03

 リコリヌは放っといて、ゴハンの用意に戻る。

 暖炉の前に立ち、マジックワンドを構えて咳払いをひとつしてから呪文を唱えた。


「暖炉の宿りびとよ、今宵一晩の恩義のため、その力を貸したまえ……ルーイ・ルーイ・フレイル」


 つぶやきながら、ワンドの先っちょの宝石で空中をなぞって赤いいんを描く。

 カマドの下に向かってワンドを傾けると、ぎゅうぎゅうに詰め込まれた薪に印が飛んでいって波紋のように広がって消える。


 少ししてから薪のところどころに蕾をつけるように、ポッポッと火が灯った。


「よし、やった!」


 いつもは一回は失敗する呪文が今日は一発でうまくいった。

 嬉しくなって手の中でワンドをクルクル回す。


 この火をつける呪文はママから教わった魔法のひとつなんだけど、いちばん便利でよく使ってる気がする。

 これのおかげでゴハンの用意でもいちいちマッチを擦らなくてもよくなって、とっても楽ちんになったんだよね。


 いちおう暖炉の上にはマッチ箱が置いてあるんだけど、この家で使うのは魔法ができないパパだけだ。


 火をつければゴハンの用意はほとんど終わり。

 あとは薪が勝手に燃え広がって鍋を沸かしてくれる。


 しばらく待つとお湯が沸いてキーブが溶け出しはじめたので、流し台から持ってきたオタマで鍋のニンジンやブロッコリーをすくいあげ、生ゴミ用のバケツに捨てた。


 さらに待つとコトコト煮えて、ビーフスープの食欲をそそるいいニオイが漂ってくるので、そこで鍋にクラッグを沈める。

 あとは少し待つだけで、私の大好きなビーフオンリーのクラッグ浸しスープのできあがり!


 オタマを使って木皿にたっぷりと盛りつけて、テーブルに運ぶ。

 盛りすぎたのか途中でちょっとこぼしちゃったけど、あとで拭いておけばいいよね。


 それよりもさっきから部屋中を包むいいニオイでお腹が鳴り止まなくって、ガマンできないから床に残るスープの跡はおいといて、先にゴハンにすることにした。


 椅子に座るのも待ちきれず、立ったままサラダ用の大きな木のスプーンを握りしめ、スープに突っ込む。

 たちのぼる湯気をかき分けるようにして、溶け合った肉の塊とクラッグを一緒にすくいあげる。


 今にも崩れそうなそれをフーフーして冷まし、スプーンごと丸呑みするくらいアーンしてからハグッとひと口。

 まだ熱かったので口の中でハフハフする。


 噛まなくていいほど柔らかいのでそのままゴクリと飲み込むと、ホンワカしたものがお腹の中にゆっくりと落ちていって……。

 はあっ、おいしい! と思わず溜息が出ちゃった。


 ビーフの肉は煮込むとスープにコクと深みを与えてくれる。

 それが柔らかくなったクラッグに染み込んで、ホクホクでうま味たっぷりになるんだ。


 あとはスプーンの上でちっちゃいビーフスープを作って、上からホットソースを垂らしてヒーヒーしながら食べるのも最高においしい。

 もっと寒いときに食べるともっともっとおいしいんだけど、今みたいに暖かいときにオデコに汗をかきつつ食べるのも大好きなんだよね。


 やっぱりママの料理が世界でいちばんだなぁ。

 保存食になったとしてもそれは変わらない。しかも嫌いなものが入ってないとなるとなおさらだね。


 野菜は大っ嫌い。

 作ってくれたパパと料理してくれたママには悪いんだけど、口に入れたときになんていうか、土とか草っぽい味がしない? それが苦手なんだよね。


 なんか虫になったみたいな気分になるし、それに田舎っぽくて思わず「うえっ」ってなっちゃう。

 この家は草と木に囲まれててタダでさえ田舎にあるんだから、食べ物まで田舎っぽくすることはないと思うんだけどなぁ。


 私は大きくなったら大都会に出るつもりだ。

 みんなを苦しめるモンスターをやっつけて、お宝をザクザク手に入れるような勇者になるんだ。


 そして夜は酒場でおいしいお酒を飲みながら……ってお酒飲んだことないからおいしいかどうかわかんないけど、お酒を飲みながら骨つき肉にかぶりつくんだ。

 そう、例えるなら絵本に出てくる勇者みたいに、強くてカッコイイ人生を送りたいなぁ。


「ねえリコリヌ、私が勇者として旅立つことになったら、あなたはどうするの? 一緒に来る?」


 いつの間にか猫になって私の膝に乗り、丸くなっているリコリヌ。

 黒い毛糸玉みたいな身体を撫でると、嬉しそうに喉を鳴らした。


「そうかそうか、じゃあ私の冒険を助ける凄いワザでも身につけてよね」


 犬や猫の姿を好きなように変えられるのは凄いと思うけど、あんまり戦いの役には立たなそうな気がする。

 それよりも、もっと強そうな感じの……たとえば口から炎が吐けるとか、噛みついた相手を毒殺するとか、そんなのができるといいよね。


 なんてことをリコリヌに語りかけながら、勇者になったつもりで肉をかき込む。


 絵本の勇者は山盛りの肉をペロリと平らげて、しかもおかわりまでしてた。

 真似してみたんだけど、半分くらい食べたところでお腹いっぱいになっちゃった。


 味は最高だったけど、ちょっと量が多かったかな……でももう食べられないので、残った分はバケツに捨てた。


 さぁて、ゴハンはこれで終わりだけど、お楽しみはまだまだこれからだ。

 ごちそうさまの後といえば甘いもの、お楽しみのデザートタイム!


 私は軽い足取りで居間に行って、戸棚からチョコレートの入った陶器の器を引っ張り出す。

 そして暖炉の前にある、いつもはパパが座っている大きなロッキングチェアに飛び乗った。


 器を揺らしても落ちないようにしっかりと股の間に挟みこんでから、椅子を赤ちゃん用の木馬みたいに激しく前後に揺り動かす。

 たまに器に手を突っ込んでチョコをつまむ。


 遊ぶのと食べるのを同時にできる、素敵な時間のはじまりはじまり。


 お腹が空いてるときは食べることに集中したいけど、デザートなら遊びながら食べたいよね。

 普段はこんなことをしてたら行儀が悪いってママに怒られちゃうけど、ひとりの今ならやりたい放題だ。


 それに、あんなに食べたのにまだ食べられるのはなぜなんだろう。

 もう肉はいらないけど、チョコだとちょうだいって言っちゃう。


 うーん、きっと食べたものが入るところがふたつあって「ゴハン用」と「デザート用」に分かれているに違いない。


「お腹が空いてるときに食べたデザートはどっちに入るんだろう? ゴハン用かな?」


「ニャー」


 ここでも私の膝上に座るリコリヌが、頷くように鳴き返す。

 チョコの入った器を包むように身体を丸めているので、器が毛で覆われて中が見えない。


 そのせいでチョコにはいろんな種類があるのに選べないし、なんだかリコリヌのお腹に手を突っ込んでるみたいな気分になる。

 リコリヌのお腹はモニョモニョしてて気持ちいいから別にいいんだけどね。


「なあにリコリヌ、返事するってことはあなたも別腹なの?」


「ニャーン」


 私は新たに引き当てたホワイトチョコを口に運びながら、膝の上のリコリヌにチョッカイをかけた。


「へーえ、じゃあ、あなたの別腹ってどこにあるの? ここ? それともここかな?」


 リコリヌの身体をあちこち揉みまくる。

 猫のときの身体は焼きたてのパンみたいに温かくて、どこもフワフワモチモチだ。


「フニャ」


「ほらほら別腹出してこぉい、うりっうりっ」


 思ったより触り心地がよかったので残った方の手も使って、パン生地をこねるみたいにして両手でモミモミする。


「フミャ!」


 リコリヌはそれまでされるがままだったのに、急に反撃してきた。

 前足で私の手をガッと捕まえる。フックみたいな爪が肌に食い込んできた。


「いたたたたた! ちょ、あなたちょっと興奮しすぎ! 爪出てる、爪!」


「ニャーッ!」


 なんてことをやってたら、いつの間にか窓の外がだいぶ暗くなっているのに気づいた。


 そのまま窓越しにぼんやりと外を眺めていると……暗幕が降りてくるような空にあわせて、私の瞼も降りていった。

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