16 リコリヌのゴハン
次の日の朝、私は起きてすぐにリコリヌを連れて森へと向かった。
昨日の夜にターシケの串焼きを食べ、枝と食べ物が尽きてしまったので補充するためだ。
とりあえず昨日リコリヌが見つけてくれた切り株でターシケを採り、そのあと薪を探すことにした。
本の「薪がほしいとき」の項には、無骨なパパの字でこう書かれている。
倉庫にある薪は、パパが良い木を選んで作り、ママの錬成魔法によって強化された特別な薪だ。
普通の薪より少量でもよく燃えるうえに火持ちもいい。
ぜいたくに使っても一年は持つと思う。
ただ季節や用途に応じて使い分けることにより、さらに長持ちさせることができる。
暖をとったり煮込んだりなどの、長い時間で火が必要な場合は太い薪を、ちょっとした料理くらいの場合は、細い薪か枝を使うといいだろう。
なるほど使い分けか。私はちょっとした料理でもふんだんに薪を使ってた。
しかも一年分を誤って全焼させちゃった……ごめんなさい、パパ、ママ……。
でもクヨクヨしててもしょうがないよね。こぼれたスープは元に戻らないけど、またおかわりすればいい。鍋になければ作ればいいだけ。
本を読めば作り方も書いてあるだろう、とパパの残してくれた文章をさらに目で追った。
倉庫の薪がなくなった場合、新たに作る必要がある。
森に生えている木から作ることになるが、葉が針のように細い木は火がつきやすいので火つけ材に向き、葉が平たくて幅広い木は火持ちが良いので薪に向いている。
ふむふむわかった。とりあえず実践あるのみってことだね。
本をパタンと閉じ、あたりに良さげな木がないか見回す。
目についた中でも特に太い木があったので、そちらに足を向けた。
最初に狙いをつけたのは、私が手を繋いで三人分くらいの太さがある木。
もっともっと太いやつでもいけそうだけど、最初はこのくらいでいいよね。
後ろにいたリコリヌを呼びつけると、よたよたとやって来た。
「早くこっちに来なさいよ。まったく、そのくらいの荷物でだらしがないわね、そんなんじゃ私の助手はつとまらないわよ」
たるんだ助手に文句を言いながら、背負わせているリュックを開けた。
私が背負ってるやつよりずっと大きいリコリヌリュックの中には、ノコギリと斧とナタとナイフが無造作に突っ込まれている。
どれも地下室から持ち出したやつなんだけど、けっこう重かったのでリコリヌにリュックを付けて背負わせることを思いついたんだ。
ひとまずノコギリを取り出して、パパがやっていたのを思い浮かべながら、目星をつけた木の腹に押し当てる。
「……覚悟!」
容赦なくノコギリを動かすと、手に伝わる振動とともにガリガリ削れる音がした。
初めのうちはギコギコやってるだけで楽しかったんだけど、いくらやっても表面に傷が付くだけでなかなか刃が入っていかないのに気付き、急に冷めてしまった。
おかしいな、パパがやってた時はもっと簡単に……一日おいて固くなったパンをナイフで切るみたいに、クズを撒き散らしながらどんどん刃が中に入り込んでいったんだけど……。
それでもガマンしてもうしばらくギコギコしてみたんだけど、なんか粉を吹くばっかりで一向に切れる気配がなくて、先に私の心のほうが切り倒されそうになった。
それにノコギリ自体が重いので、何度も往復させているうちに腕も疲れてしまった。
「うーん、なんか違うのかなぁ。……あ、そうだ! 斧だ、ノコギリじゃなくて斧だった気がする!」
ノコギリを放っぽり出して、リコリヌリュックから斧を取り出す。
斧はノコギリよりさらにずっしりしてて、両手でやっと持てるくらいの重さだったけど、なんとなくこれならうまくいくような気がした。
「よぉし、今度こそ覚悟!」
よっこらしょと肩で担ぎ、ちょっとよろめきながらも振り下ろしてみる。
が、表面を少しへこませただけで跳ね返され、思いっきり尻もちをついてしまった。
だ……ダメだ! もっと勢いをつけてやらなきゃ!
斧を杖がわりにして起き上がって、いつもパパがしているみたいに手のひらに唾を吐いた。
こうすると滑り止めになるんだって。
そしてお祭りの時にやる「ハンマー投げ」の要領で、斧の柄の端っこを掴む。
しっかり握りしめたまま、その場でグルグル回って勢いをつける。ちょっとふらついてリコリヌに当たりそうになったけど、リコリヌは寸前で飛び退いた。
振り回していたはずなのに勢いがつくと立場が逆転して、私が振り回されてるみたいになった。
でも止めない。スッポ抜けないようにだけ注意して、さらに身体を回す。
で、でも、そろそろかいいかな……!? このままじゃ、コマになっちゃう!
タメにタメたあと、木の胴体めがけて気合いと共に打ち込む。
「ええーいっ!」
刃先は半分くらいまで樹皮にめりこんだ。
柄を通して衝撃がビリビリ伝わってきて、手がじぃんと痺れたし、目も回ってクラクラしちゃったけどうまくいった。
ふらつきながらも続けてもう一発いこうとしたけど、食い込んだ刃は引っ張っても引っ張っても抜けなかった。
柄をグリグリ前後に動かして抜こうとしたけどびくともしなかったので、足で押さえてふんばってみた。
それでようやくスッポ抜けたけど、勢いあまって後ろに倒れてしまい、またお尻をしたたかに打ってしまった。
「くっ……! ま、まだまだっ!」
起き上がって斧を握りしめ、回転して勢いをつけ、再びコマとなって打ち込む。
しかし今度は狙いが外れて固いウロに当ってしまい、ガインと跳ね返されてまたまたお尻を痛めてしまった。
「ぐぐっ……!」
苛立ちが襲ってきて、顔が火照るのを感じた。
切り株の上に寝そべっているリコリヌと、大木ごしに目が合う。
いつもだったら八つ当たりして斧を投げつけているところだけど、胸に手を当てて深呼吸して心を落ち着かせる。
……どうしてこんなに歯が立たないんだろう。
パパはこの森にある木を、草でも刈るみたいにバッタバッタと倒して、ザクザク捌いて薪の束を作っていた。
私はその様子を、リコリヌと一緒に木登りしながら応援してた。
ずっとパパがやるのを見てきたせいか、木を倒すなんて簡単だと思い込んでた。
でも、木が弱っちいのは間違いないはずなんだ。
だって木って動かないし、逃げないし、反撃もしてこないし……登って枝を揺さぶっても、リコリヌが幹で爪とぎしても、根元でオシッコしても、怒りもせずにじーっと立ってるだけなんだから。
うーん、やっぱり敵は強くないんだけど、それ以上に武器がダメなのかな。
家じゃなくて地下にあったような斧だから、なんだか格下っぽい感じがするし。
……うん、きっとそうだ。パパと同じ道具だったら簡単に切り倒せるに違いない。
でも今は無いから、この斧でなんとかするしかないんだけど……。
ああ、もう、しょうがないなぁ、このボロ斧でも倒せるような木を探すしかないか。
アレコレ考えているうちに怒りも収まったので、気を取り直して立ち上がる。
「今はこんなのしかないから見逃してあげるけど、ちゃんとした武器が手に入ったら覚悟よ覚悟!」
わずかに傷の入った木を睨みつけて、ビッと指さした。
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