06 家がない

 森に囲まれた広い草原、住み慣れた我が家はそこにポツンとあって、私から見るとデンとある。

 ……はずなんだけど、でも今はどこにもなくて、ただの平地があるだけだった。


 まるでケーキに飾り付けられたチョコレートの家を引っこ抜いたみたいに、まるごと消えてなくなっている。

 それだけでじゅうぶんに変なんだけど、なんだか消え方も妙だった。


 家のまわりにある木の柵とか、庭にある薪割り用の切り株とか、リコリヌの給餌器とかは残っているのに、家だけが持ち去られたみたいにキレイに無くなっている。

 鑑賞用に家のまわりに植えられている低木ですら残ってるっているのに……。


 家があった場所には、耕された畑みたいに土が剥き出しの地面がある。

 そのまわりは家の形にそって草が生えているので、かつてそこに家があったのは間違いないはずだけど……。


 もしかして、昨日の嵐で飛ばされちゃったのかな。

 アレコレ考えているうちに、なんだか取り返しのつかないイタズラをしちゃったような焦りの気持ちがこみあげてくる。


 ど、どうしよう……どうすればいいの?

 ここでパパとママが帰ってきたらなんて言えばいいんだろう。


 ブローチの時みたいに「家、なくしちゃったぁ……」と落ち込んだ様子で言うのがいいのか、それともちょっと照れながら「えへへ、ちょっと目を離したスキに家、いなくなっちゃったみたい!」ってアッケラカンと言うのがいいのか……でもそれだと信じてもらえないかなぁ。


 あ、いやいやいや、今はそんな心配をしてる場合じゃない。

 住む所がいきなりなくなっちゃったんだ、これからどうするかを考えなくちゃ。


 でも一体どうすればいいんだろう? 何をすればいいのかな?

 ああっ、何も思いつかない、全然わからない。


 ちょっといきなりのことで頭がパンクしそうになり、クラクラしてしまう。

 もうっ、落ち着け、落ち着くんだ。いったん落ち着こう。


 そうだ、パパが言ってた。大変なことが起こった時こそ取り乱さず、いつもと同じことをしなきゃダメなんだって。

 よし、いつもと同じことをしよう。


 えっと、起きてまずやるのは着替えだ。

 あ、もう服は着ちゃってるから、身だしなみでも整えよう。


 そして朝ゴハンでも食べながら気持ちの整理と、これからどうするかを考えるんだ。

 私は両手で頬をパンとはたいて、無理矢理に気を取り直した。


 勢いをつけてクルリと身体の向きを変え、地下室に向かう。

 後ろからカサカサ足音をさせてリコリヌもついてきた。


 せっかく気持ちのいい外に出られたというのに、風も吹かない穴ぐらに戻るのは気が進まないけどしょうがない。


 地下のメインルームに戻って、壁掛け鏡を覗き込む。

 手ぐしで髪を整えたあと、昨日の夜に家から持ってきていた金色のリボンで結いあげた。


 リボンをぎゅうぎゅうと結んでいると、置いておいた真写立てがふと目につく。

 私が幼い頃に王様に挨拶しに行ったとき、パパとママと私とリコリヌで写してもらったやつだ。


 ママに教えてもらったんだけど、真写って目に見えているものを紙に写す魔法なんだって。

 かなり難しい魔法らしくて、真写ができるのは真写師といわれる専門の魔法使いじゃないと無理らしい。


 ママはできるのか聞いてみたけど、まだ勉強中だって言ってた。

 できるようになったら私をいちばんに写してくれるって約束してくれた。


 なんにしてもこの真写というものがあるおかげで、私はいつでもパパとママの顔を見ることができるんだ。

 キリッとしたパパと、やさしい微笑みのママを見つめていると……胸がじんわりと熱くなって、やる気の泡がふつふつと浮かんできた。


 すると腹の虫もやる気になったのか、お腹の中がザワザワしはじめたので次は朝ゴハンにすることにした。


 食料庫に行ってキーブとクラッグを取る。

 もう棚はからっぽで、これが最後の保存食だった。


 台所に持っていこうとしたんだけど、途中ではたと思い出す。

 そうだ、台所は家と一緒に飛んでっちゃったんだ。


 台所がないってことは暖炉もない。

 薪もないから火も起こせない。


 水瓶だけは地下にもあるけど、水ならすぐ近くの小川にいくらでもあるから……ようは調理に使えるのは水だけってことか。

 ないないづくしじゃないか。


 私はとりあえず食料庫の隅にあった鍋を拾い上げて、キーブとクラッグを入れた。

 鍋ごと小川に持っていって水を加えてみる。


 しかしお湯じゃないとキーブは戻らないのか固いままで、水だけで戻したクラッグもグジュグジュになってて全然おいしくなかった。

 どのくらいかっていうと口の中に雑巾を突っ込まれたみたいな感じで、腹が立つくらいマズい。


「こんなのいらないっ!」


 私はひと口食べただけで中身を小川にぶちまけていた。

 固いままのキーブと齧りかけのクラッグが、プカプカと浮きながら流れ去っていく。


 私の中でずっとグラグラ揺れてた不安な心が、ついにグシャグシャと崩れたような気がした。


 ああっ、いきなり家がなくなったうえにゴハンもマズいだなんて、ふんだりけったりじゃない! もうっ! なんで、なんで、なんでなのっ!?

 うまくいかないことが続く、この感じ……嫌いっ! ううん、大っ嫌い!


 考えれば考えるほど、どんどん悔しくなってきて、草をダンダン踏みにじった。


 足元にリコリヌが寄ってきた。

 聞き分けのない子供をなだめる親みたいに、キュンキュン鳴いている。


 弟のくせに年上ぶった態度が気に入らなくて、つい手にしていた鍋を投げつけてしまった。

 リコリヌはキャインと悲鳴をあげ、少し離れた木に避難していく。


「もうゴハンなんていらないっ! ついでにあなたもいらないっ! いらないったらいらないっ!」


 木の陰から悲しそうな顔で覗きこんでいる犬顔を怒鳴りつけ、私はヤケ気味に、大の字になって草むらに倒れこんだ。

 八つ当たりっぽいけど知るもんか。


 それよりもなんとかしないといけないのは腹の虫だ。

 いらないって言ってるのにさっきからずっとグーグーうるさい。


 それにしても……こんなにひもじい思いをするのは初めてかもしれない。


 いつもだったら少しでもお腹が空いたら家にあるお菓子を食べて、ゴハンまでしのいでいたのに。

 むしろお菓子を食べすぎて、ママから叱られるくらいだったのに。


 今思えば、家はお菓子の宝庫だったなぁ……パパとママがいろんな国で買ってきたお菓子で棚があふれるくらいだったんだよね。

 その家はどこかにいっちゃったけど……。


 ああ、なんだか空の雲が綿菓子に見えてきた。

 雲の手前をオーリル鳥が輪を描いて飛んでいて、私も鳥になれればあの雲を食べに行けるのに……なんて思ってしまう。


 そんな私を馬鹿にするように、オーリル鳥はチカチカ鳴いた。


 まるで笑ってるみたいに聞こえるんだけど、そうじゃないんだって。

 この季節のオーリル鳥はああやって鳴いて、恋人を探してるんだってパパが教えてくれた。


 チカチカかぁ、地下地下なんてね……あっ、もしかしたら、地下になにかあるかな?

 意外な所からいいヒントをもらった気がする。


 私は空腹を跳ね飛ばす勢いで起きて、草を散らす勢いで地下室を目指す。

 リコリヌも木の陰から飛び出して、追いかけてきた。

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