07

 地下室の階段を駆け下りて、開けっ放しの扉からメインルームに飛び込む。

 食料庫がカラッポなのはさっき確認したから、あるとしたらこの部屋しかない。


 ここにはベッドの他には丸テーブル、背もたれのない椅子四つ、カラッポの水瓶、壁には引出しやらガラス戸やらの棚がある。


 この中で食べ物がありそうなのは棚しかないよね。

 今までは興味もなくて触ったこともなかったけど、チョコレートとかキャンディとか入ってないかな。


 まずは引出しのいっぱいついた棚の前に立ち、適当に開けてみる。

 すると、一冊の本が出てきた。


 しっかりした作りの革表紙の本で、題名の金属の板には『パパとママより』と掘られていた。

 私は絵は好きだけど文字は嫌いなので、普段は本なんて見向きもしない。


 それに今はお腹ペコペコでそれどころじゃないんだけど、題名が気になって手にとってみる。

 表紙をめくると、最初のページには見覚えのある字があった。ママの字だ。



 ルクシークエルへ


 この本には、あなたに役に立つことが書いてあります。

 もしパパとママがいなくなってひとりぼっちになった時は、この本をよく読んでみてください。


 なにがあってもパパとママはあなたを見守っています。

 だから何があっても決してくじけないで。


 パパとママより



 これは……私のために、パパとママが残してくれた本?


 パラパラとページをめくってみると、パパとママの字でいろんな事が書いてある。

 ふたりとも私が字を嫌いだと知ってるから、絵がいっぱいだ。


 私はいつの間にか空腹も忘れ、本を握りしめたまま地下室を飛び出していた。

 明るい外でもっとよく読んでみたくなったからだ。


 太陽の光を受けて、眩しいほどに輝く緑のカーペットめがけて頭から滑り込む。

 草のニオイに包まれながら、本を開いて読書をはじめる。ムカムカしていた気持ちはすっかりどこかへ行っていた。


 まずは順番に見ていこうと前書きのページをめくると、次には目次が待っていた。

 いろんな出来事に応じて、見ればいい所がわかりやすくまとめられている。


 「お腹が空いたとき」とか「ケガをしたとき」とか「暑いとき」「寒いとき」などが並んでいた。

 今はどういうときか? もちろん「お腹が空いたとき」だ。


 腹の虫はちょっとお出かけしてるみたいだけど、いつまた戻ってくるかわからない。

 いまのうちに「お腹が空いたとき」を見ておこう。


 目次に書かれていたページに飛ぶと、そこで迎えてくれたのは、見開きでの台所の見取り図だった。

 食べ物がどこにしまってあるのか、どうやって調理すればいいか、ママのキレイな字と可愛い挿絵で説明されていた。顔の描いてある野菜がしゃべったりしている。


 わかりやすかったけど、ここは今更見てもしょうがなさそうだったのでページをめくって飛ばす。

 次は地下室にある食べ物の説明になった。食料庫にあるキーブとクラックの事と、調理の仕方が書いてある。


 この本によると、どうやらキーブとクラッグは一年分ストックがあったらしい。

 私はそこから嫌いなものを捨てたり、食べきれない分を残して捨てたりしていたから、たった一ヶ月でぜんぶ食べ尽くしちゃった。


 でも、今まではそのやり方でよかったんだ。

 そうしているうちにパパとママが帰ってきて、あとは異国のお土産でごちそう三昧、って感じだったから。


 だから、私が悪いわけじゃない。私はいつもどおりにやっただけだ。

 ……なんて思った瞬間、引っ込んでいたはずのムカツキが、おヘソのあたりからムクッと顔を出す。


 私がこんな目にあっているのは、パパとママがいないからじゃないか……パパとママがいないから悪いんだ……。


「パパ、ママ……どうして帰ってきてくれないの……?」


 口に出したらますますそう思えてきて、どんどん気持ちが高ぶってきて、暴れ出したい気持ちが抑えられなくなる。


「ああっ、もうっ! 私がこんなにお腹すかせてるっていうのに! このままじゃ飢え死にしちゃうよっ! こんな本なんていらないから、帰ってきてよぉっ!」


 突き動かされるように本のページをわし掴みにして、乱暴に引きちぎり、パアッと空に撒いた。


「おなかすいたおなかすいたおなかすいた、すいたすいたすいたーっ! かえってきてかえってきてかえってきて、かえってきてよぉーーっ! ほんなんかいらない、いらない、いらないいらないいらなぁーーーいっっ!」


 叫びながら本をビリビリにして、力任せに放り投げたら、少し気持ちがすっとした。

 そしてすぐ、自分のことが嫌いになった。


「あぁ、またやっちゃった……私ってば、どうしてこうなんだろう」


 私は思い通りにならなかったり、気に入らないことがあると、癇癪を起しちゃうところがある。

 頭ではダメだってわかってるのにいつも抑えられなくて、暴れて物を壊したり、側にいる人に八つ当たりする。


 でも、それでもパパとママ、そして友達は私の言うことを聞いてくれたから、ついくせになっちゃってるんだ。

 ひとりぼっちの今、そんなことをしても解決しないのはわかっているのに、頭に血が昇ると何かしないと気がすまない……。


 ダメだダメだダメだダメだ。私はなんてダメな子なんだ……。

 自分の頭をゲンコツでゴツゴツ殴って反省する。


 ううっ、せめてパパとママが帰ってくるまでは、癇癪を起こすのはやめなきゃ……腹の虫だけでも手いっぱいなのに、疳の虫まで相手にしてたら身体がもたないよ……。


 たしか本には食べ物の探し方とかも書いてあったから、それを参考にしてゴハンを用意しなきゃ本当に飢え死にしちゃう。

 ……よしっ、決めたっ、もう疳の虫は起こさないっ。


 私はすぐに怒ったり落ち込んだりするけど、そのぶん立ち直るのも早い。

 大きく深呼吸してから立ち上がるだけで、もう気持ちは切り替わっていた。


 さて、本の続きを読もう。どこにやっちゃったかな、と探してみる。

 少し離れた所にいるリコリヌが「あそこにあるよ」と鼻先で示してくれたのですぐに見つかった。


 拾い上げた本は、破いてしまったせいかところどころ内容が欠けていた。


 でも捨てたページを拾い集めて、貼り合わせれば元通りになるんじゃ、と思ったんだけど、紙くずみたいになったページはすでに風で飛ばされてしまったのか、どこにも見当たらなかった。


 ああっ、しまった……!

 でもどんなに悔やんでみても、本は元通りにはならない。


 そうだ。そうなんだ。

 疳の虫に誘われて一緒に大暴れするとスッキリするんだけど、それで壊したものが大切なものだったりして、後ですっごく困ることになるんだ。


 私の人生で何度もやらかしている最悪なこと……わかってるのにまたやっちゃった。


 まるで綿菓子を渡されたアライグマみたいだ。何度やっても全然懲りない。

 洗ったら無くなっちゃうのに何度でも洗っちゃう。


 しかし落ち込んでてもしょうがない。

 破いたページはそれほど多くないから、まだこの本は役に立つはず。


 私はくしゃくしゃになったページを慎重に手で伸ばしてから、「お腹が空いたとき」のページに再び目を落とす。

 途中がところどころ欠けてたけど、ようは食べ物が欲しい時は森で探すのがいいらしい。


 簡単に採れるのはキノコと木の実のようで、本にもいろんなキノコや木の実が色つきのイラストで紹介されていた。

 木の実は何を食べても大丈夫みたいだけど、キノコに関しては食べていいものと悪いものがあるらしい。


「知らなかった……食べちゃダメなキノコなんてあるんだ……」


 それはかなり意外なことだったので、思わず声に出しちゃってた。


 家の食卓ではよくキノコが出てきた。サラダやスープ、オムレツとかに入ってた。

 キーブの中にも入ってる。それらは食べても何ともなくて、普通においしかった。


 キノコというのはそもそもそういうもので、果物みたいにどれでもおいしく食べられるものだと思ってたのに……そうじゃないキノコがあるというのはちょっとビックリだ。


 大好物のビーフハンバーグだと思ってかぶりついたら実は豆でできたハンバーグでした、みたいな衝撃。

 でも私はすぐに、心の中でダメキノコの存在を受け入れる。


 ハンバーグが豆なのは許さないけど、それ以外の事だったらおおむねオーケーだ。

 細かいことは気にしない。


「ま、なんでもいいや! ダメなのは食べなきゃいいだけなんだし、採ってから考えればいいよね! ねえリコリヌ、ちょっと私のリュック取ってきて!」


 八つ当たりした後のリコリヌはいつも遠巻きにいて、あまり近寄ってこない。

 でも私の呼び声で機嫌が治ったのを察したのか、喜び勇んで地下に飛び込んでいった。


 咥えたリュックを引きずりつつ尻尾をフリフリ戻ってきたので、頭をよしよしと撫でてあげてリュックを受け取る。


「よぉし、キノコ狩りにレッツゴー!」


 私はお供のリコリヌを引き連れ、宝物殿に向かうトレジャーハンターのように意気揚々と森を目指した。

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