11
ふと、瞼の向こうが明るくなるのを感じた。
うっすら目を開けてみると、そこは私の部屋で、窓際にはカーテンを開けようとする誰かの後ろ姿があった。
「……ママ?」
見覚えのあるその背中に、我が目を疑うように見開く。
「ルクシー、もう朝よ、起きなさい」
眩いくらいの光をまとった髪をなびかせながら、振り向いたのはママだった。
いつも微笑みを絶やさない、春の日差しみたいなぽかぽかした感じ……間違いない……ママだっ!
「ま……ママっ!」
私はベッドから跳ね起き、ママをよろめかせるくらい、めいっぱい飛びついた。
「あらあら、どうしたの? 怖い夢でも見たの?」
ママはちょっと驚いた様子でしゃがみこんで、私の顔を覗き込むようにしてオデコをくっつけた。
私とお揃いのブルーマリンの宝石みたいな瞳で、やさしく見つめてくれる。
ママは焼き立てのパンのにおいがする。毎朝パンを焼いてくれるからだ。
クラッグみたいなカチコチのやつじゃなくて、綿みたいにふわっふわで、口のなかでとろけるような、ほっかほかのパン。
きっと今朝も焼いてくれたんだ……! 大好きなママのにおい……!
ママ、ママ、ママ……! ママが帰ってきたんだ……!
私はこみ上げてくるものが抑えきれなくて、ママの首筋にギュッと腕を回して抱きついた。
「ふふ、いつまでたっても甘えんぼさんね」
ママは囁きながら、お揃いのセミロングの髪をやさしく撫でてくれた。
私はママみたいになりたくて、髪型をお揃いにしてる。
でもママの髪の色は宝物みたいにキレイな黄金だ。私の髪色は金じゃないんだけど、金色の大きなリボンを付けることでお揃いということにしてるんだ。
「おっ、いいなぁママ。ルクシー、パパにも朝の挨拶してくれよ」
声に振り向くと、そこには大鷲の翼みたいに両手を広げるパパがいた。
私とお揃いの燃えるような赤い髪と、筋肉質でゴツゴツした大きな胸。
いつもはおどけてるんだけど、巨象みたいに強くておおらかな感じ……うん、パパだっ!
「ぱ……パパぁ!」
私は木から木へ飛び移るモモンガみたいに、パパに向かって飛ぶ。
体当たりみたいに飛びついてもパパはびくともせず、しっかり私を抱きとめてくれた。
「ははっ、どうしたルクシー。泣いてるのか?」
嬉しそうに言いながら、私の背中をポンポンと叩くパパ。
「な……泣いてなんかないもんっ!」
しがみついたままの私は、いつの間にか涙声になっていた。
「そうか、ルクシーは強い子だもんな」
「そうだよ、私は強いもん! 大きくなったら勇者になるんだから!」
私が強がってみせると、パパは「そうだな」と言いながら私を抱っこして立ち上がった。
「ルクシー、お前は勇者であるパパとママの子だ。剣や弓を使うために必要なパパの強い身体と、魔法を使うために必要なママの素晴らしい精神を受け継いでいる」
まっすぐに私を見つめるパパ。
ママも寄り添ってきて、私の頬に手を当てた。
「そうね。あなたは何があってもくじけない、何度でも立ち上がる強い心と、聡明でやさしく、どんな時でも思いやりを忘れない温かい心を持っている、最高の勇者になれる子よ」
「えっ……? パパ……ママ……?」
パパとママが改まってそんなことを言うなんて、まさか……。
私がよほど不安な顔になっていたのか、パパは私を落ち着かせるように頭に手を置いた。
「ちょっとこの国で……いや、世界じゅうで大変なことが起きていて、パパとママの力が必要とされているんだ。いつもより少し長くなるかもしれないけど、しっかりと留守番を頼むぞ」
しかし私は、パパの手を振り払うように頭をブンブン振った。
「や……やだ! いっちゃやだ!」
これにはママもビックリしていた。
「どうしたのルクシー? いつもだったら、ひとりになれるって大喜びするのに……」
「と、とにかくいやなの! いやったらいやっ!」
私は頭だけでなく全身を振り回して、全力でイヤイヤをする。
でも、パパとママはいつの間にか家の外に立っていて、光りの向こうに歩いていこうとしていた。
「ルクシー、わがままを言うんじゃない。パパとママが留守にするのはこれで最後だ。帰ってきたらもうどこにも行かない。最後だから言うことを聞いて、大人しく待ってるんだ」
「いい子にしてたらお土産いっぱい買ってくるから。そうだ、お誕生日が近かったわね、帰ってきたらいっぱいお祝いしましょう。ルクシーの大好きなビーフステーキを作りましょうか。そうだ、おっきなケーキも作ってあげるからね」
手を振るふたりを追いかけていた私は、涙をボロボロとこぼしていた。
「行っちゃやだ! やだ! やだ! やだぁーーっ! 行かないで! 私をひとりにしないでよぉーーーっ! パパっ! ママぁ!」
声を枯らしながら光の中に飛び込んだけど、そこにはもう、パパもママもいなかった。
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