04

 ついロッキングチェアの上で船を漕ぐみたいにコックリコックリしちゃったんだけど、リコリヌから「ここで寝るな」とパチパチ叩かれてしまった。


 私は猫パンチをいなし、襟巻みたいにリコリヌを首に巻いてから立ち上がる。

 ゾンビみたいにフラフラと自分の部屋に歩いていく。


 部屋に着くなり即ベッドに潜り込んだんだけど、パジャマに着替えないとリコリヌが寝かせてくれないので、布団の中で毛虫みたいにモゾモゾやって着替えた。


 もう身体の半分くらいは夢の中だったんだけど、今になって床にこぼしたスープのことを思い出しちゃった。

 でも今から起きるのも面倒くさいから、掃除は明日やることにしよう。


 嫌なことがあるなら明日やればいい。明日が嫌なら明後日やればいい。それでも嫌なら、また次の日……。

 明日明日、また明日……。なんてムニャムニャしてれば、眠りに落ちる。



 私は寝付きがかなりいいみたいで、パパやママが手品かと驚くくらい、あっという間にグースカしちゃうんだって。

 それに一度寝たらママかリコリヌに起こされるまで起きないので、私の一日はこれで終わりってわけ。


 いつもだったらこんな生活を二週間くらい繰り返してれば、お土産のたくさん詰まった馬車に乗ってパパとママが帰ってくる。

 迎えに出た私を奪いあうように抱きしめてくれて、いっぱいキスしてくれるんだ。


 しかし、三週間たってもパパとママは帰ってこなかった。

 そしてちょうど四週間目になろうとした夜、それは起こったんだ。



 その日はチキンオンリーのクラッグ浸しスープを平らげ、いつもよりいっぱい遊んで疲れていたので早めにベッドに入って寝てた。

 そしたら何者かがベッドの上に乗っかって、私の顔をペロペロ舐めだしたので途中で目が覚めたんだ。


 こんなことをするのはリコリヌしかいない。

 もう朝なの……? と思って起きてみたけど、あたりは真っ暗だった。


 叩き起こしてきたリコリヌは、オバケにでも会ったみたいに慌てた様子でワンワン吠えまくってる。

 この家にオバケなんかいないから、きっと脅かそうとしてるんだろう。


 でもそれなら明日の朝にしてほしい。ゆっくり眠ったあとだったらいくらでも驚いてあげるから。

 なんならベッドから転げ落ちたりしてあげる。


「なによぉリコリヌ……まだ夜じゃない……」


 眠すぎてイタズラに怒る気にもなれない。

 リコリヌはワンワン語でまだ何か言ってたけど、放っといて布団を深くかぶりなおす。


 これで舐められても吠えられても大丈夫……と寝直しをする。

 しかしベッドの側にある窓が、外れそうなくらいにガタガタッと激しく揺れたので、ビックリして再び起きてしまった。


 外に誰か居て、窓を壊そうとしてるのかと思ったけど違った。


 激しく吹きつける風の仕業みたいだ。

 カーテンが開きっぱなしになっている窓めがけて、見えない拳をガンガンと、今にも突き破らんばかりの勢いで叩きつけている。


 ベッドから出ておそるおそる窓に近づく。

 揺れる木枠を押さえながら外の様子を伺うと、遥か遠くのほうから黒い壁のようなものが迫ってきているのが見えた。


「ぐえっ!? あれ何っ!?」


 それがあまりに巨大だったので、空飛ぶ蛇を見たカエルみたいな声を出しちゃった。

 光を吸い込んで進んでいるようなそれは、リコリヌの毛みたいに真っ黒で、夜空をさらに暗く塗り潰しているみたいだった。


 星を覆い隠すほどに高く、どこまでも横につづいている。

 ゴゴゴゴと地響きみたいな音をたて、森を、草原を、川を飲み込みながらゆっくりこちらに近づいてきていた。


 なんだか危険な動物が窓ごしにいるみたいな気分だ。

 あれに触ったらどうなっちゃうんだろう。


 ドキドキしつつも目が離せないでいたら、大きな屋根っぽいのが紙くずみたいに巻き上げられるのを目撃してしまった。

 あの黒いのは壁かと思ったけど、もしかしたら超でっかい竜巻なのかもしれない。


 近づくのを待って、もっと側で見てみれば正体がわかるかもしれないけど、そんなことをしたら私もさっきの屋根みたいに飛ばされちゃうのは間違いない。

 そしてこのままだと、側に行かなくてもそうなっちゃうかもしれない……!


「や、やばいやばいやばいっ! 逃げなきゃ!」


 どこか遠くに逃げようか、でもどこに逃げればいいんだろう、とリコリヌと一緒にワタワタしてたら、ふと地下室のことを思い出した。


 たしか竜巻って遠くからだとゆっくりに見えるけど、ホントはとっても速いってパパから教えてもらった。

 だから冒険中に竜巻が来ても逃げるんじゃなくて、洞窟とかに入って過ぎるのを待つんだって。


 この近くに洞窟はないけど、頑丈な地下なら代わりになるかもしれない。


「よし、行こっ、リコリヌ!」


 私は決断し、パジャマのまま台所に向かった。

 裏口から外に出ようとしたら、リコリヌが先に行こうとしたので「お座り、待て」をさせて扉の側で待つように言う。


 外は危ないかもしれないので、まずはひとりで扉を開いて外に出てみた。

 家の裏口に広がる、庭がわりの見慣れた草原は、間違って魔界への扉を開けちゃったのかと思うほど変わり果てていた。


 ロウソクの無い影絵の世界みたいに何もかも真っ黒。

 シルエットだけ辛うじてわかる草木は火あぶりされてるみたいに暴れ狂っていた。


 風は巨人の赤ちゃんが泣いているようにけたたましく鳴り、巨大なおもちゃ箱をひっくり返したみたいに瓦礫やらガラクタやらいろんなものが飛び交っている。

 おぞましい雰囲気に飲み込まれて後ずさりしちゃったけど、扉の隙間から顔だけ出したリコリヌに手を舐められて我に返った。


「あっ、出てきちゃダメだよ、少しだけだから大人しく待ってて」


 後ろ手でリコリヌの顔を家の中に押し込んでから、背中で扉を閉める。


 もうっ、何を怖がってるんだ。ちょっとおかしな感じになっちゃってるけど、ここはいつもの庭じゃないか。迷ってないでさっさと行っちゃおう。


 私は飛ばされてる物に当たらないよう注意しながら、そして自分も飛ばされちゃわないように腰を低くする。

 しかし一歩踏み出しただけで横からの突風に突き飛ばされ、よろめいて転んでしまった。まるで酔っ払ったパパみたいに足がふらついて、思うように歩けない。


 これは、ヤバいかもしれない……!

 たまらず四つん這いのまま裏口のドアノブにすがりついて、家に逃げ戻る。


 家の中はやっぱり快適で、ちょっと外に出ていただけなのに、吹雪の中から帰ってきたみたいにホッとしてしまった。

 リコリヌも、外で何があったのかと心配そうに覗き込んでくる。


 ううっ、ちょっと地下の様子を見てこようと思ったけど、そんな軽い気持ちじゃダメだ。

 クシャミを受けたタンポポの綿毛みたいに飛ばされちゃう。ちゃんと準備してから再挑戦しよう。


 私は立ち上がってリコリヌの「待て」を解き、一緒に自分の部屋まで戻った。


 寝る時にベッドの側に脱ぎ捨てた服を拾って身につけ、クローゼットの中からお出かけ用のリュックサックを取り出す。

 しゃがみこんでからリュックの口を開き、


「リコリヌ、猫になってこの中に入って」


 促すとリコリヌはすぐに意図を察してくれて、ムクムクの犬から縮んでスマートな猫になった。

 リュックの中に軽やかに飛び入る。


「ちょっとだけだから、大人しくしててね」


 ビロードのような頭を撫でつつ言い聞かせると、リコリヌは頷くかわりに身体を丸めて引っ込んでいった。


 なんとなく名残惜しくなって、底にまで手を伸ばして撫でまわす。

 こうするといつもなら落ち着くんだけど、なぜか今は胸騒ぎが収まらなかった。


 なんとなく嫌な予感がしたので、ベッドの枕元に置いてある家族の真写しんしゃが入ったウッドスタンドに手を伸ばす。

 これをお守りがわりに持っていこう。


 いつも髪を結っている金のリボンが側にあったので一緒に取り、リコリヌの横に滑り込ませた。

 そしてリュックの口をしっかりと閉じて、今度こそと覚悟を決めて背負う。


 裏口から再び家を出ると、さっきよりもより魔界っぽくなった裏庭が迎えてくれた。

 しかし二度目だったのでもう怯まない。今度はちゃんと準備してきたし、手も考えてあるんだ。

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