17

 それから私は、次の相手を探して森をさまよった。

 少しランクを落とし、ダウンして捨て台詞を吐くというのを何回か繰り返したあと、最終的には私と同じくらいの背丈の木にたどり着いた。幹は私の腕より細いやつだ。


「うん、このくらいなら一発でいけそうね」


 それは最弱といってもいい木のようで、幹を掴んでちょっと揺さぶってやるだけで引っこ抜けそうなほど大きく揺れた。

 こうしてるとなんだか巨人になったような気分になる。


 これならいける! と手応えを感じ、担いだ斧を一発、そしてもう一発、さらにもう一発入れたところでへにゃりと曲がった。


「……倒れるぞーっ!」


 いつもパパが木を切り倒すときに、私に向かって叫ぶ言葉のマネをしてみた。


 知らせる相手がいなかったので、木よりだいぶ離れた位置で寝そべっているリコリヌに向かって叫んだ。

 いつもだったら避けるフリくらいはしてくれるのに、今日は無反応だった。


「……ちょっと、なにサボってんの! 次はナタよ! ナタ持ってきて!」


 寝てばかりいる助手に向かって指示すると、のっそり起き上がったあと重い足取りでこちらにやって来た。


 着くなりだるそうに座り込むリコリヌのリュックからナタを取り出す。

 たしかパパも、こんな感じのナタで枝を落としていたはずだ。


 倒したばかりの木に跨るようにしてナタを振り下ろし、枝を刈っていく。

 枝はかなり細いのでバッサバッサと、思い描いていたイメージに近い形でやっつけてやった。


 枝を落としきった木は、手足のないナナフシみたいだった。

 そこに再び斧を振るう。


 木を切り倒すときは真横からだったけど、今は寝かせた木に、上から下に斧を振り降ろす。

 斧頭の重さも加わり、切り倒すときより楽に真っ二つにできた。


 胴体をいくつかに切り分けてみたら、なんとなく薪っぽくなった。

 私が初めて自力で作りあげた、枝と薪。枝にはまだ葉っぱがついてるし、薪にも木の皮がついたままだけど、これでじゅうぶんだろう。


 しばらく眺めてやりきった感に浸ったあと、薪のほうは私のリュックにしまった。

 枝は葉っぱが付いているせいでかさばるので、後で紐でまとめてから持って帰ることにした。


 その後も作業を続ける。

 近くにあった似たような木を、もう二本ほど切り倒したところで夕方になった。


 今日の成果は十五本の薪と、両手いっぱいの枝。

 パパが作るのに比べたら全然少ないし、頼りないほど細いけど、今晩はこれでしのげるはずだ。


 身体もすっかり疲れていたけど、もうひとがんばり。

 私は薪の入ったリュックを担ぎ、枝を抱えて家へと戻った。リコリヌはうなだれたままついてきた。



 家の跡地に着いたところで、持ち帰ったものをドサドサと置く。


 すっかり台所がわりとなったこの場所で、さっそく夕食の準備にとりかかる。

 お昼を食べていないのでお腹がペコペコだ。


 いつものように薪を隙間なく並べて、ツヤツヤの葉っぱがいっぱい付いた枝を上に置く。

 マッチを一本、箱から取り出す。マッチを擦るのもだいぶ慣れてきて、この時点ではほとんど失敗しなくなった。


 ここまでは順調だったんだけど、火の付いたマッチを枝に近づけてみても、なぜか全然燃え移らなかった。


「あれ? おかしいな、もっと強い火じゃないとダメなのかな?」


 火力を出すためにマッチを束にして擦って、ボウボウ燃えてるやつを枝に突っ込んでみる。

 しかし枝の表面を焦がしただけで、マッチのほうが先に燃え尽きてしまった。


「なんでだろう……倉庫にあった枝はここまで燃えにくくなかったのに……」


 そう疑問を抱きつつ向けたマッチの炎は、枝に触れる前に吹き消された。

 日が暮れて風が出てきたようだ。


 昨日の夜もそうだったけど、また風にジャマされた。

 このあたりはよく風が吹くんだけど、寒い時じゃないのに風をこんなにうっとおしいと感じたのは初めてだ。


「ああっ、もうっ! めんどくさいなぁ!」


 私はイラついて、役立たずなマッチを地面に叩きつける。


 機嫌の悪いサル山のボスが山を降りるみたいに肩をいからせ、のしのしと地下の階段を下った。

 食料庫や倉庫でなにか風よけになるものがないか探してみたけど、めぼしい物は見つからなかった。


 メインルームの棚を漁りながら、どうしようかと考える。

 すると開けっ放しにしていた入口から風が吹き込んできて、前髪が揺れた。それで閃く。


「あっ、そうだ! ここで火おこしすればいいんだ!」


 扉を閉めちゃえば、風は入ってこられない。我ながら名案だ、さっそくやってみよう。

 機嫌のいいサル山のボスが山のてっぺんに戻るように、肩をそびやかして階段を上がる。


 枝と薪を抱えて地下室に戻ろうとしたんだけど、それまでずっと寝ていたリコリヌがビックリしたように飛び起きた。

 私の後ろからやって来て、服の裾を噛んでなぜか引き止めようとする。


 ジャマしないでと振り払ってメインルームへと向かう。

 枝と薪を床に置いて火をつけようとしたんだけど、追いかけてきたリコリヌが、阻むように薪の上にゴロンと寝転がった。


 今まで怒らないようにガマンしてきたんだけど、これにはさすがにイラッとする。


「リコリヌ! もう、今日は寝てばっかりじゃない! そのうえ私のジャマをして! いい加減怒るよっ!?」


 しかし怒鳴りつけてもリコリヌは無視してきて、蹴りつけても薪の上から動こうとはしなかった。


 私は鼻息を荒くしながら、リコリヌの背中にお尻をドスンと乗せる。

 分からず屋を椅子代わりにして、別のところで火おこしの用意をする。


 しかし……風は関係なかったようで、いくら枝を炙ってみても、火はつかない。

 さっき怒鳴った勢いがまだ燻っている中での、この仕打ち……私は爆発を抑えきれなかった。


「うぐぐ……! もういいっ! このボロマッチ! ボロ枝! ボロ薪! ボロゴハン! ボロリコリヌっ! ゴハンなんかいらないっ! なんにもいらないっ! リコリヌもいらないっ! いらないったらいらないっ! もう寝るっ!」


 私は両手でマッチ箱を高く持ち上げると、これでもかと叩きつける。


 中に入っていたマッチ棒が床一面にぶちまけられた。

 燃えカスになったマッチと混ざったけど、もう知るもんか。


 しかもそれでもリコリヌは動かない。

 アザラシみたいに横たわる身体をひと蹴りし、私も負けじとベッドに潜り込んでフテ寝した。

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