09

 天高くあがる炎は、いつも暖炉で見ているものとは違う感じがした。


 暖炉の炎がペットだとしたら、この炎は野生のやつだ。

 勢いを抑えるものがなく自由気ままに、好き勝手にメラメラしてる。


 まるで火を起こした私をも飲み込もうとしているような、剥き出しの迫力がある。

 正直ちょっと熱い。

 でも焼きモノは強い火のほうがいいってパパが言ってたから、これだけの炎ならきっとおいしい焼きキノコができるはず。


 期待に胸を膨らませながら、キノコの山からいくつか適当に取って木の枝に刺す。

 赤やら青やら緑やら黄色やら、クレヨンみたいにカラフルなキノコたちは見ているだけで楽しい気持ちになる。


 こうやって串を作っていると、昔パパやママに読み聞かせてもらった絵本を思い出す。

 蛮族の勇者のお話で、その勇者は倒したモンスターを必ず串焼きにして食べるんだ。


 激しい戦いの末、なんとか倒した伝説の獣を串焼きにして食べる場面あるんだけど、私はそのくだりが大好きだった。

 そうだ、せっかくだからその勇者になりきってキノコを焼いてみることにしよう。


「ねえリコリヌ、ちょっとそこでお腹を上にして寝て」


 焚火の側でお座りしていたリコリヌに声をかけると、不思議そうな顔をしつつもコロンと倒れて仰向けになってくれた。

 その敷物みたいな黒い毛の上に、キノコをいくつか載せて準備完了。


 私は木の枝を構えて大げさに肩で息をする。


「はぁ、はぁ、はぁ……ツラい戦いだったが、伝説の魔獣、えーっと、最強ドラゴンを倒したぞ……! いまからお前を食ってやるから、覚悟しろっ……!」


 口でズバーと叫びながら、剣に見立てた枝でリコリヌのお腹をかっさばくマネをする。


「な、なんという毒々しい色の肉だ……! だがこれを食べれば不老不死になれるんだ……! 後には引けない……! ザクー! ザクザクザク! グチャー!」


 我ながら熱のこもった演技で、リコリヌのお腹の上にあるキノコを削ぎ取るフリをしたあと、高く掲げる。


 仰々しい動きでブスッ、ブスッと聖剣……のかわりの枝に突き刺していく。

 特に力を込めなくてキノコは枝に刺さるんだけど、あえてグリグリと捻りこむようにする。


「なんという固さだ、だがこの勇者の手にかかれば、このキノ……この獣の肉がビーフをも超えるおいしい肉になるのだ……!」


 すでに作っていたのと今作ったの、あわせて二本のキノコ串。

 両手で交差させるように持ち、焚火の中に突っ込んだ。


「クロスファイヤー! メラメラー! ゴーッゴーッ!」


 かけ声とともに炙られたキノコたちは、表面と同じ色の薄煙をあげはじめた。

 その怪しい色と香りに、素に戻ってしまう。


「……えーっと、これってどのくらい焼けば食べていいんだろう?」


 自慢じゃないけど、私はおよそ料理と呼べるようなことをしたことがない。

 キーブをお湯で戻すくらいはできるけど、いつもはママが作ってくれてたし、お手伝いを迫られたときはママと料理じゃなくて、パパと薪割りするほうを選んでた。


 あ、でも一度だけだけど、キャベツを刻むのを手伝ったことがある。

 ママから教わったんだけど、野菜を切るときの押さえるほうの手は、猫の手みたいに軽く握った手でやると良いんだって。


 私はそれならと思って調理台にリコリヌを載せて、本物の猫の手に押さえてもらって切ってたんだけど、様子を見に来たママは口から泡を吹き出しそうなくらいビックリしてた。


 私の料理経験といえばそのくらい。だからキノコの焼き加減なんてよくわからない。

 ものは試しと、キノコ串を適当にクルクル回しながら炙ってみる。


 少ししてから取り出して、先についた赤いキノコをひと口齧ってみた。

 ぐにゃっとした食感でゴムみたいだった。


「うげ、まだ生だ」


 口の中のものをぺっと吐き出して、齧りかけがついたキノコ串に再び火に戻す。


 またしばらく焼いていると、ちょっと縮んで焦げ目がついてきたので、そろそろいいかなとひと口食べてみた。

 が、キノコが唇に触れた瞬間、不意打ちを受ける。


「アヒュッ!? 熱っついよっ! このっ!」


 火傷するような熱さに襲われ、つい反射的に串を地面に叩きつけてしまった。

 イラッとするのはまだガマンできるけど、痛い目にあうと感情を抑える間もなく手が出ちゃう。


 土まみれになったキノコ串を見おろして、またやっちゃったと落ち込みそうになったけど、まだ一本残っていることに気付いた。


 気を取り直して、もう一本のキノコ串の先に付いた小さい青キノコをよくフーフし、パクッとひと飲みにする。

 しっかり冷ましたのでもう熱くない、食感もホクホクしてて問題なかったけど、


「……味がしない」


 木を食べてるみたいな風味はあるんだけど、全然パンチがない。

 比べるならリコリヌの肉球パンチのほうがよほど刺激があるくらいだ。家で食べてたキノコはもっと味がしたのに……。


 隣の黄色いキノコも食べてみたけど、似たような感じだった。


 確かにキノコってあんまり主張しない食べ物だとは思うけど、ここまで味気ないもんだったっけ……? 病気の人が食べるみたいな、具がなくて薄いスープみたいな味がする。

 なんでだろう……? としばらく考えて、もしやと閃く。


「そうだ、なにか掛けたらまだ食べられるんじゃ……」


 調味料とかで味付けしてやればイケるかもしれない。


 思い立ったらすぐ実行、と串を地面に刺して立てかけて、垣根を乗り越えようとする。

 でも焚火がここまで燃えてるなら風で消えることもないだろうと、通りやすいように薪の山をどけてから地下室へ向かった。


 メインルームの壁際にある戸棚のうち、ふたつある両開きのガラス戸が怪しいと睨む。


 まずは手前側の戸を開けてみると、薬瓶らしきものが所狭しと並んでいた。

 いまは薬なんかいらない。さらに隣の戸も開けてみると、こっちは小さな木箱が並んでいた。


 隙間なくピッチリと詰められた箱の取っ手には、「さとう」「しお」「こしょう」などの文字が彫り込まれている。

 おそらく調味料入れだろう。その三つくらいはすぐにわかったけど、他のやつは取っ手の名前を見てもいまいちピンとこなかった。


 ひとまず「さとう」と「しお」を手に取って地上へと戻る。


 焚火の前で「しお」の木箱のフタを開けてみると、真珠を砕いたみたいなキラキラした白い粒がたっぷり入っていた。

 立てかけておいたキノコ串を取り、そのまま箱の中にズボッと突っ込んで粉まみれにしたあと、再びかぶりついてみる。


「しょっぱっ!? ……あ、でも、いいかもしんない!」


 ちょっと塩を付け過ぎちゃったみたいだけど、さっきよりは食べてる感が増した。

 塩を払い落としてみたら、ちょうどいい味になった。


「ああ、これこれ、いつも食べてたキノコの味だ!」


 キノコは塩と合わさることで、いつも家で食べてたのに近い味わいとなった。


 いつもママが出してくれるものは何もしなくてもおいしかったから、てっきり最初からそんな味だと思ってた。

 でもそうじゃなくて、ママが調味料を使って味付けをしてくれてたんだ。


 そうか……わかったぞ。これが「料理」ってことか。


「うん、うん、こうして外で焼きキノコ……いや、キノコを料理しながら食べるのって悪くないかも」


 ようやくありつけたゴハン、しかも初めて自分で作ったかと思うとおいしさもひとしおだ。


 料理をするのは初めてだけど、うまくいってよかった。

 しかも新しい料理法も思いついた。


 あらかじめ作っておいたキノコ串を焚火のまわりに立てかけておけば、食べてる間に次のが焼きあがる。

 これで待つことなく、次から次へとキノコを食べ続けることができるんだ。


 あれ、もしかしたら私、料理の才能に目覚めちゃったかもしれない。


 ママが帰ってきたら、ちゃんと料理を教えてもらおっかなぁ。

 ママはいつも、女の子らしいことをしなさいと言ってたから喜んでくれるかもしれない。

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