08 初めての料理

 家からいちばん近い「ゼングロウの森」は、その名の通りパパみたいに大らかに迎えてくれた。

 パパとママが両手を広げてるみたいな大きな木が二本、門柱っぽく立っている。


 お互いが手を取り合ってるような長い枝には、ツヤツヤの葉っぱがいっぱいついていて、緑のゲートみたいだった。

 その下をくぐって森に入ると、広いあぜ道に出る。


 パパが牛を引いて作ったこの道は、森をぐるっと一周する形で伸びている。

 道のまわりの木は間引かれているので風がよく通り、日も差し込むので気持ちよくどこまでも歩いて行ける林道になってるんだ。


 道を外れれば草木が生い茂ってるけど、毎日来ている私とリコリヌにとってはどこも庭みたいなものだから、迷ったりすることはない。


 でもいつもは遊びに来ているだけで、ゴハンを取りに来るのは初めてなんだよね。

 目的が違うと見慣れた森もなんだか新鮮な感じがする。


 本によると、キノコというのはあまり日の当たらないジメジメした所の、木の根元や倒木などの木のまわり、そして落ち葉がある所に生えるらしい。


 うーん、なんでそんな変な所に生えるんだろう?

 それよりももっと日の当たって風通しのいい、この森だと林道の側とかのほうが気持ちよくて過ごしやすいと思うんだけど。


 なんて疑問を抱きつつ、森の奥へと進んでいくと、道のはずれにある日陰になった木の根元に、赤いキノコがいくつか生えているのを見つけた。


 色が派手だから目についたけど、地味な色だったら見逃すところだった。

 とりあえず手あたり次第に引っこ抜いて、残さずリュックに放り込む。


 食べるかどうかは後で決めるとして、今はぜんぶ採っておこう。

 キノコってあんまりお腹にたまらないからいっぱい食べたいもんね。


 それから木の根っこのあたりに注目して歩くようにしたら、次々とキノコが発見できて、リュックはすぐにパンパンになった。


 なーんだ、食べ物を採るってこんなに簡単だったんだ。

 これならパパとママがいなくても、食べ物に困ることはないかも。


 それにこんなに採れるんだったら、キノコの食べ放題が毎日でもできそうだ。

 よぉし、そうと決まればさっそく帰ってキノコパーティしよっと。


 私はいっぱいのキノコを背中に感じながら、リコリヌと一緒に家まで帰った。


 お腹はずっと悲鳴をあげていたけど、足取りはとっても軽かった。

 炎の前にいるみたいな夕暮れのまぶしさも、これから起こす夕食の焚火を思い起こさせてくれて、なんだか心地よかった。


 地下室の近くまで着いたところで、草原の上でリュックをひっくり返す。

 ドサドサとこぼれ出たキノコは高く積み上がって、小さな山になった。


 さて、次はこれを料理しなきゃ。

 あ、その前に食べられるかどうか調べなきゃダメなんだよね、と本を開こうとしたけど、積みあげられたキノコを前にして気が変わった。


 ……食べたらダメなキノコって、食べてもおいしくないよ、って意味なだけだよね?

 だったら少々マズくてもガマンして食べたほうが、ゴハンの少ない今はいいかもしれない。


 うん、そうだ、今はぜいたくを言ってる場合じゃないんだ、全部食べてみよう。

 それでどうしてもマズいやつがあったら、それだけ捨てることにしよう。


 私は頷きつつ、選り分け作業をすっ飛ばして料理することに決めた。

 しかし、ひと手間省けたものの……料理は料理で問題だらけなんだよね。


 そもそも台所がないんだった。

 でも暖炉とかなくても、ようは火が起こせればいいんだよね。火さえあればとりあえず焼くことはできるし。


 本に助けを求めてみると、地下室の「倉庫」と呼ばれる場所に薪があると書いてあった。


 半信半疑で地下室に行ってみると、メインルームの奥に食料庫と同じくらいの広さの部屋を見つけた。

 そこには束になった薪が壁一面に、天井に届くほどの高さで積み上げられていた。


 メインルームの奥に引っ込んだ所があるのは知ってたけど、ただの行き止まりかと思ってた。部屋になってるなんて、今まで知らなかった……。


 しかもこの倉庫は薪だけじゃなくて、薪を作るためのナイフやナタ、斧やノコギリまである。

 他にもいろんな物が置いてあるようで、土いじり用のツルハシやスコップ、そしてホウキやモップなどの掃除道具もあった。


 まぁ、なんにしても助かった……これで火が起こせる!

 私は薪と小枝の束を抱え、ウキウキと外に出る。


 草の上で火を起こすと火事になっちゃいそうだから、家の跡地に場所を移して薪をくべることにした。


 土の地面を靴で平らにならして、その上で積み木のように薪を隙間なく積みあげる。

 薪のてっぺんに小枝を束のまま置いた。


 これでよし、と、あとはいつものように触媒で火をつけるだけだ。

 触媒っていうのは魔法を使うのに必要な道具のことで、呪文を唱えながら触媒で印を描けば魔法が使えるんだ。


 しかしそこでまた、触媒のマジックワンドは家の台所に置きっぱなしだったことに気付く。

 しまった、触媒もなかったんだ……!


 もしかしてそのへんに落ちてないかなと探してみたけど、あるはずもなかった。


 ……ああっ、もうっ! せっかくうまくいってたのに! あとひと息だったのにぃ!


 ついカッとなって、地団駄でキノコを踏み潰しそうになっちゃったけど、足を振り上げたところでなんとか自分を押しとどめる。


 ダメだダメだダメだ。

 くせになっちゃってるのか、ちょっとでも躓くと疳の虫が出てきちゃう。


 それにこんなことでいちいち暴れてちゃ、今日はゴハン抜きになっちゃうよ。

 なんとかして火を起こす手を考えないと……!


 もしかしたら地下室になにかあるかなと思って探してみたら、棚の中から大きなマッチ箱を見つけた。


 あ、やった。同じ見つかるならマジックワンドのほうが良かったけど、この際ぜいたくは言ってられないよね。

 これを持っていって、薪に火をつけてみよう。


 戻ってさっそくやってみたけど、そう簡単にはいかなかった。


 魔法だと唱えるのに成功すれば一発で火がついて、あとは放っといても燃え上がる。

 でもマッチだと擦ってもなかなか火がつかないうえに、火がついたところでなかなか薪には燃え移らなかった。


 私はここでも癇癪を起しかけて、マッチ箱をぶちまけそうになっちゃったけど必死にこらえる。


 けっきょく何十本もマッチを無駄にして、足元を散らかしたあと、ようやく枝のほうに小さな火をつけることができた。


 火の精が現れたような、ふわっとした温かみに思わず笑みがこぼれそうになる。

 が、生まれたばかりの火の精は、イタズラな風の精がぴゅうと通り過ぎただけであっさりいなくなってしまった。


 暖炉だと家の中にあるから風が吹いてくることはないけど、ここは外なので通りすがりみたいな風にもジャマされちゃう……!


 普通、自分のこめかみは鏡でもないと見えない、でも今だけは青筋が浮かんできたのがハッキリとわかった。


「ぐぎぎぎ……っ!」


 脚を振り上げて薪を蹴り散らしかけたけど、直前で歯を食いしばって降ろした。


「こうなったら……何がなんでも火をつけてやるっ!」


 怒りを力に変えるように、私は地上と倉庫を何度も往復した。

 ありったけの薪を持ち出して、防風堤がわりに焚火のまわりに積み上げる。


 そしてついに、私の背よりも高い垣根を完成させた。


「これでよし……!」


 高く積み上げられた薪を見上げつつ、額の汗を拭う。


 出入りするには乗り越えなくちゃダメだけど、これならどっから風が吹いてもジャマされることはないよね。

 額に汗した甲斐があった……まだゴハンはできてないけど達成感でいっぱいだ。


 さて、そろそろ火つけの続きをやんなきゃ、と積み上げた薪を崩さないように慎重に乗り越える。

 リコリヌがついてこようとしたけど、でっかい犬に乗られると崩れそうだったので猫になるように言い、抱っこしてから一緒に中に入った。


 茶色い垣根の中で再びマッチと格闘し、また数十本のマッチを無駄にしてからようやく薪まで火を移すことができた。


 魔法を使わずに火をつけたのは本当に久しぶりで、嬉しさのあまり燃え上がった炎を囲んでリコリヌと一緒に踊った。

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