで、森でグリソビの実を探すのを手伝って」
リコリヌは私の声に反応すると、乾いた鼻を力なく動かした。
ニオイを嗅ぎ終えると粉をペロッと舐めたので、そのまま食べさせてあげた。
口に入れたらすぐに溶けてしまうほどの微量を、ぴちゃぴちゃ口を動かして味わっている。
まるで病人かお年寄りみたいな弱々しい顔を、いたわるように撫でながら尋ねた。
「ねぇ、猫になることはできる?」
しかしリコリヌは申し訳なさそうに頭を振りながら、私の手のひらにオデコを擦りつけてきた。
「そっか、でも大丈夫、私に任せといて」
私は立ち上がって、予備で考えていた手の準備をする。
愛用のリュックを背中ではなく胸側に来るように担いでから、倉庫からロープを取ってくる。
そしてリコリヌの前で這いつくばって、モッフリしたお腹に顔を突っ込む。
沼の倒木に潜り込むワニみたいに身体をうねらせて、リコリヌの下に潜り込んだ。
大型犬に押し潰される私、みたいな体勢になったら、私とリコリヌが離れないようにロープを使って身体どうしをしっかりと結びつけた。
「ぬぐぐぐぐ……!」
そして腕立て伏せみたいにして身体を起し、リコリヌを背負いあげる。
広い森で何のアテもなく、グリソビの実を探しまわるのは時間がかかり過ぎる。
そこでターシケ探しで活躍した、リコリヌの嗅ぎ分ける力を借りるのを思いついた。
でもリコリヌは歩けそうにないし、猫になることもできないから、こうして犬のまま背負って連れて行くことにしたんだ。
犬のリコリヌは私の倍くらい体重があるってパパから聞いてたんだけど、本当に、ものすっごく重い。
でもやるかしかないと思って覚悟を決めておんぶしてはみたものの、とてもまともに歩ける重さじゃなかった。
ちっちゃい頃のリコリヌは振り回せるくらい軽かったのに、大きくなった今は、こんな重いのを持ったのは生まれて初めてってくらいズッシリしてる。
さっき持った金槌よりも重くて、気を抜くと押し潰されちゃいそうだった。
しかしいくら重いからって、ここでじっとしているわけにはいかない。歯を食いしばって足を前に出す。
リコリヌは私に比べると重すぎて大きすぎて、ぜんぶ背負えなくて下半身を引きずる形になっちゃってるけどしょうがない。
それに加えて私のほうもお腹が空いていてほとんど力が残っていないけど、これもガマンするしかないんだ。
かなり絶望的だけど、やらなきゃならないんだ。
あきらめてたまるか。絶対にリコリヌを助けるんだっ……!
一歩一歩を踏みしめるようにして地下室を出ると、さっそく難所が立ちはだかった。
階段だ。一段あがるたびに食い込んでくるような重さがあって、まるでリコリヌに襲われてるかと思うほどツラい。
階段の中腹あたりで足を踏み外してしまい、押し潰されて石段のでっぱりで額を打ちつけてしまった。
血がダラダラ出たけど、それでも腹の底から声を出し、立ち上がった。
険しい山を登ってるみたいに大変だったけど、なんとか階段をあがりきる。
もうお昼のようで、外に出たとたん空のてっぺんにいるような太陽が元気いっぱい迎えてくれた。
いつもなら両手を広げて歓迎を受け入れるんだけど、今そんなことをしたら後ろに倒れて階段を転げ落ちちゃうし、何より毛皮を着ているようなものなので、暑苦しくてしょうがなかった。
こんなお日様の下で、重さに血と汗を滲ませているなんて……まるで石を背負わされて、街中を引き回されている罪人みたいだ。
鳥以外に見られてないのが幸いだった。
照りつける日差しから逃れるミミズみたいにノロノロと進んでいき、なんとか森の入口まで着いたところで肩越しに尋ねる。
「グリソビの実がどのへんにあるか、わかる?」
私の肩に顎を乗せていたリコリヌは、鼻だけ小刻みに震わせる。
わずかに顔をずらしたあと、鼻先で森の奥のほうを示した。
「こっちだね?」
よいしょ、とリコリヌを背負いなおしてから、再び歩きだす。
そうやって森の中を少しずつ進み、リコリヌに方角を聞く、というのを繰り返した。
私の目は、垂れてきた血と汗でほとんど塞がっていたけど、拭う余裕はなかった。
そんなことをしたら気が抜けてリコリヌに押し潰されてしまい、二度と起き上がれないと思ったからだ。
だいぶ森の奥まで来たみたいだけど、今どのあたりにいるかはわからなかった。
視界は霞んでいるし、考える気力も惜しい。
空腹と疲労でフラフラで、残った気力だけで足を摺り動かすのみ。
まるで棺桶を背負った亡者のように、森の中をさまよい歩いていた。
いま自分がどんな地面を踏みしめてるかなんてのも、もちろん意識の外だった。
しかし、それがマズかった。
階段を降りていて、もう一段あるかと思ったら無かった、みたいにガクンと前のめりに崩れる。
そこには階段どころか床すら無くて、完全に足を踏みはずしていた。
おかしな感覚に襲われたまま、そのまま沈み込む。
角度のキツい斜面を削るように落下し、滝すべりみたいな勢いで底をズザーッと滑った。
もはや私もリコリヌも悲鳴をあげる力もなく、死にかけのモグラみたいに薄暗い地面を這いつくばった。
なんとか身体を起こして顔を上げると、そこは裂け目のようになった地の底だった。
私たちを挟み込むように前後にそびえる壁の側面は、ホールケーキを手でちぎったみたいなデコボコの層になっている。
壁の淵は見上げるほど高い位置あって、青空を切り裂く傷口みたいにパックリ開いている。
……明らかに最近できたような地割れだ。おそらくあの夜の嵐で出来たやつだろう。
ふと身体が軽くなっていることに気付く。
落ちたはずみでロープが外れて、リコリヌと離ればなれになっちゃったんだ。
薄暗くて一瞬わからなかったけど、リコリヌは私のすぐ隣にいた。
まるで飽きて捨てられたぬいぐるみみたいに……汚れきった姿で動かなくなっていた。
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