10

 それから日が落ちても、私はキノコパーティを続けていた。

 パチパチと音を立てて燃え盛るオレンジ色の炎に照らされていると、不思議と力が沸いてくるような気がする。


 それに焚火で焼いたキノコの香ばしいニオイは食欲をそそり、絶え間なくいくらでも食べられるような気がした。

 塩だけだと飽きてきたので、たまに砂糖もつけて味を変えつつ、採ってきたキノコを食べつくす勢いでムシャムシャと食べまくった。


 まぁ、全部食べちゃってもまた採りにいけばいいよね、森にはまだまだいっぱいありそうだし……。


 なんて思いながら頬張っていると、突然、まるで雲ひとつない青空から雷が落ちるみたいに、ほんとうにいきなり、身体がおかしくなった。

 なんだか視界がぼやけてきて、ぐらんぐらんと揺れだす。


「あ……あれ? 地震かな?」


 いや違う、揺れてるのは地面じゃなくて私のほうだ。


 まるで目が回ってるみたいにクラクラする。

 舌が弾けてるみたいに痺れてきて、なんだかお腹も痛くなってきた。


「ううっ……!?」


 ひどくなっていく腹痛。

 たまらず食べていたキノコ串を落とし、お腹を押さえて蹲った。


 横になってもめまいは止まらなくて、どんどん酷くなってくる。

 まるで足首を掴まれてグルグル振り回されているみたいだ。


 風邪のひどい時みたいに身体も熱くなってきて、全身から汗が吹き出す。


「うええぇっ……!? げほっ、ごほっ!」


 喉の奥から何かがせり上がってきてえずくと、口の中に酸っぱいものが広がった。

 ううっ、なんだかいろんな病気がいっぺんに襲いかかってきたみたいに苦しい。


 いっそのことお腹の中のものを全部吐き出せたら楽なのに、いくらえずいても出てこない。

 かわりに粘り気のあるヨダレがいっぱい出てきて、喉に詰まって苦しい。


 毒を飲んだカエルみたいにゲエゲエ叫びながら、服が汚れるのもおかまいなしに地面を転げ回る。

 それまで言いつけ通りに仰向けに寝ていたリコリヌが起き上がり、ゴロゴロする私のまわりをグルグル回ってキュンキュン鳴きだした。


「な……なんとか……してっ! リコリヌ! お腹が熱くて、苦しいよぉ!」


 しかしリコリヌは私が遊んでいるのかと思ったのか、猫の姿になって私の上に乗ろうとした。


「や、やめてっ! これは遊んでるんじゃないの!」


 手で押し退けたけど、しつこかった。

 あきらめずに何度も乗ってこようしたので、力任せに掴んでブン投げた。


 どこに飛んでいったのかは知らないけどすごい音がして、フギャーって叫んでたけど知るもんか、こっちはその何十倍も痛いんだ。

 いや、十倍どころじゃない、百倍だ。お腹の中に焼け石を詰められたみたいに熱くて痛い……!


 もうなんでもいいからなんとかしようとお腹をさすってみたり、身体を弓みたいにのけぞらせてみたり、エビみたいに縮こまらせてみたり、吐き出そうと喉に指を突っ込んでみたりしたがダメだった。


 や、ヤバいヤバいヤバいっ、どんどんひどくなってる。このままいったら死んじゃう……!?


「うぐうううう~っ! ぐるじい! ぐるじいよぉっ! もうしぬ、しんじゃう! しにたくない……しにたくないよぉ!」


 星が見えはじめた群青色の空。

 手を伸ばして命乞いしたけど、もう言葉もうまく出てこなかった。


 もう誰でもいい、誰でもいいから私のお腹を開いて中をジャブジャブ洗ってほしい。

 しかし誰も返事をしてくれなくて、寄り添うように夜空を飛ぶ二羽のオーリル鳥にチカチカと笑われただけだった。


「そ、そうだ……! ちか……くすり……!」


 思い出した。

 地下室に調味料を取りに行ったときに、薬棚を見つけたんだった。あれを飲めば少しは楽になるかも……。


 私は祈るような気持ちで腹這いになって、嵐が来た時の夜みたいに草を掴んで這い進み、地下を目指す。


 以前の敵は強風だったけど、今の敵は腹痛。

 途中何度かひどい痛みの山がきて、その度に激しくのたうちまわった。身体が燃えそうなくらいに熱くって、まるで火だるまになってるみたいだった。


 地下の階段にさしかかった頃には手足の感覚がなくなって、まるで自分のものじゃないみたいに痙攣していた。


 見るものすべてが油を落とした水たまりみたいに変な虹色になっていて、時折まぶしい白さになって目がくらんだ。

 このまま気を失ったら楽な気もしたけど、ここで気絶したらヤバいんじゃないかと思い、必死に意識を手放さないようにする。


 階段はもう坂だか穴だかわかんなくて、なすがままに転がり落ちるしか手がなかった。

 塩から逃れるナメクジのように地下の扉をすがり開け、今にも溶けそうになりながら戸棚まで這いずっていく。


 爪で棚の木目を引っ掻くようにして、なんとか身体を起こす。

 立ってなんていられないけど、無理矢理立つ。


 両開きのガラス戸の向こうには、壁に埋め込まれた水晶みたいな薬瓶が見えた。

 洞窟の奥深くにある、クリスタルの鉱脈にようやくたどり着いたような気分だった。


 これを飲めば、きっと助かる……!

 戸を開けようとしたけど、手が震えてうまく開けられない。


 もう、なりふり構っていられなかった。

 側にあった真写立てを掴んで、戸棚のガラスを割って取り出した。

 棚に残ったガラス片で腕が切れて血が出たけど、もうどうでもよかった。


 いっぱいあるけど……どの薬を飲めばいいんだろう。

 薬の知識なんてないし、それ以前に意識が朦朧としていて何が書いてあるのか全然読めない。


 いつもだったらケガをしてもママが治癒魔法で治してくれたし、お腹を壊しても薬をくれた。

 でも薬を飲むことはほとんどなくて、ママにお腹をさすってもらうと不思議と痛みがなくなったんだ。


 頭の中が、ママのやさしい微笑みでいっぱいになる。


「ううっ……まま……ままぁ……たす……け……」


 助けを求めてみても、頭の中のママは何もしてくれなかった。

 また激しい痛みが襲ってくる。


 胃が裏返りそうになるほど引きつって、もう耐えられなかった。

 掴んでいた薬瓶のフタを引っこ抜いて、中身をひと息に飲み干す。


 に……苦っ! 

 口いっぱいに広がる苦味に、ガラスの破片に映り込んだいくつもの私の顔がさらに歪む。


 苦いのは苦手だ。薬も苦いのは嫌だと言って飲まなかった。

 そしたらママが甘くして飲ませてくれた。


 苦いものはすぐに吐き出しちゃってたから、いつものくせで吐き出しそうになったけど、ガマンしてまわりの空気ごとゴックンと飲み込む。

 いまは苦いのよりも、痛いのをなんとかするのが先だ……!


 しかし苦いのをガマンして飲んだっていうのに、痛みは全然変わらない。むしろひどくなったような気がする。

 いつもママが飲ませてくれる薬は、飲んですぐにお腹の痛みがストンって楽になるのに。


 き、効かないなんて……薬が違うの!?

 ううっ、なんでもいいっ! もうどうにでもなれっ!


 考えるよりも早く楽になりたい気持ちが勝り、手あたり次第に薬瓶を開けて飲みまくった。

 飲み干してカラになった薬瓶は床に投げ捨て、すぐまた次の瓶を手に取る。


 液体も粉末も錠剤も、何でもかんでも全部口にいれ、まとめて飲みくだす。

 すると手足どころじゃなくて身体のあちこちが痙攣しだして、私の身体を突き破って何かが飛び出してきそうなほどピクピクしだした。


 それでも私は薬を取ろうとしたけど、もう身体は思うように動かなかった。

 伸ばした手で、棚の薬瓶をまとめて一掃するみたいに払いのけてしまい、全部床に落として割ってしまった。


 そしてついに限界が来たのか、視界が沈むように暗くなり、気がつくと後ろにゆっくりと倒れているところだった。

 もう抵抗する気力は私の中には残ってなくて……なすすべもなくそれを受け入れるしかなかった。

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