02
木登り遊びをしていた「ゼングロウの森」から家までは少ししか離れていないので、両手両足の指で数えられるくらいのスキップで帰り着いた。
我が家は二階建てのログハウスで、全部パパの手作り。
私が生まれる頃に出来たらしくて、私と同い年の家なんだって。
「ただいまー! お腹すいたー!」と両開きの玄関扉を勢いよく開く。
いつもならママが迎えてくれるんだけど、今は誰もいないので返事もない。
でもいつものくせでつい言っちゃうんだ。
そしていつもならホカホカのゴハンが食卓に並んでるんだけど、ひとりだからゴハンの用意も自分でしなきゃならない。
ちょっとだけ面倒くさくて、ヤレヤレと台所に向かったんだけど、作り置きのゴハンをもう全部食べちゃったことを思い出した。
そのまま台所にある勝手口から家を出て、離れにある地下室へと向かう。
留守番の最初のうちはママが台所に作り置きをしてくれたものを食べるんだけど、それを食べ尽くしたら離れにある地下室の保存食を食べていいことになってるんだ。
草原を長方形にくり抜いて作られた地下への石階段を、鼻歌混じりに降りる。
リコリヌは私の脚の間を器用にぬってついてきていた。
一階分くらい下がった階段の先には、家の玄関と同じデザインの木扉があって、それを開くと入口以外からは光の差し込まない暗い部屋が現れる。
この地下室はもともと地面に埋まってた大きな岩だそうで、それをパパがくり抜いて部屋にしたんだって。
削り出して作られてるから壁や天井はブロック塀のような繋ぎ目が一切なくて、大きな地震や嵐にも耐えられそうなくらい頑丈な見た目だ。
パパやママからも「何かあったらここに入りなさい」と言われてるから本当に丈夫なんだと思う。
玄関扉を入ってすぐ横の壁には、船の操舵輪を小さくしたような取っ手がふたつある。
ひとつは赤いペンキが塗られてて、非常用の石壁を動かすための仕掛けだ。
もうひとつは青いペンキが塗られてて、明かりを灯すための仕掛け。
このままだと暗いので、私は青いほうのハンドルを回した。
すると壁のクリスタルがじょじょに輝きだして、日差しが差し込むように部屋を白く照らした。
最初の部屋はメインルームになっていて、いざとなったらここで暮らせるようにと机やベッド、水瓶や日用品が入った棚などが置かれている。
でも、いざとなった事はまだ一度もないので今は物置みたいな感じになっちゃってる。
そんな居間のような物置のような、どっちつかずの部屋を通って隣の食料庫に入る。
食料庫はメインルームの半分くらいの広さがあって、壁に沿って備え付けられた棚にはキーブがいっぱい並んでいた。
「えーっと、どれにしよっかなぁ」
足にまとわりつくリコリヌの毛の感触をスネのあたりで感じながら、適当に選んだキーブを手に取ってみる。
キーブはレンガブロックくらいの大きさの保存食で、ママの魔法でカチカチに固めたやつだ。
見た目は氷みたいなんだけど冷たくなくて、そのままでも溶けることはない。
お湯で煮たときだけ崩れて、おいしいスープになるんだ。
種類もいろいろあるんだけど、これは何スープだろう?
手にしたキーブは茶色く濁った塊で、壁の明かりにかざしてみると中の具材が透けて見えた。これは……ビーフスープみたいだ。
世の中に肉はいろいろあるけれど、私が好きなのはビーフとポークとチキンの三種類。
中でもいちばん好きなのがこのビーフだったりする。
見た目も歯ごたえもよくて、噛むとこってりした肉汁があふれて口の中が豪華になった気分になる。
なんていうか、肉を食べてるって感じがするんだよね。
透かしたキーブを手の中で回して、ダイヤの原石を品定めするみたいにしてさらにチェックすると……肉の塊の近くにニンジンとブロッコリーも見つけて、思わず「うぇ」ってなる。
食べてもないのにこんなになっちゃう二大野菜、でも嫌いなこの野菜たちを残しても怒る人はどこにもいないってのが留守番のいいとこなんだよねぇ。
思わずニンマリしちゃう。
「よし、今日はビーフスープ大盛りで食べよっと」
それは独り言のつもりだったんだけど、足元から異議を唱えるような声がワンッと響いた。
地下だからいつもより余計にうるさく聞こえる。
視線を落とすといつの間にか犬になっていたリコリヌが、子犬を咎める親犬のような目つきで私を見上げていた。
「なによリコリヌ、私にお説教するつもり? いつも言ってるでしょ、お説教ならワンワン語とニャーニャー語以外だったら聞いてあげるって」
リコリヌはワンワン語とニャーニャー語しか喋れない。
それでもなんとか人間の言葉を喋ろうとフガフガ口を動かしてたけど全然言葉にならなくて、最後には困りはてた様子でキューンと鳴いた。
ふふ、生意気な弟にはこれがいちばん効くんだ。
華麗に言い負かせてなんだか気分が良くなったから、今日はもっとゴハン奮発しちゃおっかな。
金の延べ棒のようにキッチリと棚に並べられているキーブの中から、ビーフスープだけを選んで八つほど重ねて持つ。
あとはクラッグっていうお湯でもどすとふやけたパンみたいになるやつも重ねる。
私はカチカチのゴハンの素を両手いっぱいに抱え、落ち込む弟を引き連れて地下室を出て、家へと戻った。
開けっ放しだった勝手口から台所に入り、テーブルの上にあった大きな鉄鍋に、抱えていたキーブを放りこむ。
鍋に水瓶からすくってきた水を加えたあと、すっかり重くなった鍋をえっちらおっちらと両手で抱えて暖炉にかけた。
台所の隅に積んである薪と小枝をひと束ずつ取って、ぶら下がった鍋の下に押し込む。
それからマジックワンドで火を……と思ってテーブルを見てみたけど、お目当てのものがない。
「あれ、どこいっちゃったんだろう? ワンドはいつもテーブルに置いてあるはずなのに……」
と、あたりを見回している最中に思い出した。
あ、そっか、朝ゴハンのときにアレでリコリヌと遊んで、どっかに転がってったのをそのままにしてたんだ。
とはいえマジックワンドは私が両手で握って少しはみ出すくらい長くて、おっきいからすぐに見つかるはずなんだけどなぁ。
足元を探すために床に座り込んでみると、リコリヌも一緒にペタンとお座りした。
この子は私が何かすると意味もわからず真似するところがある。
「リコリヌ、これは遊びじゃないの。マジックワンドがないと火が起こせなくてゴハンも食べられないんだから、あなたも探してよ」
すると黒くてムクムクした弟は、こぼれたミルクを舐めとるみたいに床に鼻をくっつけてヒクヒクさせだした。
犬のときに得意としている嗅ぎ分けで探すつもりのようだ。
取ってこい遊びをマジックワンドでしてたから、ニオイを覚えているのかな。
リコリヌは洞窟の中に吹くわずかな風を頼りにするように、見えない何かをたどりながらテーブルの下に潜り込んだ。
その進行方向を目で追い、先回りしてみると……食器棚の下の床に光るものを発見した。
目を凝らすとマジックワンドが転がっていて、その先についた赤い宝石が、遭難して助けを求める信号のようにうっすら輝いていた。
「みーっけ!」
私は川に飛び込むようにして床を蹴り、食器棚めがけて滑り込む。
そのまま隙間に手を突っ込んでマジックワンドを救出した。
「やった! 宝探しごっこは私の勝ちね! こんなにあっさり見つけちゃうなんて、やっぱりトレジャーハントの才能があるのかも!?」
手に入れたお宝をこれでもかとリコリヌに突きつけ、濡れた鼻先をウリウリと押してやると、困ったように目尻を下げながら降参の伏せをした。
「ふふ、まいったか。将来、世界中を旅するトレジャーハンターになったら弟子にしてあげてもいいよ、なりたい?」
すると弟子候補は「なりたい!」とばかりに嬉しそうに尻尾をフリフリ飛び起きる。
しかし勢いあまってテーブルの下でゴチンと頭をぶつけてしまい、痛かったのか雷が落ちた時みたいに身体を縮こまらせていた。
「うーん、あなたはもうちょっと修行しないと連れてけそうにないかも」
私はそう言って立ち上がったんだけど、リコリヌはよっぽどショックだったのかテーブルの下で落ち込んだままだった。
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